インスピレーション
神は我々人類に、じつに素晴らしいものを授けてくださった。それは、言語でもなければ、道具を使うという手段でもない。
我々が普段、無意識のうちに活用している感覚、そう「五感」というものだ・・・
「知ってるか、こいつ彼女ができたんだぜ」
「へえー、世の中にはもの好きもいるもんだな」
「ほお、これがおまえの彼女の写真かあ、けっこう可愛いじゃないか」
「当然だろう、なんたって女はルックス、見た目が一番よ・・・」
いつものメンバーが集まると、決まって話題は女性談義となる。本日の議題は、『結婚したい女性の選び方』だそうだ。
メンバーの一人、F男があとに続く。
「何たって美人は徳だよな、ちょっと欠点があっても、見た目が可愛けりゃ、つい許しちゃうもんな」
「視覚にうったえるからなあ、女は・・・」
別の一人、D彦が答える。
「だけど、美人は三日見たら飽きるって言うだろ。その点、美しい声の女性は最高だぜ。毎朝、『あなた、朝よ。早く起きて』なんて言われてみろよ。ぞくぞくって来るだろう」
「聴覚をくすぐる甘い響きか、確かにそうだな。瑠璃カケスのような声を毎日聞けるなら、これほどの贅沢はないよな」
と、すかさずF男は同調する合いの手を入れた。
「まあ、美人なのも、甘いささやき声もいいが、そんなのも若いうちだけさ。歳をとっちまえばみんな同じだよ。だけど、料理の腕がいいっていうのは別だぜ。一生美味いものを、この舌で味わえるんだ。女を選ぶなら、やっぱり料理上手に限るだろう」
E太の言葉に、F男はインスタントコーヒーを一杯口にすると、うなるように呟く。
「うん、まさにこの違いだな。見た目はごまかせても、味覚はごまかせないもんな」
すると、さっきまで黙っていたB介が、物静かに語り始めた。
「やっぱり香りでしょ、女は・・・」
その言葉にみんなは、一瞬静まり返ってしまった。
なぜなら、到底その友人からは、想像もつかない言葉だったからだ。このパッとしない、およそ女性とは縁がないような男の口から、『女性の香り』などという単語が発せられるとは、誰にも思いもつかないことであった。
B介は、なおも続ける。
「人間が、無意識の記憶の底に、一番保ち続けられるのは、実はこの嗅覚による記憶、つまり香りなんだ。心地好いこの香りこそが、女には一番必要なんだよ」
「何だかわからないけど、妙に説得力があるなあ。確かに香水なんていうものが重宝されるのも、意外とこんな理由なのかもしれないな」
F男は、今まで付き合ってきた女性の香りを思い起こしてみたが、なるほど一人一人の女性に、それぞれ違った香りがあったようだ。
「君達はまだまだ女というものを知らないな。女は何と言ってもあの肌触りさ。つややかな黒髪、しなやかなRを描いた首筋、およそ抵抗感とは無縁であるかのような腰から尻。どれひとつをとってみても、俺達男とは全く違うものじゃないか。この手触り無くして何で女が語れようか」
A郎が論じる。
はっきり言って、もうこうなると詩人の域である。
しかし、F男もこれにはうなずいた。
初めて女性と手を握った時、体中に電流のようなものが流れたことを、今でもはっきりと覚えているからだ。
「そう言えば、指で触った感覚をイメージするのって、一番興奮するかもしれないよね」
F男はそう言うと、目を瞑ったまま、テーブルの上に置いてあったグレープフルーツを、右手の指でなぞるように触ってみせた。
なるほど一人の女性を選ぶにも、その感覚は、十人十色というところであろうか・・・
「ところで・・・」
友人の一人がF男に質問をする。
「君は、この間結婚したそうだが、何を基準にその女性を選んだのか、後学のために僕達にも教えてくれないか?」
F男はこめかみのあたりを指差すと、こう言い放った。
「最初に彼女に会った時、ピンときたんだ。あっ、この女性だってね。つまり、これが第六感ってやつかな・・・」
【語彙】
インスピレーション:直感からのひらめき、または瞬間的に浮かぶ思いつき。
語源はラテン語で、「息を吹き込まれたもの」という意味の言葉で、その意味から、「霊感」や「閃き(ひらめき)」はたまた「第六感」などとも訳されます。




