不死身のタイラス
キャラクターが増えてきたので、そろそろまとめを作りますね
「地震も、落ち着いてきたか」
まだ揺れは続いているが、歩けないほどではなくなってきた。
このままでも十分に前に進むことはできるだろう。
「どうしますか?」
傍らにいた兵がタイラスに問いかける。
「進むしかないんじゃないか、戦うには早さが必要なんだろ?」
勇者サイトが言う。
「それに、山の周りに堀ができたんじゃ、引き返すこともできないぜ」
「ですが、この戦力では不安があります」
「…………こちらからなにか手を尽くして、あの堀を何とかする方法はあるか?」
「それは……」
兵は黙りこくってしまう。だが、別の兵の一人が答えた。
「ありますよ。少なからず時間はかかりますが」
「ナイマンか」
その兵、ナイマンと呼ばれた人物は落ち着いた雰囲気を持ち、しかし眼光は鋭かった。
智将ナイマン。タイラスの大隊における参謀である。
「堀の幅は人が通るには遠すぎるだけの距離がありますが、そう大した深さではありませんので、埋めてしまえばいいのです」
「如何にしてだ。この辺りの土は溶岩が固まったもので、文字通り岩のように硬い。掘るのは無理だぞ」
「もっとお手軽なものがあるじゃないですか。ほら、空から降ってくるやつです」
「あの燃えた岩か」
タイラスはナイマンの言わんとしていることを理解した。確かに周りに転がっている岩をかき集めてくれば、堀を埋めること自体は不可能ではないだろう。
「あれに触れて動かすというのはそれなりに危険ではありますが、うまく休憩を取れば不可能というわけではありません。ただ、休憩を挟みながらになるので時間はかかります。最低でも六・七時間はかかるでしょう。十時間は見ておいた方がいいですね」
「この暑さ、この揺れのなかでそれだけの作業をすれば、兵たちは疲れて登山どころではなくなってしまいます。明日には来れなかった兵たちも装備を整えられるはずですが、今日の冒険者たちは次の日に差し障るでしょう」
「さすがにそんな柔な鍛え方してませんって」「大丈夫ですよ!」
「いや、これは作業的に意外ときついぞ」「警戒も続けなくちゃならないんだぜ、精神的負担も大きいだろ」「俺たちはなんとかなるとしても、冒険者にはきついかもしれんな」「いや俺、兵士だけどそこまで体力ある自信ないな……」
兵たちの意見は二つに割れている。気が緩んでいるように思える会話だが、彼らも周囲の警戒は怠っていない。
「堀埋める作業だってよ、やったことあるか?」「掘ったことはあるけどよ」「掘るよか楽だろ」「俺、カガリ印は足だけで、手とかは火力に耐えられんぞ」「俺も」「俺もそうだ。岩転がしは手伝えない」「もっとでかい地震が来たとき手が付けないのは不安だし、装備を整えて出直したいな……」
冒険者たちも意見は様々だ。
「…………よし、皆の者。決めたぞ!」
タイラスがそう叫ぶと、ざわめきがぴたりと止んだ。
「不安もあるのは分かる。強大な敵に立ち向かうためには、もっと戦力を整えなくてはならないという危惧も分かる。だが、整ったと言えるのはいつだ? どれほどの軍団が形成されたときのことだ? 昨日までの戦力が一堂に会したときか? 国一つ分の戦力がまとまった時か? この世界すべての戦力が一つになるまで待つのか? 俺たちは魔王と戦うのだ。どれほど数多くの味方を集めても、勝てる保証のない敵と戦うのだ。ならば我々がすべきことはなにか、装備を整えて、戦力を整えて、そのまま手をこまねいていることか? 否! 断じて否だ! 魔王と戦う前に戦わなくてはならない敵が、今ここにいる。それは恐怖。自信のなさだ。強大な敵を前に、心が折れることだ。前に一歩進む勇気が出ないことだ」
「――そんなものに負けているようでは魔王になど何度挑んでも勝てん! 我々は進む! 進軍だ!」
――ォオオオッ!
鬨の声が上がる。
兵だけでなく冒険者も、タイラスの判断に従った。
それは嫌々従っているのではなく、タイラスを信頼して従っているということだ。
「私は判断を間違えたかな、ナイラス」
「――いいえ、さすがです。大隊長」
「みんなが私を信じてくれている。それが私の唯一の武器であり、背負うべき責任だ」
タイラスにチート染みた能力はない。ステータスも優秀ではあるが、普通の人間の域を超えない。スキルだってそう特筆したものはない。
だがタイラスには人望があった。常に魔王と戦い続けてきた戦歴、それによって保障されてきた信頼。
タイラスは最前線で指揮を執るような男だ。大隊長ともなれば普通は後方から指示を出すものだし、前線に出るなど基本的には許されない。組織の頭が潰される危険は冒すべきではないからだ。
それが許されているのは、タイラスは少しだけ運が良かったからだ。どのような戦線においても、彼は奇跡的に生き残ってきた。
魔王との戦いにおいて、転移者や転生者・もしくは魔王幹部以外の普通の人間が生き残る確率というのは正直に言って少ない。生存率は三割を切るとされている。
タイラスはその生存率三割の中に何度も入ってきた。それが彼の判断に箔をつけている。
タイラスに従っていれば死ぬことはない。死ぬとしても、それはもう避けようのない運命だったのだ。
そういう信頼を、タイラスは背負っている。
「――不死身のタイラス」
その光景を傍で見ていたサイトは、彼の者の異名を口にした。
「サイト。あれが、あの人が人の強さの象徴だよ」
そしてその隣で、サイトのパーティメンバーの一人、イサナがそう言った。
「なるほど、あの大将はなかなかやるな」
先頭でアイリーンはそっと呟いた。
この場で最もよくないこと、それは判断を保留することだ。すぐに戦力をまとめなおし、一つにしたこと。その時点で最悪の選択は、回避されている。
やることは決まったようだ。ならば自分は前に進むだけだ。
「さあ、進軍再開だ! アイリーンに続け!」
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