一話:とある勇者の日常漫遊《パラダイス》
新連載です、よろしくお願いします。
「……ああ、久しぶりだなぁ、何もかも」
灰色のビル街、自動車の行き交う音、光を放つファストフード店の看板――。ありふれていたはずのものが、まるで得がたい宝石のようにきらきらと輝いていた。
俺は、異世界から帰ってきた。そのことを強く実感する。魔物と切り結んだ、あの血なまぐさい日はもう終わったんだ。
手に残る剣の皮の感じとか、魔法を発動するときの不思議な感じだとかが、まだ感覚として俺に残っている。――世界を救ったんだ。
もうあの世界に行くことはないだろう。平和になった世界に、勇者という存在はむしろ邪魔である。
嬉しいんだか寂しいんだかわからないけれど、まずやるべきことは。
「……学校行かなきゃ!」
そう、平日の午前8時2分31秒。勇者召喚が行われて一秒たりとも動いていない時間であるからにして、つまり俺は学校へと向かわねばならない。
以前なら、ああまた学校かぁだりぃ……なんてことを思ってたはずだが、今の俺は違う。学校に通えること自体に喜びを感じる。
ああ、日常っていいなぁ……。ビバ日常! 我が春は来たれり!
桜舞う通学路の中、俺は歌を口ずさみながら学校へと向かった。
◇
……はずだった。いや、実際には一度学校へは顔を出せたのだ。
教室のドアを開けて教室へ入り、席へとついた俺。あまりの変わらなさに涙すらでかかっていたけれど、流石に教室内で大泣きするのは問題だし、第一気味が悪い。
そういうわけで、鞄に忍ばせていたラノベを読んで時間を潰し、早くも朝のHR。
担任の挨拶が始まったところで、魔法陣が煌めいた。
「は?」
怒りに任せて吐いた言葉は、むなしくも魔法陣の低い音で掻き消された。
――かくして俺は、元の世界を満喫し切る間もなく、再召喚されたのだった。
……どうやら今回は、平和に地球で生きるためにも俺たちを転生させた神様を殺さなければならないらしい。