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大工も大変らしい

 戸惑いながらも、町を歩いていく。


「破壊の痕……か」


 町のあちこちでたくましい筋肉を持った男たちが工事をやっていて、その音と声で少し騒がしい。建物に使われている材木が皆新しいのは、街中の建物が壊れてしまったからのようだ。


「あの」

「あん?」


 道の隅で休んでいるおっさんに声をかける。タオルを肩にかけて水を飲む手を止めて、おっさんはこちらを見た。


「見ない顔だな」


その視線が恐ろしいものに思えて、つい気圧されてしまう。


「あー。旅商人なんですけど、ついさっき到着したばかりで」

「ふうん」


 おっさんはじっと僕の顔を見て、視線を地面に落とした。

 おっさんの視線から逃れられてほっとしたのもつかの間、おっさんは言った。


「煙草あるかい?」

「え、いえ。僕はやりません」

「あそう」


 おっさんはタオルを肩から外すと、それを使って両手で顔を拭く。

 その姿は先ほどの怖い視線の持ち主というよりも、小動物的な何かのように見えた。そんなだからぼくはこのおっさんが悪い人には思えなくなって、おっさんの隣に座りこむことにした。


「随分とひどい目にあったみたいですけど、なにがあったんですか?」

「そう見えるかい?」

「そりゃそうでしょう。こんなに町中工事してて」

「ああ。まあな」


 おっさんはため息をつくと、タオルをかけたまま空を仰いだ。

そして唐突に、突拍子もない質問をぶつけてきた。


「なあ、お前にはこの世界がどう見える?」

「世界?」

「ああ。この世界。生まれてきちまったこの世界さ」


「…………」


 僕はおっさんを見た。どうしてそんな質問をするのか、よくわからなかったからだ。


 けれど、おっさんの顔はタオルで覆われていて、ひげもじゃの口元はどんな表情を浮かべているのかわからなかった。


僕は視線を目の前の道と、そこに当たる日の光に戻して言った。


「そうですねえ……わかりません。あ、」


 分からないと答えてから、それ自体が答えなのだと気付いた。


「自分には、まだまだ分からないことだらけです。正直、右も左も分からないと言っていいくらいで。だから、わからないから。とても恐ろしいものに見えるし、宝の山のようにも思えます」


 おっさんは黙っていた。その沈黙は、続きを促しているようにも思えた。


「自分はどうしようもない事情があってここにいて、けれどここは新天地だから。逃げてきたんだと思わずに、新たに始めるんだと、そう思って前に進もうと。なんとなく、そう考えるのが正解なんじゃないかなと思います。まあ、なにをもって正解なのか分かりませんけどね」


「そうかい。……よっと」


 おっさんは立ち上がると大きく伸びをして息を吐いた。そして大きく息を吸い込むと、左を指さした。

 僕はその姿を後ろから見ていた。顔は見えない。日の光を浴びるおっさんの姿をただ見ていた。


「あっちだ。まっすぐ歩くと冒険者ギルドがある。そこに行けば、お前の求めている情報にも出会えるだろう。本当にそれでいいのか……どうするかは、自己責任だがな」


 おっさんはもう僕と話すつもりはないようだ。黙って去ってしまおうとする。


 けれど何か気になって、僕はおっさんに問いかけた。

「あの! ……お名前、訊いてもよろしいですか?」


 おっさんは立ち止まって、

「クル……いや、お前に名乗る資格なんて俺にはねえよ」

 それだけ言ってそそくさと歩いていってしまった。


「……もったいぶらずに教えてくれたっていいのに」


 資格がない。その言葉が妙に引っかかった。

 きっと僕が来なければ、おっさんはそのまま休み続けていただろう。

 何か悪いことでもしてしまっただろうか。


 とにかく、行く当てもない。冒険者ギルドを目指してみよう。


 道を歩く。決して閑散とはしていない。誰もが明日の生活のために働いている。


 知らない沢山の人たち、その一人一人が目的を持って町を歩いているのだ。そのことが僕には信じられないことに思えた。のっぺりとした背景の一部のように思えていた通行人たちが、それぞれに背景を持っている。それぞれに意味のある人生を送っている。


 僕はどうだろう。なにもないような気がする。この世界に僕は馴染んでいない。なんとなく罪悪感。


 ああ、これは無職の病だ。なんでもない人たちが、敵わないくらい偉く見える。


 あのおっさんは、なんだったのだろう。どんな背景を持って、どんな人生を送ってきたのだろうか。


「なんで、あんなことを最後につけたしたんだろう」


 ――どうするかは、自己責任だがな。


 あの一言にも、違和感があった。ほかの言葉とは性質の異なる言葉な気がした。


 けれど、そう感じた理由がどうにもよくわからなかった。


「うーん」


 僕は足を止める。目的地に着いたからだ。


 ここだけは石造りの建物が多い。元々は石造りの文化圏なのだろう。ただなんらかの原因があって、最近は木造で家を拵えている。


 この街の中でもひときわ巨大なこの建物は石造と木造がツギハギめいて融合した建築物だった。おそらくは木造で補修してあるのだろう。


 人の出入りは予想していた以上に多い。視界の端に、裏から材木が運び出されているのが見えた。ここが工事事業の中心地にもなっているようだ。


 もしかしたら、冒険者ギルドとしての運営だけでなく、市役所的な仕事も同時に行っているのかもしれない。


 しかしこの建物には、どうしても許したくないものが一つある。それは建物正面の上に取り付けられた看板だ。


 その看板には、読みにくい変形アルファベットで『BOUKENSYA GIRUDO』と書かれている。


「うううううーーん」


 そりゃないだろ。とどうしても思ってしまうのは僕だけだろうか。


 冒険者をアドベンチャラーとしないのは百歩譲るとしても、ギルドくらい英語でGUILDと書いてほしい。なんだよGIRUDOって。


「はあ」


 まあいいか。そういう世界なのだここは。そう割り切ろう。


 建物に入るとすぐ受付を見つけた。


 そこの受付嬢に新規登録を申請する。


 登録申請する理由はなんとなくだ。とりあえず冒険者として食い扶持を稼ごうというのもあるし、それがこういう系統の話のテンプレだからというのもある。そしてそれ以上の理由はない。


 受付嬢はすぐに登録用紙を渡してくれた。ステータスを記入する欄があるので記入する。


 これ、虚偽の情報を書いたらどうなるんだろう。


 僕は正直に今の自分のステータス画面に表示されているステータスを記入した。


 まあ、そのステータス画面自体が虚偽だらけなんだけど。


 とりあえずそのまま受付嬢に渡してみる。


 受け取った受付嬢はその書類を見て、うっすらと微笑んだ。


 そしてこちらを、ぱっと花が咲いたような満面の笑みで見つめて、僕にこう告げるのだった。


「――もしかしてあなた、異世界転移者トリッパーの方ですかぁ?」

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