とある転移者の一例 ―空想具現化能力者―
世界には予想もつかないことが起きる。何気ない生活を送っていても、突然それが壊されることだってある。
普通の生活というものは強固に思えるようでいてその実、案外もろいものらしい。
僕は空中を飛んでいる。
僕は空中から自分の身体を見下ろしている。
その身体は頭がなく、どこへ行ったんだろうと考えて、それは自分自身の意識と共に在るのだと気付いた。
建設重機が勢いよく首に当たり、もげて、頭蓋だけが宙を舞っているのだ。
僕は貧血特有の下降感を覚えた。
血が足りない。当然だろう。だって心臓とは繋がっていないのだから。
「そんなことってあるんだなあ」
そんなことを思っているうちに、僕の意識は消滅し、命はあっさりと消え去った。
…
……
………
「はっ」
気がつくと真っ白い空間にいた。
前も後ろも右も左も上も下も、すべてが白一色。
いや、ここに方向という概念そのものが存在するのだろうか?
そもそも、自分が認識している色彩は本当に白なのだろうか?
もしかしたら、透明なのかもしれない。
色彩という概念そのものが存在しないのかもしれない。
そんなふうに思える場所だった。
生きているのか、死んでいるのか、それさえも曖昧だった。
「ああ、そういえば死んだんだっけな」
今更になって思い出す。
あまり実感がなかった。
あれは即死と言っていい部類だろう。痛みも感じる暇もなかった。
あまりにも突然のことだから、なにか考える余裕もなかった。当然、死を実感している余裕さえない。
「死んだのなら――」
――死んだのなら、どうして僕はここにいるのだろう。
ここで意識を持っていられるのだろう。
「気が付かれましたか」
気がつけば、
目の前には少女がいた。
いや、少女なのか? それさえもよくわからない。男であるようにも思えるし、幼くも老いているようにも思える。
黄色人種なのか、白人なのか黒人なのかも定かではない。
そんなことを言えば、人かどうかも怪しい。
ああ、像がぶれてきた。認識しづらい存在が目の前にいることだけは確かだ。
そして、それがとても神聖な存在であることも。
「私は神です」
ああ、神か――
なるほどそれは神と称すにふさわしい。その認識は自分の胸にすとんとはまり込んだ。
まあ、もう胸なんて無いんだけどね。身体がないんだから。
ここにいると、自分がとても不安定な存在に思えてくる。
「不安ですか?」
神が問いかける。
不安だ。と答える。
「軸が欲しいですか?」
僕は、安定したい、と答える。
「好いでしょう」
神は満足したのか、笑ったように思えた。
だが、ふと、それは笑いではなく嗤いだったのかもしれない――そんなふうに思った。
神は安心できる存在にも、不安を与える存在にも思えた。
ああ、そんな定まらない。そんな分かりにくいのは嫌だ。
確定させたい、認識を。
決定させたい、存在を。
神は右手を持ち上げる。右手なのか左手なのか本当に腕なのかさえ分からないが、もうそんなことはどうでもいい。
その手にあるものに、目が、意識が吸い寄せられる。
そこには「釘」がある。
巨大な「釘」だ。五寸釘よりなお大きく。杭と言ってもいいかもしれない。
灰銀に光沢を放つ。巨大な柱の先が荒々しく尖っている。だというのにその力の本流は静かに一つにまとまっている。
その先端へ。
キリストが磔にされたときに使われたものと言われたら信じてしまう。
それほどに聖的で危険なイメージ。断罪のメタファー。
粗く削られた、鋼鉄を思わせるソレは、この曖昧な世界で唯一、認識にズレを生じない。
齟齬がない。ブレがない。拡散しない。
圧倒的存在感。
ああ、あれで磔にされたら、きっと僕はブレることができないだろう。
それは予感。快感の予感。
「これを、あなたに、打ち込む」
神が宣言する。
僕はそれを受け入れる。
喜んで存在を差し出す。迫る切っ先。ソレは容赦なく僕を貫いた。
自身を、魂を、存在を。
一本の芯が入ってきた。それによって、変わる――!
認識が再構成される。
存在が再構成される。
肉体が再生する。
神は告げる。
「あなたは死んだ」
「けれど、もう一度生きる機会を与えましょう」
「ただしそれは、異世界で」
「けれど、あなたは生きなおせる」
「強力な能力と共に」
「それは空想具現化能力」
「無限の具象」
「さあ、征け。世界を謳歌するのです」
「私の尖兵よ」
最後の言葉はよく分からなかったけれど、
釘が熱く灯るのを感じる。
ああ、これがやる気になるってことなんだ。
やってやるぞって気持ちになった。
世界には予想もつかないことが起きる。何気ない生活を送っていても、突然それが壊されることだってある。
普通の生活というものは強固に思えるようでいてその実、案外もろいものらしい。
でも、その先には、今までにない新しい何かがあるはずだ。
さあ、行こう。
白い空間。光の先へ――