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十七話:勇者たちの夜

「――見つけたぞ、佐藤!」


 まるで雷のように、俺の耳に飛び込んでくる声。驚いてそちらを見ると、そこには学級委員長の天津と、疲れて肩で息をしているクラスメイトの柊木の姿があった。何故こんなところにいるのか、その謎は絶えないが、とにかく一つだけ言えることは――。


「天津、横見てみ?」

「横?」


 ……もしかして、柊木をここまで強引に連れてきたのだろうか。天津は身体能力がもともと高かったから問題ないはずだが、この距離となると、インドア派の柊木としては難しいものがあるのだろう。現に今、柊木の顔は青くなっており、今にも倒れそうなほどになっている。


「……とりあえず玄関から上がってこい。柊木はベランダで横になってろ。すまん、ヒョウゲツ。柊木の靴を脱がせてやってくれ。スカートだから俺じゃできん」

「わかったわ」


 そうして、靴を脱がし終わった柊木に肩を貸して、リビングへと連れていく。ちょうど天津も、玄関から家の中に入ってきて、リビングへとやってきた。

 ヒョウゲツは、唐突な来訪者に顔に驚きを露わにしているが、それでも決して邪険にせずに迎えている。……やっぱり優しくて可愛いな、ヒョウゲツは。

 それは置いといて。


「……で、天津。何でここにいるんだよ、お前」

「たまたまワイバーンを三十頭以上狩ったっていう冒険者の噂を聞いて、もしかしたらお前なんじゃないかと思って追いかけてきただけだ」

「………お前、その行為って地球でなんていうか知ってる? ストーキングだぞ?」

「………。冷静になって考えてみると、確かに異常だったな。すまん」


 深々と頭を下げる天津。……そうだった、こいつはめんどくさい思考をしているが、根は素直だったな。とりあえず頭を上げさせて、ヒョウゲツに頼んで水を持ってきてもらうことにする。


「じゃあもう一つの質問だ、天津。――柊木はどうしてああなっている?」

「それは……」

「まさか、強引に連れてきた、とかじゃないよな?」

「それはない。付いていきたい、と言っていたから放っていただけだ」


 ……うわぁ。


「だいぶすごいこと言ってるけど、気付いてないのか?」

「……? 何がだ?」

「普通、こんな世界でペアを組んでる相手を放っておくか……?」

「……それもそうだな。あとで柊木には謝っておく。ありがとう、佐藤」


 これまた素直に頭を下げる天津。気付いてくれたならそれに越したことはないが――はて、どうしたものか。

 ちらりと外を見ると、もう完全に夜のとばりがおり切っている。今から帰そうにも、柊木の体調はかなり悪そうだし、天津自身もそこそこの疲労を身にためてるようだ。

 それに、この時間帯に現れる魔物は大体が強力なものだ。今の天津たちのスタータスがどれほどのものかはわからないが、無事に街にたどり着けるとは思えない。

 仕方ない、今日は泊めてやるか、と思っていた時だった。


「なぁ、佐藤。俺からも質問いいか?」

「……答えられる範囲なら」

「ありがとう――。何故半日でDランク冒険者になれた?」

「ノーコメントで」

「ふむ。じゃあ、ワイバーンを討伐したのは、この家を建てるためでいいんだな?」

「厳密に言うと違うわけだが、まぁおおむねそうだ。お金が欲しかったからな」


 ……深刻な顔をしての質問にしては、やけに軽い質問だ。俺はそう思った。もしかして、これから重い質問へ持って行くためのジャブのようなものだったのかもしれないな、なんて思いつつ、言葉を紡いでいく天津に意識を集中させていく。

 やがて、天津は言いずらそうに口を開いた。


「佐藤――あの女性との関係性は?」

「ああ、恋人だよ」


 即答。だってそれ以下の存在じゃないし。――あるいは嫁と答えるのも一つの選択肢に在ったのかもしれない。それはそれで面白そうだし、言葉にするだけで幸せになりそうだ。いつか口に出してみよう。

 なんて思っていると、天津はその顔をさらに深刻なものにして、質問を重ねようとしていた。


「……そんな仲をいつ深めた?」

「……」

「俺たちがこの世界にきて、まだ五日と経っていない。こういうのは何だが、あの女性は心底君に惚れている、そう言う印象を抱いた。このような関係性を五日間に構築できるはずがない。最低でも一か月――それくらいはかかるはずだ。だから、そうだな……質問の形を変えよう」


 天津は、何か確信を抱いたような顔でこちらを覗き込む。その表情には、今でもそのことについて聞いていいのか、といった疑念がありありと浮かんでいた。それでも、この質問は天津にとって重要なものなのだろう。

