耳が動くってすごい
ひどい寝癖を直すために髪を全体的に濡らし、マッチャに拭いてもらいながら2人の話を聞く。
「アルバートさんはどうしたんですか?」
ずっと下を向いているので気になって尋ねる。
また足をつつかれていたから緊張しているのかもしれない。
「おそらくですが、身だしなみを整えている御使い様を見てはいけないものと考えているのかと」
「……はいはい」
私だって好きで芸術的な寝癖を披露したわけではない。
突然みんなに(ダクス以外)体を揺すられて起こされたのだ。顔を洗って服を着替えるくらいしか時間が無かった。
しかもダクスの頭の上に白フワがそっと寄り添っているのを堪能する時間も無かった。白フワがいる事には驚かされたが……。
「見せるものでもないですが、見てはいけないという事もありませんので」
美容院ではみんなこうだからね。
「は、はい」
「――サンリエルさんは図書室ですよね?」
「はい。お待ちいただいています」
「今からローザさんがお茶を持って行くようです」
「アルバート、お祖母さんと領主様が2人きりで接触するのを阻止してこい。急げ」
「え? お、おう! それでは……!」
守役を避けてつまずきそうになりながらもアルバートさんは慌ただしく去って行った。
「申し訳ありません。昨日の顛末を領主様に話されるとヤマ様の存在が知られると思いまして。時間の問題ではありますが……」
「ああ~。朝から叱られそうですよね、サンリエルさんが」
昨日遅くなった理由として、『領主様が御使い様に献上できる程のカリプスを持ってきた少女を歓待した。またお茶にも感動し遅くなった』という事になっていたのだ。
女性達は他国民の少女を夜にしつこく引き留めたとしてお怒り気味だった。昼なら大丈夫らしい。
一応あの人領主様だよね。
「ローザさん経由で真相を知るより本人から伝えられた方がいいでしょう。後で図書室に行きますから」
「私達に何かできる事はありますか?」
「そうですね……。今回は私の使った物の収集を阻止してください」
ダメ、絶対。
「かしこまりました。では私は先に行っておりますので。突然申し訳ありませんでした――あの、お聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか」
「何でしょう」
「アルバートが白い浮遊している存在を見たそうなのですが、守役様のお1人でしょうか」
何やってんだ白フワ。
「……守役ではないですが、まあ近しい存在ではありますね」
「そうですか……!」
耳が動いた。すごい、エルフって耳動いたっけ。完全にエルフじゃないけど。
「そのうち会えるかもしれませんね」
「楽しみにしております! では!」
物凄く上機嫌でみんなをひと通り見てから部屋を出て行ったカセルさん。
ダクスはあんなに見られてなんで起きないんだ……。野生を思い出せ。
「白フワ~」
呼ぶとシーツの中からポンと飛び出してきた白フワ。
きらきらした粉の為に夜中に連れてこられたらしい白フワ。本人は楽しそうだけど傍から見たらかわいそう。
私がつい「金粉の効果って明日も続くのかなあ」なんて漏らしたばかりに……。
「アルバートさんに見つかっちゃったの? ――そうなの? ぶつかったの?」
ボス情報によると、アルバートさんには危険性が全く感じられないので止めなかったそうだ。しかも顔に衝突してくるとはやるな。
「カセルさんなら後をつけられてたね。無害な人間を選別してるあたり野生の本能なのかな? 今度驚かせてみようか」
「ぴちゅ」
「キュッ」
「いや、2人はまた今度で……」
2人が参戦すると『驚かせる』というより『恐怖を与える』に近い。
「じゃあひと仕事終わらせに行きますか。白フワ、金粉をお願いします」
髪を結びながら白フワに金粉をまぶしてもらう。
「後はこれをサンリエルさんにも同じようにするだけでいいんだよね?」
サンリエルさんにも粉をまぶすと相乗効果が得られるらしい。どういう原理なのかはよくわからない。
ファンタジー、これで説明がつく。
「コフッ」
「やっぱり逃げられるかな? 今のジョブは忍者だもんね」
「フォーン」
「押さえつけなくて大丈夫……」
さらっと恐ろしいな。
「御使いとして動かないようお願いするよ。ボス、人がいないタイミングを教えてね――もういいの? よしみんな行くよ~」
白フワは後ろでまるくまとめた髪に張り付いてもらい移動する。見ようによってはシュシュに見えなくもない。
ダクスは揺さぶられ寝ぼけ眼のままマッチャがセカンドバッグ持ちにしていた。まあしょうがないな。
図書室に到着し、ノックをしてすっと室内に入る。
昨日の会議のメンバーは席にそれぞれついていた。いたいた、サンリエルさん。
「おはようございます」
はじめはこちらにちらりと視線を寄越しただけだったが、声を掛けるとサンリエルさんはこちらを凝視してきた。かと思いきや流れるような動作で平伏してきた。
まじか。もうばれた。
「その挨拶は必要ないですから座って下さい。声で分かりました?」
「はい……! ヤマ様のお声を私が聞き間違えるはずがありません……!」
……ちょっとうわって思っちゃった。ごめん。気持ち悪いとか思ってないから。うわってなっただけだから。
