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十三話:冒険者、家を買う③


 結局、あの後いろんな家を見て回ったけれど、どうもどの家もしっくりこず、ヒョウゲツとふたりで首をかしげていた。

 昼も後半戦。倦怠感が漂いつつある雰囲気を打開するために、なんともなしに俺は呟いてみた。


「もういっそのこと、自分たちで家を作るか」


 本当に適当に、冗談で呟いた言葉だった。


「いいわね、それ」


 だが、ヒョウゲツが顔を輝かせてその案に賛成したことによって、事態は風雲急を告げるように、変な方向へ転がり出した。

 善は急げとばかりに、俺の腕を掴んで歩き出すヒョウゲツ。俺はそんなヒョウゲツに、黙ってついていく。……この状態になったヒョウゲツは、何を言っても動じない。なんだかそう思えてきた。

 だから俺は、ヒョウゲツに導かれるままに様々な場所を巡った。木材を手配し、土地を手配し、工具を手配し、家具を手配し――。凄まじいまでの手際だった。唯一、職人を手配していないのが少しだけの心配を俺に抱かせたが、きっとヒョウゲツには何か考えがあるのだろう。

 何をどうするのかわからないうちに、ヒョウゲツに導かれたのは町はずれの草原に存在する、小高い丘だった。大きな木が一本立っているので、割とわかりやすい場所である。

 ……確か、ここあたり一帯はモンスターも出るし、強さ自体もそこそこあるので人通りが少ない土地だった気がする。いや、まさか。そう考えていると、町から馬車が列をなしてやってきた。


「そろそろ聞かせてもらうぞ。ヒョウゲツ、何をするつもりだ」

「どうもこうも、何ももないわよ。――ここに家を建てるの」


 わかり切っていたけど、あまりにも突飛な答えがヒョウゲツから帰ってくる。その目はとても真剣で、心の底からこれが最良の選択だと疑ってやまないような雰囲気を感じた。

 ……混乱していたせいで不思議に思うばかりだったが、冷静に考えてみると悪くない選択だ。――いや、むしろいいともいえる。既存の住宅が気に入らないなら、双方が気に入るような家を作ればいい。レディメイドよりも、オーダーメイドのほうが自由が効くし。

 いつも既製品ばかりを購入していたからか、俺の考えは「何かを購入すること」に凝り固まってしまっていた。……正直恥ずかしい。これからは、買うことだけじゃなくて自分からアイデアを提言していくことも考えていかなければいけないだろう。

 そんなことを考えているうちに、資材の搬入が終わったのだろうか。馬車が街のほうへと進路を取っていた。そうして、涼やかな風が吹く草原には大量の木材と家具、そしてフライパンなどの小物が入れられている包みが転がった。

 そうして、俺はふと気づく。ここに、絶対的に足りないものが存在する。


「……あの、ヒョウゲツや」

「ん、どうしたのサトウ?」

「これ、建設業者の人来てる……?」

「何言ってるのよ、そんなもの頼んでないわよ?」


 ……うすうす感づいてはいた。最初の店回りの時点で、建設業者を呼んだ覚えもなければ、何か設計図のようなものを作図した記憶もない。つまり、そこから導かれる答えは――。


「一から作り上げるわよ、サトウ」

「……正気か?」

「ええ、正気よ。出来ないなら、私はこんな軽挙妄動には走らないわ」

「俺にはヒョウゲツが軽挙妄動に走っているような気がしてならないんだが」


 こういうのはヒョウゲツを軽んじているように思われるかもしれないが、俺にはヒョウゲツが何かを建設することができるとは思っていない。そもそもヒョウゲツは元魔王である。魔法や戦闘、あるいは治世のことについてはある程度学んでいても違和感はないが、建設に関することを学んだとは到底思えない。

