極端
サンリエルさんが待機している建物内に入ろうとする前に変装を完成させる。
夜に帽子は夜にサングラスぐらいの違和感があるな。そして邪魔だ。
「外の様子を確認なんてしてませんよね?」
万が一変装前を見られていたら困る。
「それはないと思います。守役様のお怒りをかう恐れがあると伝えてありますので」
みんなの怒りに関しては神の怒り~黒歴史編~で十分実感しているだろうから安心だ。
「照明も最小限にしていると思いますので足元にお気を付けください」
そう言ってカセルさんはしばらく扉を開けたままにしてくれた。気が利くな。
「ありがとうございます。毎回すみませんが目を――はい、ありがとうございました」
なんとなくみんなの透明化能力に関しては見られたくない。ばれているとは思うが。
その時突然ボスから「こっちに来る」と何やら報告があり、島のみんなが警戒態勢に。
「サンリエルさん? 足音とか聞こえ…………!?」
「ひっ!?」
アルバートさんが私の声を代弁してくれた。
玄関の真正面には両サイドから2階に続く階段があったのだが、その2階の通路から突如現れた黒い影が飛び降りてきたのだ。
ホラーか。
「……サンリエルさんですか?」
跪く頭の白さは間違いなく彼だが念の為。
「はい。お久しぶりでございます。出迎えが遅れてし「ヴーッ」
まあそうなるよね。
「守役様も本日は「ヴーッ」
「ダクス、もう大丈夫だから。――――お久しぶりです。本日は私の顔を見ないと約束できますか?」
帽子を深く被りなおし、ダクスを抱っこしながら改めて挨拶を返す。
「もちろんでございます、約束を違えるなど決して致しません」
良かった。帽子越しって結構辛いんだよね。こっちを見ないなら緩い顔隠しでよさそう。
「ようこそクダヤにお越しくださいました。お会いできて大変光栄でございます。――初めてお目にかかる守役様方、クダヤの領主サンリエルと申します。よろしくお願い致します。本日は2階の窓のないお部屋をご用意致しましたので、外部に洩れる恐れはございません。どうぞこちらへ――」
そう言いながらナチュラルに手を差し出されたが、みんなの威嚇が激しくなったので丁重にお断りをし、エンの背中に手を置いて階段を上った。申し訳ないね。
「こちらです」
「わ…………。すごいですね……」
案内されたそこまで広くはない部屋に大量の花、花、花。
会議室に近い内装なのでどちらかというと、新しいオフィスにお祝いの花が届けられているようにも見える。
それにしたってやりすぎな気もするが。
「時間が許す限り集めました。――あちらの席にお座りください。守役様方もどうぞご自由に」
誇らしげな声のサンリエルさん。そうだね、用意してくれてありがとね。
「何かお飲みになりますでしょうか」
「お願いします」
「あまり種類は揃えられなかったのですがどのような味がお好みでしょうか」
そう言って見せられたのはたくさんの茶葉のようなもの。
……すごいな。才能の無駄使い。いや、無駄ではないけど短時間でこれか。しかもそれ執事が押してくる感じのカートだよね。
「ええと、どの味がおすすめですか?」
ついつい一緒に食事をとった事のある2人に聞く。
しかし、すぐさまサンリエルさんが答えを返してきた。
「それではこちらを。この中では最高級のものになりますので」
「はい。ではそれで……」
「かしこまりました」
サンリエルさんが手際よく飲み物の準備を始めたが、カセルさんとアルバートさんは入り口付近に立ったままだった。
「お2人とも座って下さい。あと買ってきた物を見せて下さい」
御使い権限でこの場を仕切る。
しかしまた――
「何を買ってきたのだ? お前達はそこへ座るといい」
お茶の準備をしているかと思いきや2人の席を指示し、てきぱきと荷物を検め始めたサンリエルさん。
2人とも慣れた顔をしているのでこれが通常なのかもしれない。でも指示した席は離れ過ぎだと思う。
「内密にお話があるので席はもう少し近くに出来ませんか?」
「かしこまりました」
サンリエルさんはかぶせ気味に返答し、自分の席を真っ先にこちらに近づけてきた。
島のみんながそれぞれ私の近くを占領しているからそこまで近くはならなかったが、先行きに不安を覚える。
「机の上に買った物を並べてもいいですか?」
そう言いながらもスタスタと箱に近付き勝手に並べ始める。
「たくさんありますね~。余ったら皆さんご自宅に持って帰って下さいね。サンリエルさんは人数分の飲み物の準備をお願いします」
先手をうって、こちらに近付こうとしていたサンリエルさんに指示を出す。
今回は少し強引に御使い権限で場を仕切ると決めた。
「これ美味しそうですね。――――ボスは今どの辺に口がある? わかった、今花が揺れた辺りね」
ボスも含めみんなに少しずつ毒味をしてもらう。
サンリエルさんは守役じゃなくて手元をちゃんと見てね。気になるだろうけど、そのリアクションはカセ&アルですでに経験済みだからもう大丈夫。アルバートさんはまた驚いてるみたいだけど……。
「いただきまーす」
みんなからの許可が出たのでさっそく食べ始める。
まだお茶の用意は出来ていなかったがこの場は作法なんて関係ない。むしろゆるゆる感を出したい。
ファミレスなんかででわいわいやってるあれ。
「カセルさんはどれを食べます? 無理はしなくていいんですが」
「ではこれを。あっさりした甘さなので食べやすいんです」
「次それにします。アルバートさんは?」
「あの、私は食べられそうにもなく……わっ!」
「キイロ、ロイヤル。つつくのは無しで。すみませんね」
「い、いえ!」
どことなく緩やかになってきた空気にホッとし、サンリエルさんを帽子越しにそっと確認すると2人を見ていた。
