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十六話:這い寄れ!勇者さん!

別視点が入ります。ご容赦くださいませ。

 きっとあの日、俺たちの運命は大きく変わったんだろう。協会に召喚されたあの日、誰もがそう思ったはずだ。俺だってそのひとりだし、クラスメイトだって薄々そんな気配は感じ取っていたと思う。

 アウドゥス、と名乗る老翁が俺たちに魔物の討伐を依頼してきた時、気配は明確なものとして浮かび上がってくる。平穏な運命から、戦いの日々に身を投じるような運命に転じた――それをなんとなく、俺は感じていたのだ。


「おい、天津。お前大丈夫か?」

「……大丈夫だ。気にするな」


 知らず知らずのうちに、顔に暗い気持ちは浮かんできていたらしい。友人の言葉に目を覚ますようにして、アウドゥスの方向を見る。そこではアウドゥスが何かを配ろうとしていた。聞けば、ステータスプレートなるものらしい。

 それを受け取った俺たちは、存外静かにステータスプレートを覗き込んでいた。状況の異常さがそれを促したのか、あるいはほかの何かが作用したのかはわからない。ただ、精神力が強くなったような、そんな気がした。

 ちなみにだが、俺のステータス値はそこまで高くなかった。全体的に平均よりちょっと高いくらい。

 ……全員が、各々のステータスに一喜一憂していた時だった。アウドゥスから情勢の説明がなされ、俺達に「魔物の討伐を期待している」ことがアウドゥスの口から明確になった。

 どこかで、息を飲む音が響いた。……それはそうだろう。突然ステータスなどというゲームめいた世界に召喚された上に魔物の討伐ときた。疑いか、興奮か……あるいはその両者に息を飲んでもおかしくはない。

 光の勇者、魔物――。二つの言葉が俺たちに様々な感情を巻き起こしていた。そんな俺たちを見越してか、アウドゥスは笑みを浮かべて言葉を吐いた。


「では、勇者の皆様にはこれからの方針を決めていただきます。ステータスプレートを参考に、ご自身の進む道をお選びください。無論相談に乗りますし、お仲間同士でしていただいても構いません」


 狡い言い方だ。俺はそう思った。

 何もわからない以上、きっとクラスメイトはアウドゥスの相談に乗るだろうし、アウドゥスはアウドゥスで、魔物を倒すことをすすめるのだろう。この時点で、俺にはもう、このアウドゥスという老人を信用できる心と可能性は存在しなかった。

 ……しかし、考えれば考えるほど、アウドゥスの言葉に従うしかないのは事実であった。風習も文化も知らない。戦い方も知らなければ、まずもってろくな運動すらできないクラスメイトだっている。従った方が、安全にこの世界を生きていけるのだ。

 自然に作られた、アウドゥスへの迎合の雰囲気。なんやかんや俺のように理由を作りながらアウドゥスに相談に行こうと囁く生徒達。――だったが、それを切り裂くかのように、一人の男が前に出た。

 ……特徴のない顔。これといって背が高いわけでもなく、頭がいいというわけでもなく、見目が麗しいわけでもない。仮に、彼に称号が付与されるならば、それは普通の二文字以外にありえない。

 佐藤太郎。彼はいわば、モブのような存在であった。


「あの、俺は外に出てみようと思います」


 だが、どうだろう。今の彼はまるで主人公のように、アウドゥスの前に立って言葉を発している。普段のどこか腑抜けたような感じとは全く違い、どこか毅然とした――武人のような剛性を感じる。

 それから佐藤の話は続き、冒険者になりたい理由をまくし立てるようにアウドゥスへと突き立てた。今まで冷静そうに振舞っていたアウドゥスも、この攻撃には少したじろいだのか、仮面が剥がれているような気がした。

 最終的に、佐藤が冒険者登録用の銀貨を手にして外に出ることが決まった時には、クラスメイト全員の口が空いていた。……あまりの豹変ぶりに、実は俺の口も空いていた。慌てて閉めたが。

 そのまま去っていく佐藤。その姿が完全に掻き消えた時に、ようやく俺たちは正気を取り戻した。

 広がっていく動揺、ざわめき。そして、広がっていく可能性。いつもは冴えない佐藤だったが、今この瞬間だけは、誰もが彼を勇者だと信じているに違いない。


「俺も――!!」


 そうして俺も、外へ旅立つことにしたんだったか。



「以上でクエストは終了です。お疲れ様でした」


 報酬を差し出してくるギルドの受付嬢。それを受け取りながら、俺はまだ見ぬ佐藤の姿を探していた。

 冒険者ギルドへ所属すると言っていたので、依頼をこなしていれば出会う機会もあるんじゃないか、とは思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 ちなみに、俺は今、一緒に教会を抜け出してきた女子生徒――名前は柊木、という――とパーティーを組んでいた。

