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幸せに暮らしましたとさ  作者: シーグリーン


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ある男の回想録26:力関係

 




 窓から陽の光が差し込む。






 ……朝だ。

 朝がきてしまった。結局眠れずに朝を迎えてしまった。



(なんで眠れないんだよ……! ヤマ様の付き人を務める大切な日なのにこんな状態で……!)



 枕に顔を押し付けくぐもった叫びを漏らす。



(…………もう起きよう。何かの拍子で今から寝てしまったら俺の人生は終わる……)



 よたよたしながらも着替えをすませ身だしなみを整える。

 外に出て日差しを浴びれば気分も上向きになるだろう。



「ん? ……ひっ!」



 部屋の扉を開け1歩廊下に出たところで、白い毛の塊のようなものが顔に触れ家の奥へと浮遊しながら去って行った。



「…………」



 俺の家が……。





「――アルバート? 今日は早いな」



 放心状態で生き物かどうかもわからない謎の存在の去って行った方向を見つめていると、背後から祖父の声が聞こえた。



「じいちゃんあの……いや、なんでもない。目が覚めちゃって……」



 目が覚めるも何も寝ていないが。



「疲れている顔をしているな。暇なら庭の手入れでも一緒にやってみるか?」


「……うん。カセルの様子を見てから行くよ」


「レオンと図書室で話をしていたみたいだからまだ寝ているんじゃないかな」


「大丈夫。起こすから」



 カセルだけ寝ているのが何となく気にくわない。八つ当たりとも言う。

 そのまま図書室に足を向け扉を乱暴にノックする。



「カセル入るぞ」



 室内に入り窓を開け少しだけ光を取り入れる。



「――もう朝かあ~?」



 欠伸をしながらもソファーの上で身を起こしているカセル。



「朝だ」


「ふぁ~あれ? 早くねえ? そんなに陽が昇ってない――」


「朝だぞ」


「――お前その目どうしたんだよ」


「知ってる」


「知ってるって……寝てないのか?」


「…………」


「お前なんだよ~。緊張してんのか~?」



 はははと笑い始めたカセル。

 無理やり起こしたのに全然堪えていないし、むしろ楽しそうな様子に敗北感を覚える。



「うるさい……。カセルあのさ、家の中に変なものがいて……」


「変なものお?」


「白い毛の塊のようなもので、ふわふわ飛んでた。しかも結構大きい……」


「お! 新たな守役様じゃないのか!?」



 急に立ち上がり前のめりになるカセル。



「……そうかもしれない。ヤマ様が関係してらっしゃる可能性が高いから騒ぎ立てなかったけど……」


「どこにいらっしゃるんだ!?」


「家の奥に消えてったよ――そう言えばヤマ様のお部屋がある方向だ」


「やっぱり! 早くヤマ様お目覚めにならないかな~。昨日はお疲れのご様子だったから遅くなるかな?」


「馬車の中で寝てらしたもんな……」



 昨日、領主様に使用したものを収集される可能性に思い至ったヤマ様は、手先の器用な大きな守役様に抱き着き落ち込まれていた。かと思いきや眠ってしまわれたのだ。


「御使い様もやっぱり眠るんだな~」


「守役様達は起きてたけどな……」


「俺達物凄く威嚇されてたもんな~。嬉しかったな~」



 威嚇と嬉しいが全く結びつかない。



「あの守役様は凄くふかふかされてそうだもんな、皆様そうだけど。そりゃあ眠りたくもなるよな~。」


「お前な……あれだけ近距離で威嚇をされて恐ろしくないのか?」


「大丈夫だって。そもそもなんでびくびくしてるお前の方が守役様に触れてもらえるんだ?」


「……知らない」



 俺が知りたい、そんな事は。



「それよりカセル、じいちゃんが庭の手入れを一緒にするかって」


「いいぜ。お前んちの女性陣の機嫌でも取っておくか!」


「朝からまた叱られなきゃいいけど……」



 そうなのだ。昨日は帰りが遅くなった事に関しては領主様にすべての矛先が向かっていたが、遅い時間に女性に甘いお菓子を大量に食べさせた事を注意されたのだ。

 ヤマ様が、今まで食べられなかったので我慢せずに食べてみたかったと説明し――その境遇に姉はヤマ様の頭を撫でていた――その場は収まったが、今度は旅装として汚れてもいいマントと帽子を買ったと説明を受けた際に、それだけしか買わなかったのかと叱られた。理不尽だと思った。

