頼りにならないステータス画面
光の先は、異世界でした。なんて、どこかの小説家の物まねをしてみたり。
最初に地に足を付けたのは、針葉樹の森。深緑色の葉が生い茂っている。獣道ゆえか地面に落ち葉はあまりなく、地面は踏み固められている。
季節は春だろうか。いや、四季はあてにならない。雨季と乾季の二季かもしれないから。
とにかく過ごしやすそうな気候だ。陽光が差して、地面に木の陰を映し出している。
「さて」
僕は自分の体を触ってみる。身長・体格ともに別段変わったところはないように思える。28歳の男性としては特に申し分ないだろう。少し体が引き締まっただろうか。鏡を見てみなければ、詳しいことは分からないけれど。
おそらくは今まで生きてきたのと同じ姿をしているだろう。
「しかし、裸か」
肉体が再構成されてそのまま世界に降り立ったのだから、裸でいるのは当然か。しかしどうしたものか、このままでは人里にも出られない。
「あ、そうか。【空想具現化】があった。これがあるなら最強じゃん。どうにでもなるや」
服をイメージしよう。パッと思いついたのはいつも着ていたスーツ。だけど、きっとこの世界にはそぐわないだろう。といってもこの世界がどんな世界かは分かっていないのだけれど、でもきっと中世ヨーロッパ風だろう。お約束だし。
とりあえず白いシャツにブラウンの毛皮のチョッキ、革袋みたいなズボンを革ひもをベルトにした、村人Aのといった感じの服装をイメージして能力を使う。
<<空想具現化能力:村人の服 を生成しました>>
そんなテロップが頭の中に浮かんで消える。目の前にはイメージ通りの村人の服がきれいに折りたたまれて出てきた。
「なるほど。能力を使うってこういう感じか」
早速服を着てみよう。
「あ、パンツと下着を作るの忘れた」
<<空想具現化能力:パンツと下着 を生成しました>>
まあこれは現代の物でいいだろう。ここの人のパンツがどんな素材なのかとか知らないし、見るもんでもないし、いつもと違う下着は落ち着かないし、あるとマズイ状況になったら焼いて処分しちゃえばいいし。
パンツと下着はまあまあいい感じだった。いつも通りの肌触りを再現できた。
シャツを着ようとしたとき、ボタンの位置がいつもと違うことに気づいた。
シャツのボタンの数なんて意識してないから、なんとなくで作った結果こうなってしまった。
「空想具現化能力といっても、イメージが適当だとこうなっちゃうのか」
妄想力には自信があったつもりだが、細かいところで齟齬が出る。
結構骨が折れるものなんだな。
「さて、そろそろ村に……とその前に、『ステータス』」
と告げた瞬間、目の前にゲーム画面みたいなステータスが表示される。
「なんかテロップ出てきた瞬間にそうじゃないかと思ったんだよね。と、どれどれ」
名前:ケンイチ サトウ
性別:男 身長:169 体重:62
スキル:
能力:空想具現化能力
「短っ!」
特に何もないに等しいじゃないか。
もう少しいろいろあってもいいんじゃない? レベルとかHPとかMPとか。ATK(攻撃力)とかDEF(防御力)とか
と考えた瞬間、新たな項目が表示された。
名前:ケンイチ サトウ
性別:男 身長:169 体重:62
Lv3
HP:15/15 MP:8/8 SP:5/10
ATK:3
DEF:2
SPD:2
STM:2
INT:4
EDU:6
【スキル】:
【能力】:空想具現化能力
「ステータス低っ」
一桁台とは思わなかった。
まさかここまで低いとは……
ちょっとした絶望だ。
いやしかし、まだレベルも低いからあがるのも早いだろう。……なんでレベル3なんだろう?
