パラドックス(嘘)
「孝一さん、私はあなたに嘘を付いています」
突然、麻子が口にする。
「えっ?・・・」
驚く孝一。
「毎日幸せそうな顔をしていたけれど、もう孝一さんのことは何とも思っていないの」
「何とも?・・・」
頷く麻子。
「なんだ、それを聞いて安心したよ」
「えっ?・・・」
今度は麻子が首を傾げる。
「君は僕に嘘を付いているんだろう?」
「そうよ、もうあなたのことは何とも思っていないのよ」
「なら良いんだ」
満足そうに頷く孝一。
「何を言ってるの? 少しも良くはないわよ。私はあなたではなく、聡くんのことが好きなのよ」
「聡って、僕の友人のかい?」
「ごめんなさい。実はそうなの・・・」
しばしの沈黙。
「ふ~ん」
「『ふ~ん』って、怒らないの?・・・」
麻子は眉間にしわを寄せる。
「何で僕が怒らなきゃならないんだい?」
「だって・・・」
麻子の言葉を遮るように、孝一が繰り返す。
「君は僕にずっと嘘を付いているんだろう。それで良いじゃないか」
「えっ、ちょっと待って。私は聡くんのことが・・・」
「嘘なんだろう?・・・」
「えっ?・・・」
「だから、嘘なんだろう? それも・・・」
「違うわよ。これは本当のこと」
「でも君は、僕に嘘を付いているって言ったよね?」
麻子は頷く。
「なら、それで良いじゃないか」
言葉を失う麻子。
「君は僕のことを何とも思ってはいない。それどころか、僕の友人の聡のことが好きだという。でもその君は僕に嘘を付いている」
「・・・・・」
にっこり微笑む孝一。
「なら、それで良いじゃないか・・・」
【語彙】
パラドックス:「逆説」と直訳される。語源はギリシア語の(paradoxa定説に逆らうもの)
ある真理には反するようだが、よくよく考えると一種(別)の真理をあらわしていることや、逆に正しくないように思えても、実際には真理となっているようなこと。