 天津くんと離れると、どうにも落ち着かないから――というのがついてきた彼女の談である。……それなら友人でいいような気がしてならないのはさておいて。


「Dランク冒険者まであと半分ってところか。一日目にしては上々だな」

「そうですね。どうなるものかと思ってたけれど、案外どうにかなりそう」


 最速記録を更新しちゃったりして、なんて笑う柊木と一緒に、宿へと帰る。無論宿は二部屋取ってある。

 そうして眠り、開けた朝。続く昼と夕方を経て、俺たちはDランク冒険者になった。


「あのあの、もしかして私たちが最速ですか?!」


 冒険者証を受け取ってすぐ、柊木はギルドの受付嬢へと尋ねた。そうして返ってくる答えに、俺たちは耳を疑った。


「いえ、最速は半日ですよ」

「半日?!」


 驚く柊木の影で、俺も困惑していた。異世界から召喚された俺たちは、一般人よりもステータスが圧倒的に高いのだ。

 抜きん出たものがない性能の俺でも、だいたい二十倍くらいの差が存在する。だからこそ、最速であるという自信は少しあった。


「ちなみに、本日達成されましたよ」

「……今日だと?」

「ええ、私どもも目をみはっておりました」


 そういう受付嬢は、彼――あるいは彼女――がクエストをクリアしていく姿を見たことがあるようだった。


「……なぁ、その冒険者ってどんな格好してた?」

「冒険者はパーティーで、冴えない男性と綺麗な女性のパーティーでしたよ。銀髪で、狼みたいな獣耳と尻尾が生えている美少女さんでした」

「男の方は?」

「え? 素早いこと以外は印象に残らない男でしたね。強いていうなら、奇妙なカバンを持っていた、ってところだけが特徴らしい特徴でしょうか」

「そうか……」


 ……その男に少しだけ興味が湧いた俺は、その日から男を見ることも目標の一つにしてクエストをこなし始めた。

 特に、あの暗い闇の森が難しい印象を受けた。聞けば、深層や中層はあれ以上の難度があるという。冗談でも踏み込めない。

 ……そうだったはずなのだが。


「……は? たまたま深層に入って、たまたまワイバーンを三十頭以上討伐した?」

「そうなんですよ。すごい話もあったもんですよね……」


 二日目にして何故か友達のような関係になった受付嬢が、ポツリとこぼした。聞けば、昨日のスーパーコンビが成し遂げたことらしかった。


「いやぁ、あの時ばかりはさしもの私も驚きました。なにせ、特徴がない男が大部分を狩ったらしいんですもの」

「へぇ」

「黒髪黒目の男だったそうですよ? 珍しいですね、こんな場所に。――そういえば、アマツさんも黒髪黒目なんですね。何かいいことでも起こるんでしょうか」

「黒髪……黒目?」


 もしかして、それは――。

 謎を確かめるために、俺はその冒険者がねぐらにしているという宿へと足を運んだ。

 何かを運ぶ、馬車の郡が俺の移動を妨げていた。話を聞くに、丘の方に家を建てるらしい。酔狂なやつもいたもんだ。

 そうしてたどり着いた宿。……だが既に、冒険者は出ているという。じゃあどこに行ったのか、と聞き回っていると、不動産屋に入っていったという情報を掴んだ。

 家を買うらしい。そのまま不動産屋へと乗り込むと、店員は契約もせずに帰ったという。どこかイラついていたようだった。どうやら目の前でイチャイチャされたらしい。ドンマイ。


「天津さん、一体いつまで駆け回るんですか?」

「柊木、疲れたなら宿に戻っていてもいいぞ。無理に俺に付き合う必要は無い」

「それはやです。でも、休憩もせずに歩き回るのは、明日にも響きますよ」

「……それもまぁ、そうだな」


 明日も、あの森へ出向かなければならない。そう思うと、柊木の言葉は実に深く、俺に浸透した。

 そのまま宿へと帰ろうとした、その時だった。


「丘の上に立つ家、銀髪の可愛い女の子が建てたって聞いたぜ」

「へぇ。そりゃなんでそんな辺鄙なところに……」

「そりゃ、男とイチャつくためじゃねぇか? 傍らに冴えない男がいたって話だし」


 銀髪の見目麗しい女性。冴えない男。家探し。家を作るために編成された馬車群。そして、ワイバーンを討伐して得た、莫大なお金。

 すべてが繋がり、彼らがそこにいるとわかった時には、俺は脇目も振らず走り出していた。日は沈んでいて、街の外に出ると、魔物が遠方に見えた。

 その少し先に、仄かな明かりをともす何かがひとつあった。目をこらすと、それは家のように見えた。

 走って走って――そうして辿りついたのは、確かに家だった。窓からは明かりが漏れて、夕食どきであるせいか、いい匂いが漂ってきている。


「…………元魔王と…………だもの」


 いい匂いの元から、女性の声が響いてきた。……鈴のような声音だ。声だけで恐ろしく魅力的な女性なんだろうな、と察することが出来るほどだ。

 そうして声に耳を傾けていると、だんだんと男性の声が聞こえるようになってきた。


「俺も、いろんな意味で疲れたよ」


 そうして聞こえてきた声は、やはり耳馴染みがする声で。俺の予想は合っていたんだ、間違ってなどいなかった。そう思いながら、ベランダへと走っていく。

 そうして姿が見えた時、俺は叫んだ。

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