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鯊太郎のカタカナ語短編集  作者: 鯊太郎
19/21

ファクター

 「昔この辺りは一面田んぼで、春に水を張る頃になると小さなお玉杓子がいっぱい泳いでいるんだ」

 「お玉杓子がねえ・・・」

 男の言葉に、若い刑事がひとつ相槌を打つ。


 「どこから来るのか、ドジョウもたくさんいて・・・」

 「ほう、ドジョウも?」

 少し小馬鹿にしたようなその言い方に、男はきつい視線を送る。それでもすぐに気を取り直すと、嬉しそうに目を細める。


 「そのドジョウを鷺が啄みに来るんですよ。あいつらはけっして自分からドジョウを追いかけたりはしないんです。じっと水の中に立っては、ドジョウがちょいと泥から出てきたところを狙うんですよ」

 「その話と、今度のこととは何か関係があるのかな?・・・」

 痺れを切らした若い刑事が口を挟む。

 しばしの沈黙・・・


 「やだなあ刑事さん、僕はお前の家のことを話せと言うから話しているんですよ」

 「お前ねえ・・・」


 「高木、よさないか」

 見るからにベテランの刑事が、若い高木刑事をたしなめた。

 「で、その田んぼは今もあるのかね?・・・」

 ベテラン刑事の笹原が聞き返す。


 男はしばらく宙を見つめると、フッとひとつ笑った。

 「あるわけないでしょ! 宅地造成とかでみんな埋め立てられちゃいましたよ。僕の家の前にも広い道路ができちゃって、その向こう側にはガソリンスタンドとファミリーレストランとコンビニが・・・」

 「どうしたね?」

 笹原刑事が男を覗き込む。


 「そう言えば、母さんは田んぼの畦に咲いていたヒメジオンがとっても好きで、その花にシジミ蝶が止まっているのを、後ろからそっと摘んで採るのが上手かったなあ・・・」

 「その蝶はどうするんだね?」


 男はうつろな目を、笹原刑事に向ける。

 「死にました・・・」

 「死んだ?・・・ いや、そうじゃなくて・・・」

 男は悲しい目で答える。

 「お玉杓子も死んだ。ドジョウも死んだし、鷺も死んだ・・・」


 「それは、君が幾つくらいの時のことなんだね?」 

 男は答える代わりに、その目からは一筋の涙が流れ落ちる。

 「母さんの好きだったヒメジオンも・・・ 死んだ・・・」

 

 「笹原さん、これじゃ埒が開きませんよ。もっと絞りましょうよ」

 若い高木刑事が声を荒げる。笹原刑事はそれを手で制する。


 「確かに昔に比べると、自然は失はれたかもしれない。でも君の家には、庭もあるし草花も咲いている。私も見に行ったんだが、なかなか立派な池もあるじゃないか」

 笹原刑事の方を振り返る男。

 「あの池には、母さんが飼っていた金魚がはなしてあるんです。僕が中学生だった頃、村祭りの縁日ですくって来たものを母さんが大切に育ててくれたんですよ・・・」


 「えっ、あの赤い魚は金魚なのかね。私は錦鯉かと思ったよ。いやあ、大きく立派に育ったものだな」

 心から驚いてみせる笹原刑事。

 「刑事さんにも分かりますか? 母さん、毎日餌をやってくれて・・・」

 急に黙りこくる男。


 「おい、どうした?・・・」

 「なのに・・・」

 男の握った拳が微かに震える。

 「なのに、あの男はその池を埋め立てようとしたんですよ」

 「何のためにだね?・・・」

 男は軽く失笑する。


 「家庭菜園をするためだとか、言ってましたがね・・・」

 「家庭菜園?」

 「トマトとか茄子とか、狭い庭でもみんなやっているあれですよ」

 笹原刑事の疑問に、投げ捨てるように答える。

 『家族想いじゃないかね』と言い掛けた言葉を、ぐっとひとつ飲み込む。


 「でも、池は埋め立てられないでちゃんとあるじゃないか・・・」

 若い刑事の高木が、言葉を挟む。

 

 またもや睨み付けるように男は、彼を見上げる。

 「それだけじゃない。あいつは庭の柿木まで切ろうとしたんだよ・・・」

 「あの大きな柿木のことか?・・・」

 高木刑事も、母屋を覆うようにと広がっている大きな柿木を思いだしていた。


 「つまらぬことを聞くようだが、その柿木というのは甘柿なのかね?・・・」

 笹原刑事の質問に、眉をひそめる高木刑事。

 「それが今回のことと何か関係でも?・・・」

 「いや、ちょっと気になったもんでね」

 

 「渋柿ですよ!」

 刑事達のやり取りに、痺れを切らしたかのように男が答える。

 「でも、そんなことはどうでも良い。あの男は日当たりが悪いとかで、あの木を切り倒そうとしたんですよ」

 「確かに、ご夫婦の寝室にはほとんど日が当たらないほどだったからなあ・・・」

 高木刑事がひとつ頷く。


 「しかし、君のお母さんは病を患って、一年ほど前からずっとその寝室で、寝たきりなんだろう?・・・」

 「今に・・・」

 「それをお父さんが献身的に介護していたのだろう?・・・」

 「今にきっと・・・」

 「お母さんのために、新鮮な野菜を食べさせようとして家庭菜園をしようとしたんじゃないのかい?・・・」

 「今にきっと、あの男は・・・」

 「それに柿木を切ろうとしたのも、日の当たらない寝室を少しでも明るくしようとしたんじゃないかな?・・・」

 「今にきっと、あの男は母さんを・・・」

 「そんな、お父さんを・・・」

 

 「今にきっと、あの男は母さんを介護施設に入れようと言い出すに決まってるんだ!」

 男は両手の拳で、大きく机を叩いた。


 「それが、原因なのか?・・・」

 笹原刑事が男の顔を覗き込む。

 怒りに震え、空の一点を見つめる男。


 「それが、父親を斧でメッタ殺しにしたという原因なのか?・・・」

 刑事はひとつ深い溜息をついた・・・



【語彙】

ファクター:ひとことで言うと、要因・要素・因子・原因という意味。

つまり、「ある物事や状態が生じる元になったもの」と言うこと。英単語の意味としては、「代理商、問屋、仲買人」といった意味もあるが、「元となる人」という意味で「原因」という意味でも使われる。



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