火山の胎動
「死んだ、な。サクヤ」
「ええ――確実に」
空想具現化能力者、ケンの死を確認したタイラスの言葉に、受付嬢のサクヤも同意する。
「転移したてでよかった。空想具現化は使いこなされると本当に厄介だからな」
「彼は道具の精製にしかまだ用途を見出せていませんでしたから、しばらくは強力な武器などを作っていたでしょうが、思いついてさえしまえば架空概念の定着や現実の上書き、描いた理想の未来の具現化さえ行えますからね。何も気づかれる前に殺すことしか方法がありません」
――まあ、その架空概念であった【魔法】が具現化されたからこそ、まだ私たちは生きて居られているという側面はあるんですけどね。
サクヤは声には決して出さずにそういった。それは世界の秘密の一つだからだ。そんな秘密の一つを、ただの受付嬢が知っているはずがないからだ。
「皆そんなものさ。【能力】というのはだいたい理不尽に強力だ」
タイラスは勘弁してほしいとばかりにため息をつく。
「今回は街が壊れなくてよかったぜ」
「あんまりにも壊れると、大工仕事もやりがいが無くなっちまうからな」
「タイラスの旦那は転移者殺しが良いことだとは思わないとか言ったけど。そうは思えないよな」
「実際、生命が脅かされているんだもんな。転移者は悪だ」
冒険者たちは武器を下ろし、口々にそんなことを言う。誰も目の前の死体を悼む様子はない。
冒険者たちの口調は、どこかほっとしたもののように聞こえる。それも当然だ、とサクヤは思う。
一度戦いが始まってしまえば、こんな簡単には終わらないことが普通だ。街一つを半壊させて、それでも倒せるかどうかといった相手がほとんどだ。空間切断能力や、敵の体力を100%削り取る剣の使い手、死を司る能力の使い手もいた。
中にはそれだけでは済まない者たちもいる。冒険者たちによる『魔物狩り』――転移者殺しの洗礼をくぐり抜けて生き残った者たちは、やがて世界を滅ぼしうるほどの力を身に着ける。
「簡単に能力を明かしてくれて助かりました。対策も立てやすいですから」
その言葉に違和感を覚えるものは、誰もいなかった。
「こいつ、死んじまったのか」
「クルツさん」
クルツは髭の生えたおっさん冒険者だ。肩にタオルをかけている。
「お知り合いでしたか?」
「ああ、さっきな。冒険者ギルドの位置を教えてやっただけの、浅い付き合いだよ」
クルツはケンが町に来て最初に話を聞いたおっさんだった。
クルツはケンの首の前にしゃがむと、光の消え失せた瞳を見ながら呟いた。ケンの形相は能面のように歪んでいて、怒っているようにも悲しそうにも見えた。
その表情を、クルツは泣きそうな顔で眺めていた。
「新しく始める――か、それって大変だよなあ。誰もお前を認めちゃくれない。なにせお前のこの世界の役割は勇者じゃない。冒険者に狩られる、人類の敵。お伽噺でいうところの、魔物さ。異世界転移者は魔物。勝手にその辺から湧いて出てくる」
異世界転移者のこの世界の役割は魔物、モンスターだ。
いつも世界のどこからか湧きだし、そして冒険者に狩られる。まさにネットゲームの雑魚モンスターだ。
問題は彼らが大なり小なり厄介な【能力】を秘めているということだが。
雑魚モンスターである転移者一人に村や町が壊滅させられることは、この世界ではよくあることだ。
「でも、俺はちょっと期待してたんだ。お前は上手くやるんじゃないかって。死地に送り込んでおいて、勝手な話だけどさ。恨まないでくれよ、俺は人間としてやるべきことをした。それに言ったじゃないか。どうするかは自己責任だってさ」
ケンが生きていたら「勝手だ」と怒るだろう言い訳を、クルツはぐだぐだと垂れ流す。
地球からやってくるチート使いは殺さなくてはならない。これがこの国、メルキアデス王国の理だ。
チート使いは自らの能力によって傲慢になり、身勝手なことを繰り返すようになる。
チート使いの持ち込むあらゆるものはこの世界にとってあまりにも過激で、あまりに進化が早すぎてしまい、それによってついた格差によって多くの人命が死んでいく。
チート使いは魂に打ち付けられた釘が錆びつくことによって、どんなに善性を持った存在でも悪になる。
だから、チート使い、能力者、異世界転移者は殺さねばならない。
だが、クルツはその理に従いながらも、心の奥底では納得しかねているのだ。
異世界転移者にも善いやつがいる。
異世界転移者の持つ技術によって人が死ぬのは、自分たちの欲望によるところが大きいのに、それを異世界転移者のせいにするのは間違っているのではないか。
異世界転移者が悪に堕すなら、そうなる前に、それを解決する方法を転移者と協力して見つけることだって、できるのではないか。
クルツには何の力もない。一介の冒険者だ。
冒険者なんて聞こえはいいが、ただの派遣労働者に過ぎない。
命の危険を対価に金を得る、傭兵に過ぎない。
冒険者ギルドなんて所詮はただの、ハローワークでしかないのだ。
これは、しみったれた中年の愚痴でしかない。
何の力も持たない冒険者の愚痴。
そんな感傷に浸っているおっさんを尻目に、サクヤはタイラスに訊ねる。
