形見2
時間は3か月ほど遡る。『釘の魔王』が新たな仮説の話をカガリに話し始めたときのこと。
「浸食率の上昇と錆の進行の関係性を調べた結果……錆がない転移初期の方が魂の浸食は進みやすく、魂の釘に錆が付着するにつれて進行速度は遅くなっていくことが分かった。このことから、邪神の浸食を錆が抑制しているという仮説が成り立ったのだ」
『釘の魔王』は『火山の魔王』に対してそう説明した。
「……なるほど。確かに仮説の一つとしては間違ってはいない」
「ああ。この事実だけでは他にも仮説はいくつか考えられる。だがお前の今回のケースを鑑みると、この仮説が一番有力なのではないかと考えられる」
カガリの『堕落』は例外的な事象があった。
それは、浸食速度の異常な速さである。
その原因を、既にカガリは三つほど考えていた。
一つは、以前、すでにそこそこ浸食され、『堕落』しかけていたこと。それが今回の浸食速度に影響しているのではないか。
そして、自身の魂ごと釘を焼くことで、黒錆を作ったこと。この黒錆という例外的な錆によって、確かに魂の浸食は抑えられていた(錆も浸食してはこなかった)。だが、その副作用として何らかの影響を及ぼしたのではないかというのが第二の仮説。
そして第三の仮説が、自身の魂を焼いたという事実が、自身の魂に何らかの影響を及ぼし、『堕落』したのではないかというものだった。
だが、原因はそのどれでもなく、錆が浸食を抑えていたということが真実なのだとしたら――
「嬉しくはないのですか?」
そう訊ねたのはマルスだった。
「え?」
「いえ、『釘の魔王』さまの表情が気になって」
『釘の魔王』の表情に変化はない。いつも通りの顰め面だ。
そのことが微妙にマルスには引っかかった。そして、その違和感にカガリも気づいた。
魂を釘によって浸食され『堕落』すること――それは誰にとっても不幸しか呼ばない現象で、だからこそ新たな発見があったことは喜ばしいことだ。それは『釘の魔王』にとっても例外ではない。
『釘の魔王』の表情は読み取りにくい。だが、長年交流のあるカガリや、カガリとともにいるマルスにはそれなりに彼の表情を読み取ることができる。
『釘の魔王』に喜びの表情はない。その表情からは感情が読み取れない。なにか、努めて表情を隠しているようにも思えた。
「発見があったこと自体は喜ばしいことだ。他にも、この世界に居続けることで性格が下種になっていく原因も、恐らくは釘による浸食ではなく、錆によるものだということも分かってきた。だが、その発見のために同胞を失ったことを考えると、喜んでばかりもいられないのだ」
「学究自治都市は魂の浸食が起きず、また錆の浸食も起きない特殊な土地。だからそこでは浸食率に関する実験をすることはできない。……あえて外に出て危険を冒さなくては」
「そう、人体実験だ。もちろん、私がそれを許すようなことはしない。だが、惜しい人たちを亡くしてしまった」
『釘の魔王』が俯く。どことなく悲しんでいるのが、二人にも読み取れた。
カガリは話題を変えることにした。
「それはそうと、そろそろ到着するな。この機体、どこに置けばいい?」
「ああ。それならば…………そうだ。提案があるのだが、いいだろうか。我々の都市の機密にかかわることなのだが」
「口外禁止の提案ってことか。結構重大だな……なんだ?」
事の重大性を知ったカガリは少し考えたものの、その提案を聞くことにした。
「スルトについてだが、地下大空洞に置いてほしい。その際、ここの部分――緊急シェルターの部分を都市に貰えないだろうか」
「地下大空洞……」
学究自治都市コ・リブラスカの地下には大空洞があることをカガリは初めて知った。恐らく、これは機密の一つなのだろう。
「緊急シェルターを使って何をするかは、出来れば聞かないでほしい。都市最大の機密にかかわることなのだ」
「ここまででも十分危険な情報な気がするが……まあいい。聞かないでおいてやるよ。緊急シェルターも譲渡しよう。かくまってくれるんだからそれなりの対価は必要だよな」
「感謝する。これでこの都市も多少は万全なものとなる」
「『堕落』が起きない特別な土地にあると言っても、この世界に転移者の居場所を作るのは大変みたいだな。なぜ『堕落』が起きないのかもよくわかっていないわけだし」
「そうだな」
そうしているうちに、スルトはコ・リブラスカに到着した。
「歓迎しよう。今日からここが君の新天地だ」
…
……
………
そして時は現在に戻る。
完全に『堕落』し、邪神エレウスに肉体を乗っ取られたゴブリン使いの転移者の襲撃を感知し、学究自治都市コ・リブラスカ全域には警報が鳴り響いていた。町の騒めきが増す。特に、この都市に来ていた使者たちが浮足立っているのが分かった。
「俺も出撃するか?」
その都市の地下でスルトを解体していたカガリは、たまたま通りがかった『釘の魔王』にそう訊ねた。
「心配は無用だ」『釘の魔王』は即答した。「ここをどこだと思っている。学究自治都市コ・リブラスカだぞ。異世界転移者の町だ。これまでだってこのようなことは何度もあった。外敵への対策はとれている」
ディスプレイに都市全域の地図が映し出される。そこには実際には存在しない壁が書き込まれていた。
都市を覆うようにして配置される三枚の壁。地中に埋まっていたそれがせり出してくる。
「この三枚の壁が、この都市の防衛線。そしてこの街を護るのが、防衛課の『レンジャーズ』だ」
アナウンスが鳴り響く。
『第一次戦闘警報が発令されました。脅威クラスはB級と認定。念のため、住民の皆さんは避難してください』
そして、最も外側の壁の上に、五人の男女が並んでいた。
『いつも通りの仕事よ。いつも通りやりましょう』
「了解」
無線を受け取り、五人が答える。目の前には千を超える軍勢。しかし、彼らに怯えはない。
朱橙の拳使い、ケンキ。
青緑の空間使い、シマイ。
黄槍の電撃使い、ライコウ。
黒灰の影使い、ヌエ。
紫桃の魂使い、サクラ。
「さて、仕事だ」




