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十一話:冒険者、家を買う


 森に鳴り響く咆哮。凄まじい音圧を伴ったそれは、きっと近くで聞いていたら吹き飛ばされてしまいそうなほどだ。

 やがて咆哮が終わったと思ったら、次はその巨躯を活かしての突進。俺とヒョウゲツはこれを危なげなく回避。そして回避しながら贋作聖剣に魔力を纏わせ強化し、すれ違う時に足を斬る。

 ……蜥蜴のような目が驚きに見開き、そのままバランスを崩して地面に倒れこむ。そうなったら、あとはヒョウゲツが魔法でさっくりと止めを刺して終わりである。

 この魔物――ワイバーンの討伐は一分も立たずに終了する。討伐証明部位をはぎ取り、素材になる部位を序に剥ぎ取り、馬車の荷台へと乗せる。


「いやぁ、たまたまワイバーンを倒してしまったな!」

「ええ、たまたま十五匹目のワイバーンを倒してしまったわね」

「ああ、偶然って怖いな!」

「まったくね。……で、いつまでこんな白々しい真似を続けるのよ」


 ヒョウゲツがジト目で俺を覗き込んでくる。……確か、俺たちは冒険者ギルドに行って――。



「え、新規の調査依頼ですか? もちろんありますよ?」


 気持ちを新たにした俺は、あの後のそりと起きてきたヒョウゲツと一緒に冒険者ギルドへと向かった。一応Dランク冒険者になったので、新しい依頼が追加されていてもおかしくない、と思って受付に聞いた結果がこれだ。いや、そりゃあ実力を証明したんだから、もっと難しい依頼が増えるのは然るべき対応といえるだろう。

 それはさておいて。


「その依頼の中に、『暗闇の森』への依頼なんてありますか?」

「え? 『暗闇の森』ですか? えーっと……。あ、一件ありますね。薬草の採取依頼です」


 よし、と俺はガッツポーズを決める。ヒョウゲツはそんな俺を不思議そうに見つめる。

 ……俺がここで『暗闇の森』を指定したのには理由がある。『暗闇の森』というフィールドはギルドの許可があるものしか入ることができず、しかも依頼の時以外には入ることは許されていない地域だ。その理由が、中層から深層にかけての敵が凄まじく強力なのだ。

 まだ浅い層なら、おそらくDランク冒険者でも十分に活動できるだろうが、それから先に足を踏み入れると、一気に適正ランクがBランクに上がる。――八十年経った今でも、そんな制限と特徴は変わっていないらしい。そのことに少しだけ安堵しつつ、差し出してくる依頼書をじっくりと読み込む。


「ふむ、魔力ポーションを作るための材料集めですか」

「ええ。依頼書の方には四株と書いてありますが、勿論それ以上を持ってきてもらっても構いません。他に何かご質問は?」

「特にないかな……あ、一つだけ」

「はい、何でしょう」

「――たまたま討伐してしまったモンスターは、持ち替えれば換金してもらえるんでしょうか?」


 ええ、と頷く受付嬢。俺はその言葉に内心ほくそえみながら、依頼書にサインをして受領する。場所が場所なので、今の財産の半分を支払ってかなり大きめの馬車をギルドから借り受ける。さすがに大きすぎたのか、受付嬢からは訝しげな眼を向けられたけれど、寧ろこれくらいなければ、俺の目的は達成できないのである。


「……で、今まで黙ってたんだけど、さすがに突っ込ませてもらうわよ? なんでこんな大きな馬車を用意してるのよ」

「そりゃ、今日中に家を買うためだよ」

「………。ごめんなさい、私の耳がおかしかったのかしら、なんか家を買うなんて言葉が聞こえた気がするのだけれど」

「そういったけど?」


 俺がそういうと、ヒョウゲツは頭を抱え始めた。……俺は何かおかしいことを言っただろうか。俺の表情から何かをくみ取ったのだろう、ヒョウゲツはいっそ清々しいと言わんばかりに微笑を浮かべて、俺の肩をつかんだ。


「貴方の常識がおかしいことなんて今に始まったことじゃなかったわね」

「……おかしいのか?」

「おかしいに決まってるわよ。――もう突っ込まないわ。じゃあ、たまたま何かを倒してお金を稼ぎに行きましょう。時間が惜しいんでしょう?」


 ヒョウゲツの声に押されるようにして、俺たちは冒険者ギルドから出たのだった。



 そして、先ほどまでの状況に至る。

 現在の討伐数は、あれから数を更に伸ばして三十といったところだろうか。馬車の中を占める素材の量がきつくなってきたので、三十五くらいで一旦打ち止めにするといいだろう。――そんなことを考えているうちに、ヒョウゲツが一人でワイバーンを討伐した。


