ダサかわいいデビュー
視点戻ります
「かっ……」
……あれ、今私いびきかいてた……?
自分のいびきの音で意識が覚醒する。なんだろうなこの気恥ずかしさは。
うっすら目を開けてぼんやりと視線をあたりにさまよわす。
(……家の天井じゃない……)
そこではっと気付く。
あー……今……ばっちり現実だ。
段々と意識がはっきりとしてきて寝る前の出来事を思い出す。
横になったままあれこれと思いを巡らしてようやくむくりと起き上がる。
「チカチカさんおはようございます」
挨拶すると点滅して挨拶を返してくれた。
そして室内が徐々に明るくなってくる。
なんだか近未来の最先端の部屋みたいだ。ちょっとワクワクする。
起き上がって布団の上で体育座りをする。こういう時テーブルや椅子があればいいんだけど、ない。
座れそうなベンチもどきは一瞬あったけどね……!
ついつい思い出し怒りしそうになる。
違うことを考えようとして喉が渇いたことに意識が向く。
あー、そういえば飲食の問題があったわ。今更ながら寝てる場合じゃなかったかもと少し焦る。
こういう時は困った時のチカチカさんだ。
「チカチカさん。飲んだり食べたりって外に出れば可能ですか」
チカチカッ
色々と考えないといけない事はたくさんあるが、ひとまずあのダサかわを装備して食料確保の為に外でも探索しようと重い腰をあげた時、また部屋のある部分が青く光っているのが目に入る。
(あそこは……)
洗面台(もどき)のところだ。
乳白色の液体が溜まっていたなと考えながらスニーカーを履いてそこに近づく。
「んん~~?」
特に最初見た時と変わりはない。クローゼットの時のように扉の取っ手のような窪みも見当たらない。
うんうん唸りながらいろんな角度から確認していると、理解が遅い私にしびれを切らしたのかチカチカさんは光らせ方を変えてきた。
乳白色の液体に向かって電光掲示板のように点滅のタイミングを変えて矢印を表現してきたのだ。
「へ、へえ」
すごいなファンタジークオリティ。すごくわかりやすい。いや、ただチカチカさんが芸達者なのか。
そんなことやらせちゃってすいませんという気持ちが込み上げてきたが……。
チカチカさんは液体について伝えたいのだろう。
そういえば食事の話をしていたなと思い聞いてみる。
「この液体ってさっきの質問に関係ありますか」
チカチカッ
「……飲めるとか……?」
こんな壁から染み出てきたの嫌なんですけど。
チカチカッ!
……飲めるのか。お風呂の入浴剤みたいなこれが。でも水で薄めて飲むあれだと思えばいいのかな。
大層な巨木から染み出してるし、チカチカさんもこの世界のお偉いさんだし良いものなんだろうか。
「これ体に良いんですかね?」
チカチカッ
なるほど。最悪これさえ飲んでおけばいいか。保険のようなものと考えておこう。
コップのようなものも無いし後で味見しようかな。あそこに手を突っ込みたくはない。
チカチカさんには後で飲んでみますと伝える。喉の渇きは少し我慢だ。
あらためて服をクローゼットの中に入っているものに着替える。チカチカさんは見えてるだろうけど気にしない。そもそも人じゃないし。豪快にばっと脱ぎ、靴も作業用のブーツにして……と。
安心安全と言われた刺繍があるからね。どんな効果があるのかは不明だが。
ご丁寧に麦わら帽子のようなものもあったのでそれもかぶる。うん、安定のダサかわだ。
リュックのようなものがあれば良かったけど今でも十分に助かっている。わがままは言うまい。
よし外に行くか。
「チカチカさん、外は危険ですか」
大丈夫だろうとは思うが念のため聞いておく。
――反応が無いので危険はないだろう。
「じゃあ外を探索ついでに食べても大丈夫そうな物を探してきます」
とりあえず天井の方に向かって手を振ると、ひと際明るく光って反応を返してくれた。
光る入口をくぐると変わらず森の中だった。まだ明るい。
さっきは朝だったとすると今は昼過ぎくらいだろうか。暑くもなく寒くもない良い暖かさだ。
ひとまずまっすぐに進んで見ることにしよう。方向感覚に自信は無いのでその辺に落ちている枝や木から折りとった物を集めて進むごとに地面に刺していく。そこらの石で適当に木にも傷をつける。
そして木の洞がある方が分かるように矢印を刻む。
サバイバルの心得なんてものは無いので何が正しいかは分からないが、自分なりに考えて移動してみる。あの巨木が目印になるだろうが周りの木の高さによっては隠れて見えない場合もあるだろう。木登りはまだ遠慮したい。
のんびりと数百メートル程進んだところで鳥の鳴き声が聞こえた。
「ぴちゅぴちゅ」
(あ、この声って……)
周りをぐるりと見渡すと、鳴き声の主はいた。
近くの木の上にとまっているのは初めて外に出た時に見つけた黄色と青色の角が生えた鳥もどきだった。
同じ個体だろうかと鳥もどきをじっと観察する。あちらもこっちをじっと見ている。
「ぴちゅぴちゅ」
再度鳴き声をあげた時、鳥もどきの方から何やら意思のようなものが伝わってきた。
(こんにちは)
(ようこそ)
(はじめまして)
「え…………」
思わず声が漏れた。
え? あれ? 聞こえたというか頭に響くというか。あれ? 妄想じゃないよね?