 俺が訝し気な目線をヒョウゲツに向けていると、ヒョウゲツは涼やかな笑みを浮かべた。自信たっぷりにほほ笑むその姿に、俺は何かの秘策が存在するのか、と思った。


「軽挙妄動ではないわよ。その証拠は、貴方の記憶の中にもあるはず」

「俺の記憶の中……? 特にヒョウゲツがものを作っていた印象なんてないんだが」

「ええ、作っていた姿を見せたことがないもの。当然よ」

「……ということは、すでに何かを作り上げていて、俺はそれを見ている……?」


 ええ、とほほ笑むヒョウゲツ。……俺が見ていて、かつヒョウゲツが作り上げているという建築物――。俺には該当するようなものが存在するとは思えなかった。でも、「仮にヒョウゲツが建設に関するスキルを有している」のならば、あり得るような場所が一つだけ存在した。

 俺が知っていて、ヒョウゲツが(仮にだが)建設し得る場所。ヒョウゲツはあの島から俺を追いかけるまで一度も外に出たことがない。つまりヒョウゲツは、「あの島にある建造物であり、俺が知っていると確証を持って言える建物」を作っているわけであり――。

 つまり、それは。


 魔王城以外に、他ならない。


「いやいや、そんなまさか」

「何を考えているかわかるわ。そりゃ、建設自体は無理よ。私にできるのは……これくらいよ」


 ヒョウゲツは、転がされた小物から紙とペン、画板を取り出すと、木の枝を器用に扱いながら、紙に様々な図形を描いていく。そこには細やかな数値が刻まれており、それはさながら、設計図のような形相を呈している。


「ほら、これ」

「……すげぇ。初めて心の底からヒョウゲツがすごい奴だって思ったわ……」


 俺の手には、素人目に見てもわかりやすく、美しく描かれた設計図だった。俺にこれを読み解く能力はないが、きっと手に職を付けた人間ならば、当意即妙の建立を成してくれるだろう。

 ……だが、これでもまだ足りない。計画だけあっても、人員がいなければ物事は進まない。そう、建設を担当する人間がここにはいないのである。

 だが、そんな俺の考えを読んだように、ヒョウゲツは俺の肩に手を置く。その表情は自信満々で、何が何でもこの家の建設を万全にやってやる、といった気概が見受けられた。

 そして、彼女は口を開く。


「私とサトウで、今日中・・・にこの家を作り上げるわよ」

「……はぁ、正気か?」

「正気も正気よ。理論的に説明してあげましょうか?」

「……是非とも聞きたいところだけど、まずは聞いておくぞ。俺はずぶの素人だ。角材を加工したことどころか、かんなだとかトンカチすら持ったことがない。今まで釘をまっすぐ打ったこともない。自慢じゃないがな」

「それはそうよね。第一素人がそんなものに触ったことがあるなんて言ったら、それはそれで疑わしいもの」

「……じゃあ、どうするつもりなんだよ。俺はたぶん戦力外だぞ?」


 俺のその言葉に、ヒョウゲツは首を振って否定する。……いや、確かに力と素早さは化け物級――自分でこういうのは何だが――なので、運搬とかそういう面では活躍できるだろうけどさ。

 だが、ヒョウゲツの目は、俺が何かを成せると雄弁に語っている。……そんな視線に根負けするように、俺は肩を落とす。


「……わかった。何かやればいいんだろ? 何をやればいいんだよ」

「断面図通りになる様に、木材を切り出してもらうのよ。……出来ないとは言わせないわよ? 勇者様・・・


 悪戯っぽく笑うヒョウゲツ。その笑みは、以前何処かで見たことがあるような、そんな笑みだった。まるで芝居のようなワンシーンとこのセリフ――俺はつられるように、合わせる。


「ああ、その名前を出したからには負けないさ、魔王様・・・よ。――いいか、勇者への貸しは高くつくぞ」

「ええ、望むところよ」


 いつぞやとは違い、笑い合う俺たち。むろん、いつもの友愛を込めた笑みではなく――挑戦的な笑みだ。

 そう、これは魔王ヒョウゲツ勇者おれに叩きつけた挑戦状だ。俺は勇者としてこれを淘汰しなくてはならないし、ともすれば圧倒的なまでに上に立たなくてはならない。

 贋作聖剣を携えながら、俺も笑みを浮かべ直す。そうして深まっていく挑戦的で、凶悪な笑み。感情の昂ぶりから魔力があふれ出し、豪風をあたりに生み出していた。――そんなことすらも気にならないほどに、極限まで高まった緊張は。