 そして、俺はその質問に対する答えをすでに用意している。俺はもう、魔物退治に積極的に参加する気はないからな。


「――佐藤、お前は”いつから”こちらの世界に居るんだ」

「……答えてほしいか?」

「ああ」


 神妙な顔をして、頷く天津。俺はそんな天津に対して、こう答えた。


「――ノーコメントで」


 答える必要はない。もしかしたら、天津はある程度の答えに至っているかもしれない。しかし、明確に答えを出してしまうと、この生活に変化が生じてしまう気がしてならなかった。それに、俺はただの「Dランク冒険者であり、ヒョウゲツの恋人」だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 天津が期待した答えとは違ったのだろう。しかし、天津はどことなく清々しい顔を浮かべつつ、椅子から立った。


「邪魔したな」

「いや、それは良いんだが。天津、もしかしてこのまま帰るつもりか?」

「ああ、そうだが?」

「やめとけ、死ぬぞ。今日は泊まらせてやるから、無理はするな」


 いいのか、と驚いた顔を見せる天津。……流石に、ここで無理に帰して翌日死体で見つかった、なんてことになったら死んでも死にきれない。特に強い感情を抱いているわけではないが、同じ世界から来た仲間が死ぬことは、なんだか忍びない。


「でも、その……いいのか?」

「何がだよ?」


 天津はひどくおびえたような顔をして、ソファーのほうに視線を向けていた。どうしたのだろうか、とそちらを見てみると、そこには険しい表情でこちらをにらみつけているヒョウゲツの姿があった。……なんでそんなににらみつけてるんだろうか?


「もしかして今日、佐藤と彼女にとっての大切な日だったんじゃないか……?」

「どうしてそう思うんだよ」

「結婚記念日を忘れた母の雰囲気に似てるところがあった」

「……。まぁ、でも見殺しにはできんさ。涙を呑んでお前らを泊めてやる」

「……その、なんだ。ありがとう」


 またも頭を下げる天津をしり目に、俺はソファーで柊木の介抱をしていたヒョウゲツへと近づいていく。ヒョウゲツは少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべながら、それでも俺が近づいていくと尻尾をブンブンと振っていた。


「……ごめんな、ヒョウゲツ」

「いいわよ、別に。……サトウが言うこともわかるし、そうしなきゃいけないっていうのはわかってるのよ? でも、割り切れないっていうか、なんというか……」

「今日だけ、今日だけだからな。――今日は一緒に寝よう」

「……!」


 耳元でぼそりとつぶやいた言葉だったが、何を耳元でささやいたかはたぶん天津に理解されたと思う。俺が言葉を発した瞬間、ヒョウゲツの頬が真っ赤に染まり、とてもうれしそうに目を細めていたからだ。

 そのまま頭を一つ撫でて、天津を案内する。


「……その、なんというか。俺が知っている佐藤のイメージが崩れたよ」

「そうか。まぁ、一皮むけた、ってことで」

「お、おう……」

「っと、とりあえずここで今日は泊ってくれ。柊木のベッドは偶然あったけど、天津の分は用意できてないから、寝袋で寝てもらうことになる。そこはすまん」

「いや、寝床を提供してもらえるだけでもありがたい。……ありがとう」


 深く、頭をさげる天津。もう何度目かわからない。……素直に感謝をささげることができる人柄は、天津の魅力だと俺は思う。人によってはうざったらしいと思うこともあるだろうけど。


「風呂に入るときは、俺に声をかけてくれ。トイレは玄関向かって右だから、風呂と間違えるなよ? 万が一、ヒョウゲツの入浴でも覗いたら、明日には全身の毛という毛が抜けて永遠に生えてこないと思え」

「……俺がそんな人に見えるか?」

「いや、見えない。でも念のために――な? じゃあ、そう言うことで。あ、そうだ。もう一つ」


 二階から一階へと降りようとしていて、ふと思い出した。


「――柊木とは末永くお幸せに」


 ……此処まで、自分の体の不調をおして一緒にやってきたんだ。おそらくだが、柊木はもともと天津に気があったはずだ。ほぼ意地悪で投げ込んだ言葉だが、予想以上に天津にダメージを与えたようで、天津はぽかんとした表情でその場に佇んでいた。

 何となく、天津は鈍感そうなイメージがあるからな。これで二人の仲が進展してくれれば、俺としても何となくうれしい。たぶんこれが、恋人がいるっていう余裕なんだろうな。

 そんなことを思いながら、俺は一階に下りた。


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