もうとんでもない凝視。殺傷レベル。というかアルバートさんだけを見てるな。
「……サンリエルさんはどれを食べますか?」
アルバートさんの今後に不安がよぎったので、急いでサンリエルさんにも話に加わってもらう。
「ヤマ様のお選びになったものならなんでも頂きます」
なんでもいいが1番困るんだけどな。
「ではこれで」
近くにあったものをそっと机の上に置くと、風が起こりそうな速さでそれを手に取り食べ始めた。
……わんこそばみたい。
「美味しいですか?」
「はい。神の食べ物の次に美味しいです」
「……そうですか」
というか「美味しいですか」なんて御使いが聞いて「美味しくない」とは言いにくいよな。私もあほだな。
まあいいや、今は甘いものを堪能しよう。このドーナツっぽいやつ美味しいし。
「――お待たせ致しました」
地球でやったらもったいないと怒られそうなちょこちょこ食べを繰り返している間にお茶の準備が出来たようだ。
「ありがとうございます。では皆さん席に着いて楽にしてください」
スプーンでみんなにひと口ずつお茶を飲ませながらメンバーの様子を窺うと、カセルさんはリラックスしてむしゃむしゃしているが、アルバートさんは少し緊張気味にお茶を飲み、サンリエルさんに至っては椅子の1つを占領してだらけきっているマッチャを物凄く見ていた。
サンリエルさんもすごいがそれにまったく動じていないマッチャもすごいな……。
「ヤマ様、これも美味しいですよ」
カセルさんはどこでも生きていけそうだ。
「ありがとうございます……あ」
俯きながらも同じものを瞬時にこちらに差し出してきたサンリエルさん。マッチャを凝視してたのに……。
しかしエンが首を伸ばし机にある同じものをくわえて持ってきてしまった。あーあー。
「サンリエルさん、ありがとうございます。――誰かもらってきてくれる? みんなで一緒に食べよ」
その言葉に、ナナが首を伸ばして口を開けた。
恐る恐る食べ物を置くサンリエルさん。……なんだろう、面白いなこの光景。
「――ありがと。では話を進めてもいいですか?」
横道にそれまくっているが本来の目的を果たすべく話を進める。
「サンリエルさんは驚いてもこちらを見ないで下さいね」
「はい」
昔話の鶴のような事を言ってしまい少し恥ずかしい。
「……クダヤの街に私の視察の拠点を作って欲しいんです。場所はもう決めてあります。高台の木々が残っている場所ですね。アルバートさんの家がある高台と言えばわかりますか?」
私の言葉を俯きながら聞いていたサンリエルさんだが、アルバートさんの名前が出たところでアルバートさんをじっと見つめ始めた。
「あ、あの?」
その視線におろおろしているアルバートさんだが、それは正しい反応だと思う。
「周りに知られないよう建物を建てる事は可能ですか? そちらの塔など、高い建物からも隠せるようなものです」
「クダヤの力を結集して事にあたらせてもらいます」
ようやくアルバートさんから視線が逸れた。そしていつもながら気持ちがやや重い。
「私の拠点という事はここだけの秘密で。皆さんは建築技術はさすがにお持ちではないですよね? 作業をする方々には目的を伏せて欲しいのですが、ご家族にも洩らす事なく作業を進められる人はいますか?」
やろうと思えばできそうなのがカセルさんとサンリエルさんだが、ここは安全性を考慮してその道のプロにお願いしたい。
「……前任の技の族長であれば現在特定の仕事についておりませんので可能かと」
なんだか大物が出てきた。
「領主様、前任の族長は確かミナリームの船を修繕中だったはずです。いきなり作業に現れなくなると怪しまれませんか?」
「ミナリームなど後回しで構わん。むしろ必要ない。私から説明しておく」
おお。なんだか領主っぽい。ごめんよミナリームの船達。
「ヤマ様。作業に関わるものは前任者に選定させますが、一族の者で揃えますのでご安心ください」
「よろしくお願いします。私と守役が使用するだけですのでこじんまりとした拠点がいいですね。それと、拠点にはどのくらいのお金が必要になりそうですか?」
「ヤマ様はお金の事は気になさらないでください」
予想通りの返答が返ってきたので、自分で稼いだお金がある事を説明する事にした。
「――ヤマ様が市場に?」
「そうです。皆さんとても親切でしたね。――そうそう。私が持ち込んだカリプスをたくさん買ってくれた女性が実はアルバートさんのお姉さんだったようで――」
話しながらちらりとカセルさんを見る。
察しの良い彼はそれだけで気付いたようだった。
「お話の途中すみません。領主様これがそのカリプスなんですが、アルバートの祖母が御使い様に献上するようにと持たせてくれたんです」
「結局私の下に戻ってきちゃいましてね。ですので街で買い取ってくれませんか? アルバートさんのお祖母様はお金は受け取らないと仰ったようですが、1つ銀貨1枚も出して買ったものを無償でというのはなんとも……。買い取って私への定期的な食事にそのカリプスも一緒に入れてください」
「もちろん買い取ります」
さすが領主様。まあ、断れないような頼み方をしたんだけどね。
「あの……これで私にも1つお与え頂けませんでしょうか」
しかし、そう言いながらサンリエルさんが懐から出してきたのは見た事の無いお金。
何だろうと思いながらカセルさんとアルバートさんの2人に視線を向けると、カセルさんは困ったような顔をしながら教えてくれた。
「白金貨です」
白金貨。
それは国や商人同士の大きな取引でしか使われる事が無いお金。
頭の中でアイテムを説明するナレーションが流れ出す。
……3倍大げさに行動予測を立てても無駄だった。




