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十二話:冒険者、家を買う②

長くなったので二分割しました。

 この世界における家の売買は、地球の不動産屋のそれとさほど変わらない。欲しい家を選んで、契約して、購入。細々しい手続きなどはあるが、大体はこんなプロセスだ。

 店員から説明を受けた俺は、地球のそれと大差ない手続きの流れに少しだけ安堵しつつ、テーブルに広がる家の資料を覗き込んだ。


「今現在、提示された予算で契約ができる家はこちらになりますね」

「なるほど」


 家の資料を覗き込んで、嘆息する。どの家もギルドから遠く、平屋が多い。店員の話によると、金貨350枚だとここあたりが平均だという。ギルドに近づくとなると、都市の中央部になるので、相応に値段が高くなっていくらしい。ちなみにギルドから数分といった物件ならば、金貨1500枚程度だそうだ。……ぶっちゃけ、それくらい稼ごうと思えば稼げるのだが……。


「ねぇ、サトウ。ギルドに近くなくてもいいんじゃない?」

「……と、いうと?」

「だって、サトウの最終目標ってゆっくりとした生活を送ることなんでしょう?」

「ああ、そうだな」

「だったら、店との距離なんかは気にするべきだけど、ギルドとの距離はさほど気にしなくてもいいんじゃない? 月に一度行くかどうか位の頻度で十分賄っていけるでしょうし」


 言われてみればそうだ。俺の最終目標はスローライフであり、冒険者として名を残すことではない。更に付け加えるならば、身体能力があるので、ある程度離れていても疾走してしまえば時間自体はかからない。――やろうと思うかどうかは別だが。

 ともかく、ヒョウゲツの言葉に真の目的を思い出した俺は、差し出された紙をじっくりと見つめる。ヒョウゲツにもそのうち半分を渡し、良さげなものがあったら教えてくれ、と伝える。そうして、その場には俺たちの御眼鏡にかなう物件探しに、ぺらりぺらりと紙が擦り切れる音だけが場を支配した。

 それから何分が経っただろうか。平屋、平屋、平屋――とあまりにも続く平屋レーンにいい加減辟易とし始めた時だった。ヒョウゲツのほうから声が上がり、紙を俺のほうへと差し出してくる。そこには一軒家の文字があり、場所もそこそこ良い。さらに、お値段も金貨四百枚と、若干足りないがすぐにでもそろえることが出来そうなリーズナブルなものだった。

 なぜこんなに安いのか、その理由の如何によっては購入は確定したといってもいい。


「ああ、その物件ですか……。こちらの物件がですね、実は過去に処女の生き血を啜っていた女性が住んでいたという物件で……。夜な夜な、殺された女性の呻き声が聞こえるそうで……」

「で、分割払いはできますか?」


 大体どういう物件なのか分かったので、これ以上の言及は必要ない。俺の心はもうここ以外になびかない。金貨四百枚で購入できる家は魅力的で、そんなオカルトチックな逸話で購入をためらうはずがない。

 俺の畳みかける様な提案に、店員は少しだけ唖然としていたが、そこはプロの接客業。すぐに先ほどまでの笑顔を戻して、可能だと申し出てきた。ただし、もともと払う料金よりも少し多くなるそうだ。


「ともかく、まずはみてみないことにはどうにもならないでしょう? まずは見に行きましょうよ」


 ……なんかヒョウゲツの表情がこわばっているような気がする。もしかして、この家に何らかの不満点があったりするのだろうか。……よもや、幽霊が怖いというわけではあるまい。幽霊より恐ろしい存在のトップが、幽霊なんかの影に恐れたりはしないだろう。そもそもヒョウゲツだって、下手な幽霊より怖い存在なんだし。

 でも、確かにヒョウゲツの言葉は正しい。どんな建物か見ないうちに決めてしまうのも少々おかしさを感じるし、第一ぼろかったりしたら目も当てられない。困惑する店員に、一度家を見せてほしいと伝えて、俺たちは移動を開始した。


「……で、ここがその家か」

「ええ、そうです」


 さすがに移動中に頭は冷えたようで、店員は冷静に俺たちを家へと案内していく。そして着いた家が、これだ。そこそこ広めの庭、二階建てで、そこそこの広さがある邸宅。八十年前の知識と照らし合わせると、場所にもよるだろうが金貨四桁前半はいきそうな邸宅である。


「では、中に入りますね」


 そんな邸宅が金貨400枚で売ってあるなんて、よっぽど所有者の趣味が頭がおかしいものだったのかな、なんて思いつつ、開門する店員さんの後についていく。門もそれなりに大きく、錠前も立派なものなので、防犯効果もばっちりだろう。

 そこそこ整理されている庭を通り抜けて、家の門をくぐって中に入る。家の中も比較的整理されていて、古めかしい印象を得ることはない。床に敷かれているカーペットにほつれはなく、ぐるりと見渡しても、経年劣化以上のマイナスポイントはないように見える。

 少し奥に進んでくと、視界が開けた。ここがリビングなのだろう。家具はないが、暖炉や絵画が飾られていた跡があることから、容易に察せられる。


「……なんか、普通の邸宅って感じだよな、ヒョウゲツ。………ヒョウゲツ?」

「えっ! あ、な、何かしら!」

「どうした、急に慌てて」

「なんでもないわよ! にしても、こんな家が金貨400枚で買えるだなんて、おかしいこともあったものね! 何かあるんじゃないかしら?」


 慌てながら、まるで捲し立てる様に言葉を続けるヒョウゲツ。……本当にどうしたのだろう。何時ものヒョウゲツらしくない。まるで、そう。年頃の女の子のような、そんなはんのうを――って、まさか。

 いや、魔王だからあり得ない。本人も「在来生物の頂点」とかなんとか名乗ってたし、恐ろしいものなんか普通存在しないはず……。でもなぁ、この反応を見ていると、どうもその線が濃厚な気がしてならない。


「……なぁ、ヒョウゲツ」

「な、なによ」

「お前、幽霊が怖いのか?」


 俺の言葉に、体が薄く跳ねるヒョウゲツ。わかりやすいこと極まりない。


「……だったら素直に言えばいいだろ」

「私の好き嫌い、得意苦手で、サトウの足を引っ張るのもダメな話よね、と思って……」


 うつむき、しょぼくれる。耳や尻尾なんかも、元気をなくしたようで、下を向いていた。

 ……はて、俺はヒョウゲツにそう言う風に思われていたのか。


「あのなぁ。こういうのは何だと思うが、ヒョウゲツくらいなら抱えてもどうってことないぞ、俺は。寧ろヒョウゲツが好き嫌いや得意不得意を言わないことのほうが不安が大きい」

「サトウ……」

「お客様、申し訳ございませんが、私どもも仕事がございますので手短にお願いします」


 店員さんが尋常ならざる気配を出して、俺たちを掣肘する。……下手な冒険者よりこの雰囲気が恐ろしいと思うのは、俺が根本的に人にあまり迷惑をかけたくないタイプの人間だからなのだろうか。それは置いといて、速く店員さんについていかなないと、またあの目線を向けられてしまいかねない。


「まぁ、今日は見るだけにしとこう。別に本当に今日中に家を買わなきゃいけないわけじゃないし。何か不満があったら言ってくれ」

「……ええ」


 ヒョウゲツは弱くほほ笑んで、そう言った。……うーむ、本格的にヒョウゲツの調子が悪そうだ。いくら安いと言えども、ヒョウゲツの体調が崩れるなら元も子もないしなぁ。

 追加でお金を稼ぐべきだろうか。そんなことを考えながら、店へと帰るまでヒョウゲツの様子を注視していたのだった。

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