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十八話:元仇敵だけど愛さえあれば関係ないよね!

 シャワーの音が鳴り響く。お湯を頭から浴びながら、今日の精神的な疲れをほぐしていた。

 いろんなことがあった。ヒョウゲツと一緒に家を建てた。それは俺にとって、ヒョウゲツに告白する”区切り”となったのだろう。……今思えば、家を探すだの何だの言っていた時点で、自然とヒョウゲツと一緒に住むことになっていた。

 なるほどどうして、俺はきっかけが欲しいだけの意気地なしだったのだろう。ヒョウゲツが俺を意気地なしと評した――あれはあくまで冗談の類だが――のは、まったくの正解だった。恥ずかしい。

 そして俺は告白した。――あれがどれだけ緊張する行為だったかは、きっとどう言葉にしても伝わることはないだろう。それでも、天国と地獄の間をステップするような、あの気持ちだけは二度と体験したくない。


「……ふぅ」


 お湯を止めて、伸びをする。軽く関節を動かして体を解してから、浴槽へと身を沈める。……やはりお風呂は良い。命の洗濯と称したのは何のアニメだっただろうか。

 お湯のじんわりとした温かさが、五臓六腑にしみわたる。これは洗濯というレベルではないな……。何かもっと、高尚なものに違いない。新築だから、木でできた浴槽からは心地よい匂いが漂ってくる。これも俺の疲労を癒すのに一役買っていた。

 このまま溶けていきそうだ。……そういえば、以前からお風呂で寝てみたかったんだけど、危険だからと止めてたんだよなぁ。生活が落ち着いたら、危険がないような「寝れるお風呂」なんてものを作ってみてもいいかもしれない。

 確か日本でも同じようなものがあったはずだ。幸い、天津と柊木とは接触できているので、機会があったらアイデアを貰おう。そうしよう。

 いろんなことを考えながら、風呂で鼻歌なんかを歌う。いつぶりだろう、こんなにリラックスできたのは……。


「あら、機嫌がよさそうね、サトウ」

「……入るときは声をかけてくれ、ヒョウゲツ」


 声がした方向に振り向くと、そこにはヒョウゲツがいた。いつもは伸ばされている銀の髪は、お風呂にはいるためか括られており、うなじが見え隠れしていた。それから下は――ちょっと勇気が出ないので、今は目に入れないことにする。

 すぐに、ヒョウゲツとは反対の方向を向いた。背後では、お湯で濡れた石畳をひたひたと歩む、ヒョウゲツの足音だけが響いている。

 俺の顔はどこまでも赤くなっていた。きっとお湯の暖かさだけじゃない。今、自分の好きな人が――恋人が後ろにいるんだ。そんな状況で照れないのは、むしろ相手にとって失礼なのかもしれない。

 どうしようか、何か言葉をかけるべきだろうか。そう言う風に思っていると、後ろでお湯が石畳を叩く音が響いた。それから、お湯が響かせる音は、何か柔らかいものに降り注ぐ、ぐぐもった音へと変化する。


「……ねぇ、サトウ」

「……どうした」

「もし、もしよ? 貴方がこの世界からいなくなるその時が来たら、私はどうなるのかしら?」


 何処か憂いを帯びた声が、ヒョウゲツから発された。そんなヒョウゲツの言葉に、俺が何か言葉を返そうとしたが、ヒョウゲツは俺の言葉を遮るように、さらに言葉を紡いでいく。


「サトウがね、私が知らない人と親しそうに話してると、ふと思ってしまうのよ。サトウは、本当はあっちにいたほうがいいんじゃないか、って」

「おい、ヒョウゲツ」

「あるべきところっていうのは、どんな存在にもあるべきだと思うの。だから、サトウのあるべきところも――」

「あのな、ヒョウゲツ」


 俺は静かに立って、ヒョウゲツの肩を掴んだ。柔らかい肌に、俺の手のひらの跡が残るくらいに、強く。ここにいる、と何よりも雄弁に語るために。


「ヒョウゲツは、少し考えすぎな節があるな。いいか、俺はここにいるし、仮に俺がいるべき場所が地球だとしても、そこにヒョウゲツと連れていくに決まってんだろ?」

「……でも、私の存在はあっちの世界じゃ異質じゃないのかしら。ほら、こんなものが生えてるわけだし」


 そう言いながら、ヒョウゲツは自らの耳と尻尾に触れる。狼のようなそれらは、考えるまでもなく、地球では異質な存在だ。実際俺がヒョウゲツや、その他の獣人に出会った時には、その姿にびっくりした。

