森林に集う戦士たち
二章『火山の魔王』編開始です。が、ストックが尽きました。頑張って更新します。
オラに元気を分けてくれ。
『火山の魔王』の居城はボルカヌス火山の頂にあると言われている。
ボルカヌス火山は常に溶岩が流れ出す活火山だ。水の川の代わりに溶岩の川が流れ出ており、草木の一本も生えていない。溶岩と、それが固まってできた岩。そして硫黄などを含む有毒ガスの煙――それが、ボルカヌス火山の風景の全てだ。
そのボルカヌス火山の麓から20キロメートルほど行ったところに森林地帯が広がっている。
その森林の中に、数百名規模の集団が集まっていた。
「――さて、今更ではあるが、集まってもらったのは他でもない」
その集団を前にして、金属鎧の大男――タイラスは呼びかける。
「我らの目的はかのボルカヌス火山の攻略――『火山の魔王』の討伐である」
厳粛で重々しい王立騎士団第十四地方大隊隊長の言葉を、彼らは重々しい雰囲気でもって答えた。
その言葉に、ある者は恐れ、武器を握る手に力を込めた。
ある者は目の前の強敵の存在に胸を躍らせ、笑った。
そしてある者は――
「本当なのか?」
「本当、とは?」
「あの『火山の魔王』――カガリが『堕落』したってことだよ」
集団はより強くタイラスに視線を向ける。
「カガリはいいやつだ。それは会ったことのある奴ならわかってることだ。この辺りの兵士や冒険者の武器のほとんどはあの人が作ってた。魔王は討伐しなくちゃならない。けど、カガリについちゃ俺たちはかなりあの人の世話になったやつらが多い。堕ちてもいないのに殺したい相手じゃねえ」
多くの兵、多くの冒険者がそれに頷く。
それらの手に持つ武器には、共通した印章が埋め込まれている。
【カガリ印】と俗称されるその印章は、『火山の魔王』カガリ手製の武器であることを証明するものだ。
カガリが魔王と分かるより前、彼は鍛冶屋を営んでいた。彼のつくり出す武器は他のものと一線を画す出来栄えで、メルキアデス王国では有名だった。
そのため冒険者にしろ兵にしろ、カガリに対して内心悪からず思っているものは少なからずいるのだ。
タイラスは嘆息した。
「随分な人望だ。敵でありながらあっぱれと言う他ない」
「当然だ、それがカガリなのだから。……いいや、それがカガリだったのだから」
女の声。芯の通った、女にしては低い、けれどよく通る声。
黒い鎧。黒い剣。黒い髪に、爛々と輝く赫い瞳。こめかみから伸びた二本のねじ曲がった大角は、龍種との混血の証である。
その女を見て、兵たちは騒然として一気に剣を抜き放った。
兵の一人が言う。
「『火山の魔王』の魔王幹部――アイリーン=バルゴフォルテ!」
彼女の存在を知らず、対応が遅れた者たちもその正体を知って一気に剣を構える。
この場に彼女がいるという事実。それは普通に考えれば、『火山の魔王』を倒すために集まった兵たちを殲滅するために来たと考えるのが当然だろう。
そう、それが普通に考えれば当然だ。しかし――
「――剣を納めよ。彼女は敵ではなく、協力者だ」
タイラスは皆にそう告げた。
「どういうことだ」
「先ほどの問いに答えよう――彼女の存在こそ、『火山の魔王』の堕落のなによりの証明である。なにせ堕落を我々に告げたのは彼女本人に他ならないからだ」
一同が息を呑む。
「罠じゃないのか?」
『火山の魔王』とその眷属たちのことを知らないもののうちの一人がそう問うた。
「敵の言うことだろう。そう誘い出して我々を陥れようとしているのかもしれない。信用できるか」
だが、その疑念は『火山の魔王』とアイリーンのことを知っている者たちによって否定される。
「それはない。『火山の魔王』はそういうことをする奴じゃない。このアイリーンもだ」
「汚い手は使わない。クソ真面目で、誠実なんだ。そういうやつなんだよ」
「――そう、カガリがもしそういうことを本当にするようになったということなら、それこそ『火山の魔王』堕落の証拠だ」
「……魔王に人望か。やっかいなものだ」
タイラスはひっそりと呟いた。
『火山の魔王』を倒す。そのための流れを、『火山の魔王』自身の人望が補強した。なんという皮肉だろうか。
しかし、それと同時に、皆の心の中に去来する感情があった。
「それだけの奴なら、別に殺さなくたっていいんじゃないか? 『堕落』ってのはそんなにひどいものなのか?」
群集の中で、一人がそう言った。「おばか」「やめるんだサイト」微かに周りから制止の声が聞こえた。
「すいません。こいつ、世間知らずで……」
その場を収めようとした男――ガイウスの言葉を遮り、サイトはなおも続ける。
「アイリーンとかいったか。あんた、魔王の眷属なんだろ? だったら魔王を殺すなんて、本当は嫌なんじゃないのか。そんなことをしていいのかよ」
場が冷え込む。囁き声がかすかにする。
「おい、あいつ正気か?」「なに考えてるんだ」「あいつ、もしかして」
アイリーンが口を開いた。
「私は『火山の魔王』カガリの眷属で、彼を愛している。だが、それは正気の彼だ。私は狂気に堕した彼を殺さなくてはならない。それは私とカガリとの契約でもある」
押し殺した声で彼女は続ける。
「辛くないわけがない、狂気に染まった彼を見るなんて。私はカガリを愛している――だから殺すのだ」
アイリーンの視線はまっすぐ前を向いていた。その言葉に嘘はなかった。
彼女を知る者は頷いた。そうだ、アイリーンという女はそういう女だったのだ――と。
カガリを愛し、カガリと共に歩み、カガリのためならば、カガリの敵にさえなる。
