二十二話:最強勇者は平和に暮らしたい①
「……発情期?」
「ええ」
頬を赤らめながら、こくりとうなづくヒョウゲツを見ながら、俺は銀狼族に関しての知識を脳から引き出していた。
確か、銀狼族は冬が厳しい地域で生まれた存在が発祥と言われていて、生存本能的に、最も厳しい季節に子供を残して種を残すらしい。人間も、過酷な状況に置かれると子供を残すため、生殖機能が強化されるらしいから、それのかくだいきょうかばんのようなものだろう。
ちなみに、ヒョウゲツによると、この期間は身体能力が大幅に上昇するらしい。その代わり、魔法等の、精神力と集中力が要求される技能は使用できない。
「……で、唐突にそうなってしまった理由は?」
「季節が近づいてきたことと――その、アレね」
「ああ……」
理解した。アレとはつまりアレのことだ。確かに、発情期のトリガーを引くにふさわしい行為はアレくらいなものだ。
さて……どうしたものか。俺がそうなやんでいると、ヒョウゲツは至極申し訳なさそうに――そして悲しそうに、俺の手を握った。
「サトウの迷惑にはなれないわ。この状態が解けるまで、しばらく離れて暮らしましょう……?」
「いや、それは必要ない」
別に、今の状態のヒョウゲツと一緒に暮らすことで、俺に発生するデメリットはない。ちょっと疲れるが、所詮はその程度だ。というか、付き合い始めて一日なのに、いきなり隔離宣言をされてしまっては、何というか、寂しい気がした。だから俺は、ヒョウゲツの手を握って、目を覗き込んでからつぶやいた。
「俺はどんなヒョウゲツでも受け入れるし、その覚悟はある。――だからそんな寂しいこと、言わないでくれ」
「……。いいの?」
「ああ。それに、こんな生活に憧れていた、なんていう正直な面もあるしな」
俺が苦笑いを浮かべると、ヒョウゲツもつられて苦笑いを浮かべた。そりゃあ、対面の男子から爛れた生活に憧れていた、なんていう言葉を聞いたからしょうがない話ではある。
「さて、今はどういう気分かな、ヒョウゲツや」
「今は……夜風に当たりながら、お茶でも飲んでたいわね」
「ふむ。了解。お茶を淹れてこよう」
そう言いながら、俺は台所へと向かった。棚から茶葉を出して、慣れない手つきでお茶を淹れる。
そして、揺れるティーカップの琥珀色を覗き込みながら――迫りくる気配の数に、少しばかりの疑念を抱いた。
「……五、いや、十はいるな。――あるいはそれ以上」
こんな場所に、こんな時間である。このような人数が、しっかりとした目標をもってこちらを目指している状況は尋常ではない。よもや、天津がここの場所をすぐに明かしてしまったのだろうか。……あいつはそんなことをしない、とは信じていたのだが。――いや、あるいはクラスメイトに良からぬことが起こったのかもしれない。故に天津がこの家の場所を教えてしまった。そう言う線もあるだろう。
やがて気配が家の前に来た時、俺は台所の窓から外に出て、闖入者の姿を影から見つめた。
数は八。格好はこの世界のもので、武装している。マントや装備品、いたるところに見られる独特の癖は、教会で育てられる戦士に教えられる格闘術の足運びから生まれるものだ。――つまり彼らは、教会からの使者、あるいは追手となる。何故このような場所に、と疑念を抱くが、今は情報収集だ。耳を澄ませて、声を聴く。
「……ここに、あの男がいるわけだな」
「任務概要ではそうなっているが、人の気配はないぞ……?」
「眠っているだけかもしれん。――そうであれば好都合だ。もし本当に外出しているのならば、この家に罠を仕掛ければいい」
そういう男の手に光る機械は、以前何処かで見たことのある形をしていた。――そう、造形が洗脳系のアイテムに似ているのだ。ということは、あの集団は俺を洗脳しようとしているのだろう。
……もしかして、クラスメイトにも同じような機械が取り付けられているのかもしれない。それも、今日の内に。俺が、あるいはヒョウゲツが、洗脳されている人間に気付かないはずがないからだ。
「ひとまずあいつらには眠ってもらうとするか」
一人薄く呟いて、事態が動き出す確信を抱く。
……さて、まずはヒョウゲツを迎えに行かなければ。そうして、俺は移動を開始した。




