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山麓の試験攻略

 溶岩の川を飛び越え、山を登っていく。


 先頭では黒髪黒甲冑の女――アイリーンが先導している。その後方に百余名の男たちがぞろぞろと並び、ついてきていた。男たちは規則的に上空を見上げ、警戒を怠らない。


「やっぱり数は減らざるを得ないよな」

 男たちには共通点がある。一つは全員、森林にて作戦会議を行っていた攻略者たちだということ。

 だがそれだけでは足りない。実際、その全員がこの登山に参加できているわけではないのだ。


 もう一つの共通点――それは、全員の装備がカガリ印だということだ。


 上は火球、下は溶岩、地上のどこかからは敵の襲撃という三重苦の登山を可能にできる唯一の方法。それがカガリ印の防具を見に付けることだった。

 しかし、あの場にいた全員がカガリ印の装備を入手できていたわけではなかった。結局のところ、頭数は半分にまで減ってしまったのだった。


「カガリ印の装備品のうち、耐熱性能が高いものは十数秒なら溶岩の熱にも耐えられるってんだから、狂ってるよな」

「敵が作った装備に助けられて敵の本拠地に乗り込めるって、皮肉っすね」

「だが、この時点で兵力が半減って考えると、うすら寒いものを感じるな」


 残った攻略者たちは、市場から装備が揃うのを待つことになる。

 その卸を請け負ったのは冒険者ギルドだ。タイラスの要請に、サクヤはほくほく顔でそれを快諾した。

「分かりました。草の根わけてでもかき集めてみせますよぉ!」


 サクヤが嬉しそうなのは、それによって冒険者ギルドに利益が出るからだ。魔王討伐は国家プロジェクトであるため、その多くは国からの経費で落ちる。カガリ印の鎧についても、国が買い取る形になるのだ。

 そうなった場合、冒険者ギルドは自身が情報の交差路であるという利点を生かし、急で大量の買い付けに素早く対応できる商店として機能する。冒険者ギルドの情報ネットワークを介して近くの武器屋から目的の装備をかき集めることくらいは、訳ないのである。


 この世界においての冒険者ギルドは公共機関としての側面を持ちつつも、一種の企業体でもある。

 同業者の集まる組合という、地球でのギルドとは性格が少々異なるのだ。


 今回は斥候として、実際に登山が可能かという実験として登っている。

 事前に決めた戦術が通用するかの運用テストということだ。


 戦術名を「三位一体警戒」という。そのまんまな命名だが、単純で分かりやすくていいと攻略者たちには評判だ。

 まず、アイリーンが先頭に立って先導する。

 そしてついてくる男たちは、それぞれの分担でもって警戒をする。

 男たちは三人一組で行動し、それぞれが溶岩、火球、襲撃の警戒を行い、適宜その分担をローテーションする。ローテーションを行わなければならないのは、地理的な要因が理由だ。溶岩を渡るには、溶岩を警戒しながら進まなくてはならない。溶岩を警戒しないで溶岩の川|(火砕流)に行き当たった場合、溶岩を踏み抜いてしまう恐れがある。