ATKは攻撃力、DEFは防御力、SPDは速度、INTは頭の良さ、EDUは知識の豊富さ……だよな。
STMってなんだろう。この順番で表示されてるってことから推測すると……スタミナかな? たぶん。
とりあえず置いといて、SPが減っているのは空想具現化能力を使ったからか。
恐らく、MPが【魔法】か【スキル】で、SPが【能力】を使うためのコストなんだろう。
「しかし、【スキル】と【能力】は違うのか。ここの世界の人もみんな何らかの【能力】を持っているのかな」
そうなると【空想具現化】能力の特別性は失われているかもしれない。
いや、空想具現化能力は明らかにチートだ。チートの中のチート。チート選手権代表選手筆頭だ。弱くなったわけじゃない。
うん。頑張ろう。
それにしても
名前、ケンイチ、サトウか……この世界にはそぐわない名前だなあ。
まあ、平凡な名前とはいえ自分の名前なのだから愛着はそれなりにはある。
けれど、僕はゲームでは本名ではない名前でプレイする。
ネトゲはもちろん、コンシューマーでも。
名前入力自由のギャルゲーでも自分の名前は使わなかった。友達の名前でプレイしてゲラゲラ笑っていた。
だから、これからのために、名前を変えようと思うのだ。
「うーん、よし。今日から僕の名前はケンだ! そう名乗ろう。ステータス画面がそのままでも、あだ名といいわけでもしてそれで通そう」
と、決めた瞬間、ステータス画面の名前の部分がこう変化した。
名前:ケン
名前、変更きくのか……結構いい加減だな。
もしかしてだけど……
「僕のATKは5だ」
そう宣言すると、ATKの項目が3から5に書き換えられた。
名前:ケン
性別:男 身長:169 体重:62
Lv3
HP:15/15 MP:8/8 SP:5/10
ATK:5
DEF:2
SPD:2
STM:2
INT:4
EDU:6
スキル:
能力:空想具現化能力
「うーむこれは」
宣言するだけで能力値が上昇した?
いや、さすがにそれはない……と思う。
検証してみよう。
「僕のATKは2だ」と宣言する。するとATKの項目が2に書き換わる。
とりあえず、数字の書き換えは本来の数値より上でも下でも関係なく、簡単にできるようだ。
試すと、0とか100000とかにも変えられる。
攻撃力100000の状態で近くの木を殴ってみる。10万もあれば木が吹き飛んだりするかもしれない。
とうっ。パンチ!
「手が痛い」
木は折れなかった。それどころかびくともせず、枝がかすかに揺れただけだった。
攻撃力3の状態で殴って見ても同様だった。
「宣言するだけでステータスが変わるわけじゃなくて、ステータス画面をごまかせるだけってことか」
まあ、ステータス一桁っていうのはなんか恥ずかしいし、もう少しサバを読んでおこう。二桁くらいなら問題ないよね。
能力のところも、詐称して隠そう。あまり目立ちたくはないし。
名前:ケン
性別:男 身長:169 体重:62
Lv3
HP:13/15 MP:8/8 SP:5/10
ATK:23
DEF:22
SPD:22
STM:32
INT:24
EDU:26
スキル:
能力:
「うん。村人っぽい体裁は整ったかな」
じゃ、村に出よう。
オーソドックスなところだと、冒険者ギルドに入るのが鉄板かな。とりあえずそこを目指してみよう。
RPGなんかだとそんな感じだよなー。異世界転生ものの小説はいくつか読んだことあるけど、本当に異世界に来ることになるなんて思わなかった。
もっといい方法はあるのかもしれないけど、とにかく鉄板通りに動けば問題ない……よな?
…
……
森を抜けてうろうろ歩いていると、町に着いた。
大きな壁がぐるりと街全体を覆っている。壁は赤茶けた色をしていて、長方形で灰色の四角が格子状に並んでいる。遠めから見てもレンガだとすぐにわかる。
壁の周りは堀で囲まれており、そこに橋が架かっていて、そこから道が伸びている。典型的な城門のように見えるが、しかし衛兵の類はいない。
「妙だな」
なんとなくそう感じた。城壁で囲っている警戒心と、衛兵のいないゆるさが気になった。
それでも街に入らないことにはどうしようもない。
恐らくは昔、治安が悪く魔物なんかも多くいた時代があったが、今はこの辺の治安が良くなったとかそういうのだろう。
ここまで魔物とかに一切遭遇しなかったし。
町の中に入ってみると、村と街の中間みたいな感じだった。普通よりすこしさびれているかもしれない。
木製の家々が立ち並び、土の地面をあるく町の人たち。民家も多いが、商店もそれなりに多く、売り買いがなされている。
家などに使われている木の色は明るく、切ったばかりのように白っぽさがある。
商店の看板の文字はアルファベットを崩したような感じの文字で、辛うじて読めた。「YASAI」と書いてある。ベジタブルじゃないのかよ。
聞こえてくるのは日本語だ。
「なんだ? この町」
城壁という外に対する警戒心。
だというのに衛兵がいないという外に対する警戒心の薄さ。
町を覆う壁はレンガ製なのに、家の材料は木製。しかもその木は比較的新しいものが多い。
使われているのは架空言語とかではなく日本語。だというのに文字はアルファベットの変形版。
ファンタジーとは言い切れないものも含めて、いろんな文化や考え方が雑多に混じりあって、混然一体としている。
一体どんな経緯があったらこんな街になるんだ?