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幸せに暮らしましたとさ  作者: シーグリーン


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ある男の回想録25:固い決意

 



 ヤマ様の突然のお言葉に動きを止めたカセル。



「………………いません」



 ようやく言葉を振り絞った。思ったより早かったな。



「それを聞いて安心しました。以前ある男性の恋を応援したんですが、その恋の相手がどうもカセルさんの事を好きなようでして。カセルさんとその女性がお互いに好意を持っていたら申し訳ないと思っていたんですよ」


「……そういう事ですか。どんどん応援して下さい。――街へは何度かお越しになったのですか?」



 もう通常のカセルに戻ってしまった。もう少し慌てても面白かったとは思う。

 それにしてもカセルの人気はすごい。ある男性も、真実を知らないとはいえヤマ様に応援されるなんてすごい事だ。



「街には何度か来てみました。陸路は思ったより大変でしたね、意外と街まで距離があって」


「……もしよろしければお迎えにあがりますが」


「……それだとお忍びにはならないんですよね。今日はお2人にはばれてしまいましたが。――人目に付きにくい拠点でもあれば、気兼ねなく上空から街に侵入できそうなんですが……」



 ヤマ様がなかなか物騒な事を仰り始めた。



「それは良い案ですね!」



 凄く乗り気なカセル。侵入は御使い様だからこそ許される行為だぞ。



「――宿もしばらく混雑するでしょうからね。どこか侵入に良さそうな場所はありますかね~?」



 ヤマ様も乗り気だ。街にお見えになっている時の御使い様は何だかいつもより気さくだと思う。



「普段はどちらに降りられますか?」


「一度倉庫のような――ここから港方面に――大通りを少し逸れて――――」



 守役様と話をされながら説明してくださるヤマ様。そして顔が輝いているカセル。

 もし拠点の話が無くなれば、カセルは絶対にその近辺をうろつくようになるはずだ。

 ヤマ様気をつけてください……!



「そこは倉庫で間違いないですね。夜は確かに人通りはありませんが、騎士達が見回る事もあります。領主様の権限で拠点にできなくはないですが目立つ可能性が考えられますね」


「そうなんですか……。大森林側はどうですか? 市場に近いので便利そうです」


「……そちらは他国民が多い場所になりますので遠見の装置が常時作動しています。他国からの侵入経路を監視している装置も含まれますので、上空から来られるお姿が……」


「ばれそうですね~」



 上空からの侵入と言えども、やはり理想的な場所はなかなか見つからない。



「――ではこの辺りはどうでしょうか? 上の方はまだ木々が残っていて家も無かったはずです。神の社に向けている装置からここは逸れていますし、一族以外の住人も住めます。高台ですので人通りは上になるほど少なくなりますし、アルバート達があまり通らない道を選べば遭遇する恐れもないと思います。守役様のお力でその心配はないかもしれませんが……」



 ……俺はカセルの発言に驚かない日は来るのだろうか。



「……もっといい場所があると思う」



 控えめにカセルの案に反対する。

 嫌ではないのだが、御使い様の拠点が近くにあると思うと落ち着かない。



「そうかあ? じゃあどこだよ?」


「それは……もう少し考えてから……」


「すぐ出てこないんだったら良い場所じゃないって事だな」


「…………」



 カセルに言葉ではかなう気がしない。言葉以外でもそうだが……。

 すると、ヤマ様がカセルの案に興味を持ってしまったようだ。



「そう言えば緩やかな坂道でしたね。やはり見晴らしも良いんですか?」


「はい。アルバートの部屋からは神の島と巨大な木がはっきりと見えますね」


「カ、カセル! 俺の部屋だけじゃないからな……!」



 慌てて訂正する。まさかとは思うが、カセルが勝手に俺の部屋にヤマ様達を案内し始める可能性に思い至ったのだ。

 ヤマ様はそんな俺の思惑はお見通しなのか、慈愛に満ちた表情でこちらを見ている。



(……カセルめ……!)



 俯き加減にカセルを睨む。



「拠点内からの見晴らしは良くないとは思いますが、林の中にひっそりと家を用意すれば人目につかないのでは――」


「ひっそりと屋根からそのまま家に入れる構造にできますかね? 屋根に出られる大きめの窓でもいいんですが」



 話はどんどんまとまってゆく。



「恐らく屋根裏部屋を作る形になるかと。その辺りは職人が何か考えつくでしょう」


「楽しみです。――土地を所有しているのは街ですか?」


「……そうですね。許可は領主様が出す事になります」


「サンリエルさんですよね~」



 どんどんまとまっていた話がここにきてようやく止まった。

 領主様は凄いな。



「……知られずにというのはやはり無理ですよね?」


「……はい。特に最近の領主様は勘は鋭くなっていますし、あらゆる面で力が向上しています。髪も伸びましたし、どことなく若返ってもいるような……。以前頂いた神の食べ物をようやく食べたのだと推測しています」


「それは随分な強化で……。3つの一族分ですもんね」


「初めに頂いた神の食べ物と同じく、領主様が頂いた物は新鮮なままなのか好奇心で尋ねてみたところ、思うところがあったようで……」




 ――そうだ。あの時の領主様は急に黙ってしまい何かを考え込んでいた。

 恐らく、頂いた神の食べ物をこのまま鑑賞し続けるか、新鮮な内に神の力を手に入れるかで葛藤していたのだろう。



「白金貨と洋服一式は遠慮してもらいましたけど……。今回も少し手助けしてもらった方が大事になるのを避けられそうですね」


「恐らく……」


「じゃあサンリエルさんも巻き込んじゃいましょう。上空侵入の件は伏せて拠点の話だけお願いします。――小さな家を建てる場合どの程度お金が必要になりますか? 実はアルバートさんのご家族にカリプスを1つ銀貨1枚で買い取ってもらえるそうなので、今後自分で稼いだお金で支払えるかもしれないんです」