 これもまたヤマ様が、今度売り出す予定の茶葉の話をして助けていただいた。



「なあカセル、領主様を言い訳に……まあ事実だけどさ、事前に説明しなくても大丈夫か?」


「大丈夫だって! 感情があまり表に出ない人だし、話を聞いてすぐに理解すると思うぜ~あ、理解したらしたで興奮してまずいかもな~!」



 今日もカセルは朝から元気だ……。笑い過ぎだとは思うが。

 俺も体を動かして元気になろう。














「――すみません」



 祖父と、途中から参加してきた祖母と一緒に庭の植物の手入れをしていると、警護の人が1人すまなさそうに庭にやってきた。



「あら、おはようございます。どうしました?」


「おはようございます。あの……領主様が来ていまして……」


「いてっ」



 思わずカセルの肩を掴んでしまった。



「こんな時間に? あの子は何を考えているのかしら」


「仕事の話が2人にあるそうで……」


 そう言ってこちらを見る警護の人。



「まあ。エスクベル様か御使い様の事かしら? アルバート、カセル、急ぎなさい」



 急ぎなさいといいつつ祖母は俺達よりも先にすたすたと家の中に入ってしまった。



「…………カセル」


「まあなんとかなるだろ」



 何かあったらすべて楽観的なカセルに頼ると決め玄関に向かう。




「何で家に? 仕事ってなんだ? ばれたとかじゃないよな?」


「ヤマ様がいらっしゃると確信してたら乗り込んでは来ないだろ。偶然だよ偶然」


「どうしようヤマ様がいらっしゃるのに……」


「守役様はすべて把握してらっしゃるからヤマ様にもお知らせになってるだろ」



 カセルの言葉に少し安心する。



「そうだよな、すべて把握して…………!」



 思い出したくない記憶が蘇り気持ちが落ち込む。

 安心したり落ち込んだり朝早くから忙しい。



 玄関に到着し、深呼吸をしている間に勝手にカセルが扉を開けた。俺の家だぞ。



「おはようございます」


「……なぜここにいる」


「遅くなったので泊めてもらったんです」


「そうか……。昨日の件で追加で話す事があってな」



 よく見れば領主様はなにやら書簡を入れるような木の箱を持っていた。



「わかりました。港に行きますか?」

「おはようございます」



 後ろを振り向くと祖母が立っていた。



「領主様、神の島に何かありましたか?」


「いや、昨日の件で話す事があるだけだ」


「この時間に? ご自身で来られるほど急ぎの案件なの?」


「……少し」



 なんだか見た事が無い様子の領主様だ。



「少しですか。礼儀はしっかりと教え込んだはずなんだけど……。まあいいわ、お話はうちの図書室を使ってください。飲み物を後で持っていきます。それとあなた朝の食事はしっかりとっているの? 今日はうちでしっかりと食べて行きなさい。それにその服装はどうしたの? 寒くないの?」


「……はい」



 この2人のやり取りを俺達はじめ、警護の人達も驚いた顔で見ている。

 祖母の方が立場が上かのようなこのやり取りはなんだ。



「アルバート、領主様を図書室にご案内して」


「う、うん……」



 せっかくの領主様を外に連れ出す機会だが、祖母にはこの場の誰も逆らえない。領主様までがそうなんだから俺達が立ち向かえるわけがない。



「領主様こちらへ――」



 カセルに助けを求める視線を送ったが、肩をすくめられただけで終わった。





(どうしようどうしよう……! 食事に参加されるとヤマ様の存在どころかお顔までばれてしまう……!)



 混乱した状態のまま図書室に領主様を案内する。



「では準備をしてきます。アルバートは筆記具取って来いよ。――少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか」


「構わない」



 突然のカセルの言葉。何か良い案でも浮かんだのだろうか。

 しかし、図書室を出て俺の部屋に一緒に向かうカセルはとんでもない事を言い出した。



「一応ヤマ様に経緯を報告しに行くぞ」


「え」


「前もって断っておくのが最善だ。何かしら指示を頂けるかもしれないし」


「え、おい……」



 さっさとヤマ様のお部屋の方向に歩いて行くカセル。

 ふと、ある考えが浮かんだ。



「……お前、白い守役様にお会いしたいだけだろ」


「それもある」


「ほぼそれだろう……!」


「しっ。うるさいぞ」



 いつも俺がカセルに対して思っている事を言われた。納得がいかない。



「お、ここだよな。――――すみません、カセルですが――」


 そして目的の部屋に到着するやいなや、全く何の躊躇もせずに扉をノックした。

 こいつ本当に怖いものなしだな……。



 がちゃりと扉を開けたのは、手先の器用な大きな守役様だった。



「えっあ、あの……」

「おはようございます。突然申し訳ありません、緊急でご報告がありまして」



 自然に扉をお開けになられたことに動揺して言葉が出てこない俺とは違い、さらりと挨拶をするカセル。



「良いのですか? それでは失礼します」

「失礼します……」



 手の動作で中へ入るよう促されたので、恐る恐る室内に入る。俺の家のはずなのだがこの緊張感は何だ。



「おはようございます」

「おはようございます……」



 それぞれの守役様に挨拶をする。

 体が小柄な4本足の守役様はベッドの上で枕を使って寝ていたので挨拶は出来なかったが……。

 カセルは見すぎだ。

 そして奥の鏡の前に――



「おはようございます。サンリエルさんがまさかの朝食参加ですか~。どうしましょうかね~」



 御髪を引っ張りながら困り顔のヤマ様がこちらに歩いてきた。

 思わずカセルを見る。



(おい、御使い様のあれ寝癖か? 寝癖なんてつくのか? 俺達は見てもいいのか? 不敬に当たるんじゃないか?)



 ありったけの気持ちを込めてカセルを見るが、カセルは俺の視線には構わずヤマ様に話しかけた。



「私達では止められず……。申し訳ありません」


「いいんですよ。私もご好意で泊めていただいているのでとやかく言えませんし」


「アルバートの家族に昨日の件で突っ込まれるともう完全にばれますね」


「顔もばれる流れですよね~」



 なんなんだ、カセルは気にならないのか? 御髪がすごい事になってるんだぞ!



「まあこちらにはとっておきの秘策があるのでなんとかなるかもしれません」


「秘策ですか?」


「ふふふ。秘策ですから秘密なんです」


「そうなんですか~。もしかして御髪を直そうとしていますか?」



 おい!!



「そうなんですよ。枕が変わったからかいつもより頑固な寝癖で。カセルさんはさらさらでいいですね」


「元々の髪質なんです」


「綺麗ですよね~。髪は伸ばしてるんですか?」


「族長も伸ばしているので――」



 話が弾んでいる。カセルの対人関係能力はどこまですごいんだ。

 一族の違いはあれど、小さい頃から一緒に成長してきたのに俺とのこの大きな違いは……。






 今だけは、足元をひっそりとつついている守役様達に慰められているような気がした。







次回視点戻ります。

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