「さて、少しトラブルがありましたが、先ほどの話に戻りましょうか。こんな湧いて出てきたばかりの能力者のために、王立騎士団第十四地方大隊隊長のタイラスさんが慌てて冒険者ギルドに駆け込んでくるとは思えませんからねぇ」
「分かっていたのか。さすがはギルド長だ」
「やだ、ただの代理ですよぉ」
サクヤは照れたように手をはたく。
サクヤは受付嬢をしているが、実質的にはこのギルドの長だった。彼女はほぼ一人でこの街のギルドの主たる業務を管理しているのだ。
「では、戻って本題を話そう。おい、死体を片付けておいてくれ」
「はいはい、あとで死体片付けのクエスト報酬をギルドに請求しときますからね」
タイラスが周りの冒険者に指示を出すと、冒険者の一人がそれに従った。
「おいクルツ、いつまでもそんな臭いもんに顔近づけてんじゃねえよ!」
ギルドの中に入ると、タイラスは声を落として、本題を単刀直入に告げた。
「『火山の魔王』が堕ちた。すぐに討伐隊を編成しなくてはならない」
「嘘……」
それはサクヤにとっても衝撃だった。
『魔王』とは、この世界では『容易に倒せない異世界転移者』の称号だった。その半分は魂が腐り堕ちて世界を滅ぼそうとしており、もう半分は城を構えて引きこもっている。
『火山の魔王』は典型的な引きこもり魔王で、基本的に何もしないため、討伐の優先度は低く設定されていた。さらにこの『火山の魔王』は、釘による魂の腐敗を止める方法を編み出していたため、半永久的に討伐隊は編成されないだろうと予想されていた、穏健派の魔王だった。
「『釘の腐敗』が効かないはずの『火山の魔王』が、どうして……」
「わからん。だが魂が腐敗してしまったという情報は確かだ。なにせ、奴の眷属からの情報だ」
サクヤは書棚から本を一つ取り出し、読み上げる。
「『火山の魔王』……炎という単純かつ強力な能力を持つ魔王。火力による圧倒的な攻撃力のみならず、陽炎の幻影などの変則的な戦法や、鍛冶による多彩な道具製造、全身を炎に変化させるなど、防御力も応用力も高い。なによりも厄介なのは彼の鍛造した黒甲鋼による装甲の圧倒的性能。魂に打ち付けられた釘を自らの炎で炙ることによって釘の表面に黒錆をつくり、腐敗の原因となる赤錆の生成を抑えることで、魂の腐敗を防いでいた」
「赤錆が出ないなら魂の腐敗は起きない――それがこれまでの仮説だった。だがそれは間違いだった。ボルカヌス火山を生み出し、長年君臨したあの魔王に我々は立ち向かわなくてはならない。この町、エルキアも『火山の魔王』の居城の影響圏内だ。精鋭たちを送ってくれ」
「分かりました。すぐに手配します」
「頼む。――異世界からの客人は、殺さねばならないのだ。そのために何をしてでも」
「はい。殺さねばなりません」
「では、これで。俺は次の町に応援を呼びかけなくてはならないのでな」
「ええ、頑張ってください」
タイラスが出ていったのを確かめて、サクヤは呟く。
「――ええ。異世界転移者は殺さねばなりませんねぇ」
――簡単に能力を明かしてくれて助かりました。対策も立てやすいですから。
さっきサクヤは嘘を言った。
本当は、サトウケンイチはギルド登録のための書類のステータス記入欄に能力について一切書いていない。
それどころか、サクヤは彼の本名さえ知っているはずがないのだ。彼は書類には「ケン」という名前しか書いていないのだから。
だが、サクヤは彼の能力が空想具現化だと知っていたし、「佐藤健一」の本名も知っていた。
それは、サクヤが解析系の能力を有しているからに他ならない。
「――異世界転移者は、私みたいな異世界転生者の存在に気づかれないための、囮になってもらわないといけませんからねぇ」
この世界に来る能力者は、異世界転移者だけではない。異世界転生者も、中にはいる。
異世界転生者は、この世界のどこかの両親の子として生まれ落ちる。赤子からゆっくりと成長する。
その存在は一般に認知されていない。不安に感じた民衆によって、魔女狩りが発生しかねないからだ。
だからこそ、サクヤはこうして生きている。
サクヤは生きたい。たとえ敬愛する、ギルド長を裏切ってでも。
名前:サクヤ
職業:受付嬢・ギルド長代理・エルキアの魔王
能力:看破(ありとあらゆる事物のステータスを完全に知ることができる)
魂の浸食進行度:40%
―
――
―――
夜。
エルキアの街。
ある宿の一室。
そこで、クルツは。
異世界転移者との共存を夢見ていたクルツは。
「――殺す」
「――俺に理不尽を与えるものは、全て殺す」
「――俺より強いものは、すべて殺す」
「――すべてのチート使いどもを、ぶっ殺す」
その右手には、禍々しい形のバタフライナイフが握られていた。
月の光を狂ったように反射する刀身。
周囲にはズタズタに引き裂かれた枕と、飛び散った羽毛の羽。
「――殺す」
サトウケンイチの怒りがクルツの精神を汚染し、洗脳した。
バタフライナイフ・カースドは、彼を最初の使い手を選んだのだった。
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