 カリプス1つが銀貨1枚……。俺には随分と高価に感じられるが、産地は関係なく味だけで評価すると適正なのかもしれない。

 神の食べ物をこんなにあっさりと手に入れるとは……。姉はさすがだな。



「随分と安いですね……。いえ、味だけで判断すればそうなのかもしれませんが……。――食べる時は俺も誘ってくれよ」



 急に話しかけてくるカセル。



「……ライハからも買い取るんだろ?」


「いくら食べてもいいじゃねーか」


「あ」



 俺達の小さなもめ事を見ていたヤマ様が思い出したように言葉を漏らされた。



「ご家族の方がカリプスは御使い様に食べて頂くという話をしていたんですが……」


「……ヤマ様に戻ってきますね」


「そうなんです。それでお金を頂くとなると……」



 困った表情をされているヤマ様。



「申し訳ありません……あっ!」



 家族の行動につい謝罪をしてしまい、すぐさまつつかれ始める俺。

 カセルはじっと見ていないで助けて欲しい。

 すぐヤマ様が止めてくださったのでよかったが……。



「アルバートさんに話をするようなのですが、街がお金を払って御使い用に買い取る事はできますか?」



 俺を見ながらの問いかけがきた。緊張する。



「あの……祖母がお金を受け取らないかもしれません……。ただヤマ様に召し上がって欲しいだけかと……」


「……そうですか」


「も……はい……」



 考え込んでいる様子のヤマ様。申し訳ありません。

 心の中で謝罪する。



「――では今回はお気持ちを頂くという事で。いちおう買い取りの話もしてもらえますか?」


「かしこまりました……」



 俺に大役が回ってきてしまった。

 祖母に対抗できる気がしないのでカセルにも手伝ってもらおう。



「お2人には侵入という悪事にも加担してもらいますのでまた食べ物を持ってきますね」


「ありがとうございます!」

「ありがとうございます」



 カセルがとても嬉しそうだ。カセルには俺の分も少し分けようと思う。


 以前家族にもらったお金は、カセルと協力してそれぞれに強引に返したのだ。

「俺は神の力が強いから稼ぎがお前より良い。だから多く払う」という理論でカセルに強引に押し切られもしたが……。

 なのでカセルが多く食べるべきだ。






「――ご家族の方がこちらに向かってますね」



 どの食べ物が好みだったかの問いに、真剣に考えている時だった。



「少し目を閉じてもらえます? ――――はい、目を開けても大丈夫です」



 目の前から一瞬で姿を消された守役様。すごい……。

 そして俺が監視されていた事実もまた蘇ってきた。あああ……!





「――失礼するわね。アルバートはきちんと自己紹介したの?」



 ノックをして扉を開けた第一声がそれなのか。



「したよ……」



 ヤマ様の前で姉と話すのが何だか気恥ずかしい。



「今夜の食事はカリプスに合わせて豪勢にするから。お父様達を呼びに行ってくれない?」


「……今から?」


「そうよ」


「俺達これからユラーハンの使者と会食なんていう用事があるんですよ~」



 嫌そうな顔をしているカセル。



「そうなの? じゃあしょうがないわね。まあ、人生経験だと思って楽しんできなさいよ」



 そう言いながら、姉はもう俺達には構わずにヤマ様を部屋から連れ出そうとしている。

 馴れ馴れしくお体を触っている姉に思わず声をかける。



「姉さん……!」


「なに?」


「あのヤマ……チカさんを……」

「俺達仲良く話してたんですけど~」



 カセルが助けてくれた。



「遅れないようにもう出掛けなさい。――それに部屋に長い間女性1人なんて心細いでしょう? まったく気が利くんだか利かないんだか分からない子達ね~」



 ヤマ様には優しい顔で、俺達には怒った顔をする姉。

 その通り過ぎて言い返せない俺達。



「楽しいお話をありがとうございました」



 去り際にこちらを向いて口を動かしたヤマ様。

 そして扉は閉まった。





「…………は~」



 思わず出るため息。



「ヤマ様、また後でって仰ってたぞ」


「……そうなのか?」


「さっさと終わらせて帰ってこようぜ~。俺も泊めてもらえるかな~」



 楽しそうなカセル。その時――



「えっ!?」



 足元に衝撃を受けた。



「なんだよ」


「今何かにぶつかったような……」



 確認するが何も変わったところはない。しかし次の瞬間、扉が開いた。

 家族の誰かだろうとは思ったが、誰も現れる気配がない。



「……なんだ?」



 廊下を見渡すが誰もいない。そしてまた――



「あっ……扉が閉まった!」



 そう、誰もいないのに目の前で扉が閉まったのだ。しかも閉まる直前にまた足元に衝撃が。







「――守役様だな」


「……あ……」



 カセルの言葉に納得する。



「いいな~お前だけ」


「……会話は守役様に筒抜けなんだからな」


「そうだな。でも別に失礼な事言ってないしな~。それはそうとお前さ、逃げた後どうしてたんだよ? ずっとあそこで待ってたのかよ?」








 子供っぽいとは思ったが、その質問にはしかめっ面をして沈黙を貫き通す。

 絶対誰にも言うもんか。








次回視点戻ります。

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