そういう誇り高い女なのだ。
「……邪推して悪かったな。ありがとう、あんたの気持ちはよくわかった。やろう、魔王征伐」
その男はアイリーンに対して握手を求めた。
アイリーンはその手をじっと見て、握手に応じた。
そしてその男を、タイラスは前まで呼び寄せ、彼の出自を紹介した。
「この者は名をサイトという。勇者だ」
「『勇者』か……」「やっぱりな」「あれが、いつか魔王になるもの」
勇者とは――異世界転移者の一種である。
それほど多くあるケースではないが、王国から一定期間の生存を許される異世界転移者がいる。それが勇者だ。
勇者は生存を許される代わりに、パーティメンバーという名の監視者と行動を共にしながら魔王征伐を強制される。
勇者は王国で御せると判断された程度の強さを有している。通常、勇者の能力は一般冒険者たちよりは強いが、魔王や魔王幹部には遠く及ばない。異世界転移者の中ではかなり弱い部類の能力しか持っていない。
また、それ以上強くなることも許されてはいない。王国で御せないほどに強くなったと判断された場合、殺されるからだ。
勇者には文字通り首輪が付けられている。勇者のステータスを監視し、能力レベルが5に達したことを検知すると即座に勇者の首を跳ねるように魔法がかけられているのだ。もしそれでも死ななかった場合、優秀な戦士たちであるパーティメンバーによって殺される手はずになっている。
「勇者サイトは転移したばかりだが、今回の戦列に加わることになった」
「よろしく頼む」
サイトが挨拶を済ませると、冒険者の一人が小声で皮肉った。
「自らの末路がどんなものか、その目で見届けるんだな」
サイトは内心怯え、しかし不敵に笑った。
「ああ、見定めさせてもらうぜ――この俺の運命ってヤツをな」
「さて、我々の戦力をまとめてみよう――
まず、このタイラス率いる王立騎士団第十四地方大隊、百七十三名。
さらに、エルキアなど周辺の村や町からかき集められた傭兵もとい冒険者、四十七名。
そして、勇者サイトとその一行、四名。
最後に、『火山の魔王』の眷属にして魔王幹部の一人、アイリーン=バルゴフォルテ」
「――計二百二十五名が、その戦力の全てである。対して、敵は――
まず、『火山の魔王』カガリ。
そして、その幹部のカルメギス=フィヒテ。及びマルス=ラッセローニ。
――以上三名である」
「二百二十五対三か、厳しい戦いになるな」
「これだけ数の差があっても厳しいのかよ」
「対魔王戦とあっちゃ数がいくらあっても足りねえ。千対一でも勝てる保証はまったくねえよ」
当然のように言うパーティーメンバーに、サイトは驚く。
「だが、今回は味方に敵を良く知っている連中が多いってのと、魔王幹部のアイリーンが味方に付いているのが大きい。敵の手のうちはかなり分かっているはずだ。無駄死には少なく済むだろうよ」
「それ、フラグっていうらしいぜ。知ってるか?」
「……よし、では敵の居城と突破しなければならない関門ついて確認をとるぞ。
『火山の魔王』の居城は知っての通りボルカヌス火山だ。
ボルカヌス火山は標高八百メートルほどの小さな山だが、常に溶岩が噴き出し川となって流れているような場所であるため、まず通れる道が限られており、しかも細く険しい。さらに山全体が高温であるため、まず山登りで体力が非常に削られる。耐火装備は必須だ。耐火装備を整えてくるように事前に通告していたはずだが、届いているな」
「ああ、しっかり整えてきた」「ボルカヌス火山にも耐えられるように魔王が作ったカガリ印だぜ、品質は保証済みさ」
「道中の道案内はアイリーンに頼む。そして幹部たちの襲撃を警戒しつつ、山頂にある魔王の居城に突入する。ここまでで問題はないな?」
「問題はある」
言ったのはアイリーンだ。
「それでは登山対策は不十分だ。地面の心配は十分だが、空の心配が不十分だ」
「どういうことだ?」
「火球だ」
アイリーンはそれだけ言って黙ってしまった。
「いやだから、どういうことだよ」
冒険者の一人が言った。
「だから火球だと言っている」
アイリーンはにべもない。
そこにいた彼らは気づいた。アイリーンはとても説明が下手なのだ。
「……その火球が、どんなで、どこで、なにをするというのだ?」
タイラスが訊きなおす。
(なごむなあ)
多少イライラしつつも、アイリーンの可愛げのある一面になんだか穏やかな空気が流れた気がした。
もっとも――
「『火山の魔王』が作り出した火球が降り注ぐのだ。山全体に。一つが人と同じ大きさのものがいくつも」
――その空気は、この一言で完膚なきまでに壊されたのだが。
「それは……」
兵士の一人が訊ねた。
「どう対策すればいい?」
「お前たちは避けるしかない」
アイリーンは答えた。
「溶岩に足を取られたら死ぬので、踏まないように気を付けながらな」
「ってことは……」
冒険者の一人が言った。
「地面の心配をしながら、襲撃の心配をしつつ、加えて空から降ってくるもんの心配までしなくちゃいけなくて……それを一つでもミスれば即死ってことかよ」
「そうなるな。だが、魔王と幹部の襲撃はほぼないと考えていいだろう。三人は別の作業で忙しいし、居城に入るまでは何もしてこないはずだ。もっとも、確実ではないがな」
「どうしろっていうんだ……」
事態はいきなり、暗礁に乗り上げかけていた。
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