「アルバートさんは時間がかかりましたけどね」
アルバートさんに話を振りつつ、今だ平伏したままのサンリエルさんの頭上に白フワを放す。チャンスだ。
「あっ」
アルバートさんに仕草で声を出さないよう伝える。
「もうし…………!」
両手で口を押えてどうにか黙る事に成功したようだが、キイロとロイヤルからは逃れる事が出来なかったようだ。足をすごく蹴られている。
他のみんなは姿を現さなかったので、透明のまま参加するみたいだ。
「もういい? 白フワありがとね。キイロ、ロイヤルはこっち」
カセルさんが席を譲ってくれたので、キイロとロイヤルを抱きかかえながら席に着く。
白フワはアルバートさんの頭の上に乗っていた。なんでだ。
「白フワは私の髪のとこ」
白フワがいなくなった事によりようやく動けるようになったアルバートさん。物凄い速さでカセルさんの後ろに隠れた。うん、危険性ゼロ。
「サンリエルさん、席に着いてください。お2人はどこに座りますか? 隣が空いて――ませんでした」
手でソファーの隣を触るともふっとした感触があったので誰かしらが座っているようだ。早いな。
「私達は立っていますので大丈夫です」
カセルさんは確実にシュシュ状態の白フワを見ていると思われる。
立たれていると落ち着かないが、サンリエルさんはこちらを凝視しながら座ったのでこのまま続行する。
すぐ部屋に戻るし。
「この状況を説明しますと、宿が混雑していたのでアルバートさんのご自宅にお世話になっています、という事ですね」
「……ヤマ様にふさわしい宿を建設します」
でた。張り切りサンリエル。
「今度からは拠点に泊まるので大丈夫です。後ですね、昨日帰りが遅くなったのはサンリエルさんに接待されていたからとアルバートさんのご家族には説明してあります。申し訳ありませんが、領主であるという事を利用させていただきました。詳しい話はカセルさん達から聞いて下さい」
「いくらでも私の名を出して利用してください」
ドがつくMのような発言をされた……。
「朝食の席で一緒になるとは思いますがその辺はうまくやり過ごして下さい。今回はユラーハン出身のヤマチカという素性でお世話になっていますので」
「かしこまりました」
茶葉を売り出すという話になってしまったので、今後もユラーハン出身のヤマチカで通すしかないけど。
用意してもらった身分証を使う日は来るのだろうか。
「ではまた食事の時に」
「ヤマ様、拠点の設計図をいくつか作成しましたのでよろしければご覧になっていただけないでしょうか」
やれやれの気持ちで立ち上がるとサンリエルさんから驚きの発言が。
「いくつか……?」
「はい。昨夜城の書庫で本を読み学びました」
「昨日……本を読んで……」
「はい。まだまだ職人の域には到達していませんが、これから精進してまいります」
「……そうですか」
この人は何を目指しているんだろうか。領主は家を作れなくてもいいんだよ。
一夜漬けの設計図、なんて心もとない響き。だが、睡眠時間を削ったであろうサンリエルさんの頑張りは無駄にできないので見せてもらう事にした。
「こちらは寝室が大きくゆったりおくつろぎになられるかと」
一瞬地球の不動産会社にいるのかと錯覚しそうになったが、ここはファンタジー世界<エスクベル>だ。
「寝室が大きめなんで――――うわあ~」
ついつい御使いという立場を忘れて山内春が顔を出した。
そのくらいサンリエルさんの描いた設計図は非の打ち所がない設計図だった。
「これサンリエルさんが描いたんですよね? 凄い! 昨日本を読んだだけですよね? 凄いですね~!」
地球で家を建てる際にこれを見せられてもなんら違和感のない出来栄え。
本を読んだだけでここまで描けるって……。サンリエルさんは思ったよりすごい人だった。今まで変な人だと思っててごめん。
「サンリエルさんて凄いんですね」
「……ありがたきお言葉です」
冷静な声の調子、そして無表情でこちらを凝視しているサンリエルさんだが私は見てしまった。
耳がぴくぴくと動いているのを――。
そう言えば面と向かってサンリエルさんをじっくりと見るのはこれが初めてかもしれない。
(王女様がロックオンしてるって言ってたけど……顔だけ見れば確かに1番かっこいいのかなあ? 目に違和感を感じるけど……白目が無いのかな……? 私の好みは地の一族系統なんだけどなー。まあエルフっぽいし白髪要素も持ってるのに背は低くないし領主だしお金持ちだし。ほんとなんで結婚してないんだろう? 余計なお世話だろうけど気になるよなーやっぱり性格に難あり? うん、収集癖が足を引っ張ってそうな気がする。使用済みのもの集められたらやっぱり気持ち――「え!? サンリエルさん血! 鼻から血が出てます!」
1番かっこいいかもしれない顔から鼻血が出ていた。なんでだ。
「な、何か血を拭くもの……!」
「領主様これを……!」
アルバートさんのファインプレーで1番かっこいいかもしれないお顔が守られた。
そして無表情のままアルバートさんのハンカチで鼻を押さえるサンリエルさん、笑いを我慢し過ぎて呼吸の仕方がおかしくなっているカセルさん、ひたすらおろおろしているアルバートさん。
そして唸り声を上げているダクス。
誰か助けて欲しい。