「で、この討伐はいつまで続けるのよ」

「あと四匹くらいにしようかなと」

「……まぁ、妥当よね」


 そう言いながら、片手間で剥ぎ取りを済ませていくヒョウゲツ。魔法で剥ぎ取りを行うあたり慣れてきたのだろうか。俺も負けていられない。ワイバーンの血で寄ってきた新しいワイバーンを風魔法で撃ち落とし、頭頂部を氷魔法で貫く。そのまま風魔法で必要な場所をスパスパと切り分けてそれを馬車に乗っける。ここまで三十秒。


「……今更だけど、コレギルドに持って行ったらなんか変な言いがかりつけられそうじゃない……?」

「いや、確認はとってる。――たまたま倒したモンスターは、換金できる」


 ギルドでの会話を思い出しながら、にんまりと笑顔を浮かべる。冒険者ランクに関しては全くと言っていいほど関係してこないが、討伐すればするだけ懐が潤っていくのだ。これが楽しくなくて、何が楽しいのだろうか!

 このペースなら家を余裕で買えるだろう。時間的にもまだ昼だ。もしこのワイバーンでお金が足りないなら、今度はもっと奥のフィールドにこもって、ドラゴンでも狩れば良いだろうし。

 そんなことを考えながら、俺はさっさとワイバーンを撃ち落として、馬車で冒険者ギルドへ帰ることにした。


「……あの、一つ聞きますね? 本当に何らかの不正をやっているわけではないんですよね?」

「もちろん。寧ろどうやって不正するのかを俺は知らないし、やりようがないですよ」

「……いや、でもこれはちょっと信じがたいというか、どうしてこうなったと言いますか」


 受付嬢さんは呆れたような表情でこちらを見つめている。そこには三十五匹分のワイバーンの討伐証明部位と、依頼されていた薬草があった。

 無論不正なんてしていない。ワイバーンを討伐したのは間違いなく俺とヒョウゲツだし、薬草に関しても俺とヒョウゲツで手分けして探した。……実を言うと薬草探しのほうが手間がかかったのは秘密である。


「ええと、ですね。これだけのワイバーンを討伐した以上、こういうのは非常に心苦しいのですが、ギルドランクに関しては一切のポイントの上下はありません。換金結果だけ、お知らせします。すみません」

「理解した上なのでお気になさらず。というかたまたま討伐しちゃっただけ何で、そこあたりは考えていないです」

「たまたまでワイバーンを三十五匹討伐………???」


 何を言っているのかわからない、といった様子の受付嬢だったが、自分の仕事を思い出して、俺のほうへと紙を差し出す。そこには、今回受け渡しされるお金の総計とその詳細が書かれていた。合計で金貨371枚。大体ワイバーンの素材が一体あたり10枚なのだろうか。

 それをしっかりと確認して、素人目でも何も問題がないことを確認して、紙を受付嬢へと返却する。


「……確認ありがとうございます。それで、こちらの報酬のほうはそのまま持って行かれますか?」

「お金とか預かってもらえる機関があるならば、そこに預けたいとは思っていますが」

「ああ、冒険者ギルドでもそのような事業を行っていますよ。お預け入れされますか?」


 その言葉に頷いて、今回得た報酬から金貨二枚を抜いた分を預け入れる。ギルドカードを提示するだけで預け入れと引き出しができるそうで、なかなかセキュリティ的に問題がありそうだったが、そこは問題ないらしい。ギルドカードを常に身に着けているうちは、魔力の波長がギルドカードに保存されるそうだ。その波長は人によって違うため、それを用いて認証を行うそうだ。

 ……そこだけ抜き出してみると、なんか現代と負けず劣らずハイテクなシステムが出来上がっているみたいだ。

 そうして、今回預けたお金の量を記した書類を俺に差し出して、取引は終了になる。――もうここにいる意味がない俺は、それを受け取ってそそくさとギルドを後にした。


「どうだった?」

「金貨が手に入った。あ、お金は預け入れた。一応ヒョウゲツも取り出せるような設定にしてるから、お金が必要な時は引き出してもらっても構わないぞ」

「ありがとう、お言葉に甘えるわ。……で、この後はどこに行くのかしら?」

「決まってるだろ? 家を見に行くんだ」


 ギルドの受付からもらったこの街の地図。一点だけ赤で囲まれている場所を指さしながら、俺は期待に胸を躍らせた。

 これが俺の、スローライフ大作戦の第一歩だ。困った表情のヒョウゲツに道中で説明を施しながら、俺はまだまだ明るい街を歩いて行った。


――だが俺は、この時気付いていなかった。


 この状況で、家を買うという行為の愚かさに。そして、考えなしに家を買おう、などと考えていたことの危なさに。

 そして、そんな浅慮が――俺に悩みの種を埋め込んだということに。

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