 そのため、警戒必須ポイントに行き当たった場合、まず溶岩係が火砕流を超え、係を襲撃係に変更する。

 襲撃係は溶岩係として火砕流を越え、その後すぐ火球係に変わり火球を警戒する。

 最後に火球係が溶岩係になって火砕流を超える。

 常に間断なく警戒を怠らないためには、ローテーションをする事が必要なのだ。


「か……火球が来たぞ! 衝突する!」

 火球係が叫んだ。直撃可能性のある火球が振ってきた場合。同じ組の人間に伝えるのだ。

「二時方向!」

 それに対応し、溶岩係が叫ぶ。最も安全な回避方向を指示することによって、溶岩を踏み抜く可能性を最低限に抑える。

 火球は三人のもといた場所に直撃する。だが三人はうまく逃れていた。

「……ふう、なんとかなったな」

「この方法なら危険は最小限で済むはずだ。万が一溶岩を踏み抜いてしまっても、このカガリ印の装備なら何度かは耐えられるはずだ」

「ミス即死だったところから考えると、随分余裕が生まれたな。だが、あのアイリーンには少し言っておきたいことがある……これ火球っていうか、燃えた岩じゃん」

「耐熱耐火装備でも、この質量は当たれば死ぬなあ」


 当のアイリーンを見ると、彼女はその燃えた岩を黒剣で打ち払っていた。

 先頭近くで、三人組――クルツ・グレン・アインはその様子を見ていた。

「あの巨岩を片手でなんとかするのかよ」

 兵士のアインが呆れたように言うと、グレンが返す。

「やっぱり魔王幹部ってチートだな」

「チート?」

 その言葉に反応したのは、現在襲撃係を務めている男――クルツだった。

 クルツは精鋭というには弱かったが、志願して攻略隊に入っていた。以前の疲れた印象とは違い、髭を剃り、猫背が直っている。落ち着いていて、しかし切れ味の鋭い刃物のような印象を周囲に与えていた。

「チートか、なら殺さないとな」

 別の三人組の一人が声をかける。

「おいクルツ、お前最近おかしいぞ。あいつはまだ敵じゃない」

「魔王憎しの気持ちは分かるが、順番をはき違えるなよ」

「ああ分かってる……分かってるよ」

 クルツは胸に手を当てた。そこにはナイフが仕込まれてある。

 バタフライナイフ・カースド。呪われたバタフライナイフとだけ名前の付いたそのナイフを。



 そこからしばらく離れたところで、勇者サイトはタイラスに話しかけていた。

「なあ、訊きたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「引きこもりの魔王は討伐優先順位が低いんだよな?」

「堕ちていない間はな」

「でも堕ちたって言っても『火山の魔王』は、まだ何もしていないぜ?」

「何が言いたい」

「こんな危険な山登りをしなくたって、『火山の魔王』が出てくるまで待てばいいじゃないかってことさ」

 サイトはさらに続ける。

「どうしてそんなに焦っているんだよ。短期決戦で決めるより、もっとじっくり兵力を集めて、もっといい場所で戦うべきじゃないのか? 地の利・時の利・人の利みっつ合わされば百戦危うからずって昔中国の偉い人が言ってたぜ」

「なるほどたしかにその偉人の言うことは理にかなっている」

 タイラスは嘆息して言った。

「だが、今回に限ってはその法則は通用しない。地の利と人の利をおしてでも、時の利を優先させなければならない理由があるのだ」

「だからどうして?」

「この山から魔王が降りてきたとき、それはこちらに勝機が万に一つもなくなったということの証明に他ならないからだ。どれほどの戦力を整えたところで圧勝できる――それだけの準備が整ったということなのだから」

「あ――」

「『火山の魔王』は火の使い手であり、装備品製造の達人だ。いまごろ奴は文字通り最強無敵の装備を作り上げている最中だろう。それが完成してしまったら、我らは勝利する光明を完全に断たれることになる。だからその前に、奴を叩かねばならないのだ……――!?」


 突如、地震が起きた。


「噴火か!?」

「いや違う。別のなにかだ」

「見ろ、山が沈んでいるぞ!」


 麓を見ると、確かに少しずつ山が沈んでいるように見える。麓に段差ができ、山と山でない場所がはっきりと分かたれる。


 そして次の瞬間、兵たちはなにが起きたのかを理解する。


「麓の周囲が……マグマの川になって……これは、堀?」

「! なんてことだ……!」

 サイトが呟き、タイラスが苦悶する。

 タイラスはこれがどのようなことを意味するのか理解していた。


「溶岩の堀で山が囲まれて、応援は来れなくて……俺たちは出れなくて……つまり……」

 兵の一人が言った。

「つまり俺たちは……この山に閉じ込められたってことか……」

 それを、口に出してはいけなかった。

 口に出してはいけなかったのだと、その兵は嫌と言うほどわからされた。

 その事実を実感してしまえば、絶望というやつは力を足元から奪い去っていくのだから――

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