「行くわよ!」

「応ッ!」


 ヒョウゲツの一手――斬る角度、長さを示した設計図の提示で、一気に爆発した。



 それからと言うもの、俺とヒョウゲツは、まるで舞う様に断面図を書き、木材の形を整えた。開始二時間で作業工程は約七割まで進行し、俺の横にはその証拠だと言わんばかりに、独特の切り口をした木材が積み上げられていた。

 その形に、俺は一つのバラエティ番組で得た知識を思い出していた。伝統的な日本家屋に見られる建築法の一つ――「木組み」と言われるものだ。木材同士のかみ合わせで建造物を成り立たせる、熟練の大工のみ扱える絶技と評されるほどの神業である。

 それを、ヒョウゲツは長すぎる暇に飽かせて培ったのであろう製図技術と、俺の絶技とも呼称される剣技で再現しようとしていた。

 ヒョウゲツが数ミリでも寸法を間違って描けば、そして俺が数ミリでも斬る位置を間違って斬っていれば、途端にこの建物は成り立たなくなる。――そんな極限状態だった。

 でもそれが何故か、楽しくて楽しくてしょうがない!


「……これで――っ!」

「――はァっ!」


 爆発しそうなほどの緊張感と興奮。さらに頂きへ至ろうとする二つの感情を吐き出すように差し出された最後の断面図通りに、俺は四つの木材を一息に切り伏せる。

 そうして、作業は一時の落ち着きを見せる。

 涼やかな風が吹く草原は、その色を夕焼け色に染めていた。それだけの時間が、あの一連の応酬で経過していたのだった。


「……どうだ、やってやったぞ」

「ええ、惚れ直したわサトウ」

「……おうおう惚れろ。剣技には一等の自信があるからな」

「そうよね。見ていて分かるわ。あそこまで迷いなく剣を振りぬける人は、そうそういないもの」


 そういいながらくすりと笑みを浮かべたヒョウゲツにつられるようにして、俺も笑みを浮かべる。……そうして耐えきれなくなって、二人で大きく笑いだす。なんだか、心が温かい気持ちになった。

 そうして数分笑い続けた俺は、ふと気づく。


「作業って、これだけで終わりじゃないよな?」

「ええ、そうね。――でも、これから先は一瞬で終わるわ」


 そう言いながらヒョウゲツは、腕をタクトのように振るう。そうして編みだされた魔法陣は、召喚魔法のソレだった。結果として、俺は理解する。


「なるほど、考えたな。記憶の共有か」

「ええ。召喚獣と私の記憶はリンクする。つまり、作図も理解している。あとは指示を出すだけであっという間に完成、という寸法よ」


 そう言いながら、草原に横になるヒョウゲツ。疲れを示すように、尻尾と耳はぴーんと伸びて、そしてぱたりと倒れる。


「……今日から俺たち、ここで住むんだよなぁ」

「ええ、そうね」


 そうして、満面の笑みを浮かべたヒョウゲツに、俺の視線は自然に集中していた。まるで幸せをかみしめるような笑みに、何か不思議なものを感じたからかもしれない。


「ところで、一つだけ聞いていいかしら」

「お、なんだ?」

「……最初からずっと言おうと思っていたのだけれど、これからずっと一緒の家に住むのよね、私たち」

「そうなるな――うん?」


 そうして思い至る――。

 ああ、よくよく考えてみればそうだ。家を作ってそこで暮らすという提案が出た時点で、俺は――!


 ヒョウゲツと同棲することを良しとしていたのだ。


「……いや、うん。確かにそうだけど。ちょっと待って。ちょっと待って!」

「待たないし、第一この時間からだとどこの宿も空いてないわよ? ……サトウは、私と一緒に住むの、いや?」

「いや、それは嫌じゃないけど――」

「だったら決まりね!」


 雪のような煌めく笑みを浮かべながら、ヒョウゲツは嬉しさ満点といった様子で笑った。その笑みに頬が熱くなる俺の横で、家はすでに完成していたのだった。

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