頭が混乱する。
動物の声が分かるなんて、と考えたところでここはファンタジーな世界であることを思い出す。私の今までの常識はここでの常識ではないのだ。
「あの……今あなた私に挨拶してくれた?」
確認するために期待を込めて話しかけてみる。
「ぴちゅぴちゅ」
鳥もどきは翼をバサバサして鳴き声を返してくれた。
やっぱりそうだった。なんとなく言いたい事がわかる。
そしてその事に気付いた時、どこからかシャララララと高い音が聞こえてきた。
慌ててあたりを見渡す。――――特に変わった様子は無い。
「ねえ、今高いシャララララって音聞こえたよね?」
意思疎通出来ると分かった鳥もどきに話しかけてみる。
「ぴちゅぴちゅ」
聞こえなかったようだ。
気のせいではないと思うのだが……。まあ今すぐ結論を出さなくてもいいか。この問題はまた今度ということで。
もっと情報を集めないと分からない事が多すぎるしなあ。今の最優先事項は食料を見つけて確保することなのだ。
「あの、あなたは喉が渇いた時に何かを飲むと思うんだけど水場みたいなところを知ってる?」
日光浴で生きてます、みたいな事になりませんようにと祈りながら鳥もどきに質問する。
すると、ばさりとこちらに向かって飛んできて私の肩にとまり頭を軽くつつかれた。
知っているようだ。飛んで来た時には少しびくっとしたがなんだかかわいらしくて心がほっこりする。
もっと近くで見たくなって左腕を胸のあたりまで持ち上げると意図を汲んでそこにちゃんと移動してくれた。
「ぴちゅぴちゅ」
「名前? 私の名前は春です。え、名前をつけて欲しいの?」
「ぴちゅ」
頭を撫でていると名付けのお願いをされた。そうだよね、いつまでも鳥もどきだとあれだもんね。道案内してもらえるみたいだし。
う~んと考えながら黄色の頭を撫でまわす。角が邪魔だ。と、そこで閃いた。
「“キイロ”、頭が黄色いからキイロってどう?」
そう言った途端、キイロの胸がかっと光った。
「うわっ!」
眩しさに顔を背ける。
光はすぐ収まったようで、すぐにキイロを確認すると胸元に白地の<K>のイニシャルが現れていた。
「……………………」
どうしよう。キイロがすごく誇らしそう。
このイニシャルは確実に彼の仕業だと断言できる。きっとキイロと意思疎通できるのは<地球>の彼が言っていたサポートに含まれるんだろう。
しかしこの執拗なまでのイニシャル推しは一体なんだろう。彼の中で流行ってるんだろうか。
ぼんやりとキイロのふわふわした胸毛を見ていると自分の左手の甲に何かが付いているのが目に入った。
キイロを腕にとまらせたまま左手を自分の方に近付けて確認すると、手の甲に鳥のような形とイニシャルのKを組み合わせた金色の模様が付いていた。右手でそこをさすってみても消えない。どうやら何らかの方法で刻み込まれているようだ。
どうしようカッコいい。
自分の中のファンタジー心がとてつもなく刺激される。
名前を付けた事でこうなったみたいだが一体どんな意味があるんだろう。
キイロも知らないようだが、元気そうで特に問題も見当たらないので水場に案内してもらう事にした。
――棚上げしている問題が増えてきているので、メモ出来るような筆記用具が欲しいなあと思いながら。