 でも、あくまで”びっくりした”だけだ。俺はヒョウゲツの耳や尻尾が疎ましいものだとは思ってないし、むしろ、ヒョウゲツのありのままの姿が一番好きなのだ。だから、仮に、ヒョウゲツの耳や尻尾が疎ましく思われる世界なら――俺はそんな世界を、壊してしまうかもしれない。

 そんな力が、俺にはある。現代兵器でも、本気を出した俺は殺せない。

 恋慕は人を狂わせる、とはよく言ったものだ。現に俺は、好きな人のために、独りで世界を相手にしてもいい、とまで思っている。

 さて、こんな思いを伝えるためには、どういう風に言えばいいだろうか。――そんな小難しいことは考えられない。感情が赴くままに、ことばを紡げばいい。


「……ヒョウゲツ。俺はヒョウゲツのことが好きだ」

「……っ!」

「俺は、ヒョウゲツの優しいけど、実は嫉妬深いところが好きだ。邪険に扱ってたのに、俺のことをずっと想ってくれていた、その純真さが好きだ。ヒョウゲツの、ふとした表情が好きだ。――何より、ありのままの、ヒョウゲツの姿が好きだ。笑ってくれれば、なお好きだ」

「サトウ、ちょっとサトウってば」

「普段は押しが強いのに、いざ俺に押されるとたじろいでしまうところが好きだ。表情は落ち込んでいるのに、嬉しいことがあると尻尾が揺れる愛らしさが好きだ。無理なことを言っても、なんだかんだ応えてくれるところも好きだ。――どうだ、これだけ言えば、置いていかないし、連れて行っても守ってやるって証明できるか?」

「……そう、ね。だからもうやめてちょうだい……」


 ヒョウゲツが、石畳にぺたりと座り込んだ。もしかしてのぼせてしまったのだろうか、と肩に手を伸ばした。――その手が握られる。


「……意気地なし、って言ったの、訂正するわ」

「お、おい、ヒョウゲツ?」


  そのまま、腰に抱き着かれるようにして、石畳に組み伏せられる。むろん石畳に頭を打ち付けることはなかった。……最も、打ち付けたところで、俺の頭の下にある、ヒョウゲツの尻尾が衝撃を吸収していたのだろうけど。


「サトウ、あなたはずるい人ね。あんな情熱的な言葉を貰っちゃったら、滾っちゃうじゃない」

「滾るって、何がだよ――」

「何って、言わなくてもわかるでしょう?」


 俺の腹の上に女の子すわりするヒョウゲツ。艶めかしい鎖骨、滑らかな肌――そして、大きく、綺麗なお椀を描く、胸の稜線。

 まるで見てくれと言わんばかりに、その場に圧倒的な存在感を持って、ありのままの姿でそこにヒョウゲツは座っていた。


「サトウ。私ね、今まで碌な関係性がなかったのよ。友達も、同僚も――もちろん恋人も。だからね、セーブが効かないのよ」

「お、おい……?」

「恋は盲目。――そう言うらしいわね。ええ、まったくもってそう。この言葉を考えた人は天才よ。私が惜しみない賞賛を送ってあげたいくらい」


 そのまま、とろんとした目で俺を見つめるヒョウゲツ。そのまま、俺のほうへと体を沈めてくる。――何となくだけど、この後に続く展開がわかった気がした。さすがにそれを、今この場所でやるのはまずい!


「待て、ヒョウゲツ」

「……サトウ」


 いつぞや、ヒョウゲツがしたように、俺はヒョウゲツの唇にひとさしゆびを触れさせる。そのまま、軽く笑みを浮かべて、一言。


「――続きは、部屋で」

「……っ!」


 こくこく、と首を縦に勢い良く振るヒョウゲツの姿に、俺はそろそろ腹を括らなければいかないんだろうな、と思った。




消化不全なので、今日二回更新です(唐突)

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