序章
「――行ってくる。エルキアの街を頼んだぞ」
そう言って頭をなでると、ギルド長は旅立っていった。
すべての転移者・転生者を殺し、神さえ殺し、この世界に平和をもたらすために。
あらゆる理不尽をぶち殺すために。
…
……
………
ギルド受付嬢のサクヤは、書類整理をしていた。
サクヤはいつも思い出す。
あれから随分と日々が過ぎた。この世界には未だ、チートな能力を使う、地球という異世界からの来訪者が溢れている。
ギルド長は帰ってこない。生きているのかもわからない。
それでもサクヤは、彼の帰りを待って、この街を守っている。
ギルドの受付嬢として、代理のギルド長として。
壊れ続けるこの街を、必死に直し、護り続けている。
冒険者たちは粗野で粗暴で、頭が足りない。
それでもこの街を守るために働いてくれている。
兵士たちも気が利かないし、言われたことしかやってはくれない。
それでもこの国を維持するために、必死になって戦ってくれている。
この世界は必死に突発的な滅びを回避しながら、ゆっくりと滅びに向かっている。
それでもこの世界の住人は、必死になって生きている。
もちろん、サクヤ自身も。
サクヤは生きたい。とても生きたいと願っている。この世界の理不尽な状況に打ち克って、最後の一秒まで行きたいと強く強く望んでいる。
だからギルド長の帰りを待っている。
だけどギルド長の帰りを待っている。
矛盾しているけれども、二つは確かに同居している。
最近もまた、街が半壊した。
いつものことだ。石造りの堅固な建築物を築いても、そんなものはチート使いたちにとっては藁でできた家のようなものなのだ。すぐに吹き飛ばされてしまう。
だから常に木材をストックして、壊れていない部分を修理して、すぐ直せるように動いている。
サクヤは今日も働いている。忙しく働いている。
必死になって生きている。
――と、サクヤは、書類に書き込む手を止めた。
気づいたのだ。
「また来た。異世界転移者が。釘を穿たれてやってきた」
街の外だ。だが近い。少し離れた林の中だ。
すぐにでもこのエルキアの街に来るだろう。
能力を振るわれれば、修繕途中のこの街は、今度は全壊してしまうかもしれない。
だが――。
「あはっ」
サクヤは笑う。不敵に、素敵に、端的に。
問題ない。なにもかも問題ない。
相手の能力は強力無比に極まりないが、それでもまったく問題ない。
サクヤなにもしない。なにをするでもなく、無力な我らが勝つだろう。
「ああ――」
いつも手こずらされているのだ。今回くらい――
「――――サクッと死んで、もらいましょうか」