あなたは伝説をその目にするとか言われたい
「あ! この2個だけは売れないんでした。すみません……」
「いいわよ! まだたくさんあるし」
「ありがとうございます」
アレクシス親分の後をついて行く途中で慌ててお店に戻る。
「何度もすみません。これ、売っても食べても良いのでどうぞ。体をお大事に。ありがとうございました。じゃあ……!」
何か言われる前に走って店を後にする。言い逃げである。
「言い逃げしてきました」
急ぎ待っていてくれた親分のもとに戻り報告する。
「素敵な人達よね」
「とても優しかったです」
「奥さんの作るものが好きでね~。赤ちゃんの靴下も買っちゃったし、使う時が楽しみだわ」
アレクシスさんと穏やかに会話しながらのんびりと歩いて行く。
それにしてもこの美人様は良い匂いがするなあ。
「――――そうなんです。今回美味しいものが収穫できたので神の社に拝謁ついでに商いをと」
「そうなの? ふふ。……じゃあ家に着くのを楽しみにしてて! 驚くと思うわ」
こちらを見て意味ありげに微笑んでくるアレクシスさん。
「なんだろう? 楽しみです。――急にお邪魔する事になったんですがお家の方達は大丈夫ですか? 私他国の人間ですし……」
こんなにぽんぽんと他国の印が付いている人間を家に招いて大丈夫なんだろうか。
一族の人もご家族にはいるみたいだし機密情報とか……。
「大丈夫! ご近所さんがいっぱい遊びに来てるかもしれないけど部屋は空いてると思うわ」
……その心配じゃないんだけどな。
「見ず知らずの他国の人間を招いても大丈夫なんですか?」
思い切って聞いてみる。
「それを気にしてたのね。大丈夫よ! ヤマチカちゃんは変な感じはしないし、万が一何か企んでいても私達には勝てないと思うわ」
「それはそうでしょうけど……」
「力以外の方法をとろうとしても家族は――特にお祖母様なんだけど、毒物にも詳しいから出し抜けないと思うし」
……私はとんでもない家に飛び込んでいこうとしているようだ。
「では安心して……という言い方も変ですがお願いします」
その後は、悪い奴に襲われそうになった時の心構えを教えてもらいながらアレクシスさんの家に向かった。
何はともあれ逃げる事を優先ですね、親分。
捕まった時の拘束の外し方を教えてもらっている際、向こうから急ぎ足でやってきた男性がアレクシスさんに挨拶するのを目撃した。
全体的に細めで一族にしてはインパクトが弱いが、腕の感じは技の一族のような男性だった。
子分かな……? さすがだ。涙目のまま挨拶をしてそのまま去って行ったが、彼はどうしたんだろうか。
「着いたわ」
「ここです…………か……」
このタイミングでボスから驚きな発言が――
ボスが「あいつの家だ」と言ったのだ。
アレクシスさんが家の外にいる地の一族と思われる男性達と話をしている隙に急いで確認する。
「(あいつって?――びくびくしてるやつ……もしかしてアルバートさん?)」
「どうしたの? 気分でも悪い?」
「あ、いえ……! 汗をかいたのでハンカチで……」
咄嗟に取り繕いながら案内されるままに玄関をくぐる。
(よりによってアルバートさんちか~! 申し訳なさがどんどん溢れてくるんですけど……! そういや警護の人がいるって言ってたよな。アレクシスさんとどんな関係だ? あ~ここまで来たらやっぱり帰りますなんて言えないし……! ばれたら気絶しそう……。御使いのポテンシャルを今発揮しなくてもさあ……)
悶々としながらアレクシスさんの後をついて行く。
玄関は少し長めに開いていたので、みんなはそれぞれ邸内に侵入を果たしている事だろう。もしくは窓から監視。
恩を仇で返す感じになっちゃってすみません。
「ただいま戻りました」
ある部屋の扉を開け、中にいる人達に声を掛けるアレクシスさん。
「早いわね。どうしたの?」
「滅多に食べられない美味しさのカリプスを見つけまして――先に紹介します、ヤマチカさんです。今日、泊まってもらう事にしました」
アレクシスさんが横にずれると室内の人達の視線が一斉にこちらを向いた。
自己紹介というものはいつでも緊張するな……。
「はじめまして、ヤマチカです。カリプスを持ってきました。急な話で申し訳ないですが……お世話になります。よろしくお願いします……」
なんとか怪しさを出さずに自己紹介が出来た。
「まあ可愛らしいお嬢さん。初めまして、アレクシスの祖母で“理”のローザと申します」
初めに挨拶を返してくれたのは白髪の、年をとってもなお気品溢れる綺麗な女性だった。
ん? ローザ? どこかで……?
「祖父のギルバートです。いらっしゃい」
次に挨拶してくれたのは、ローザさんよりも年上に見える穏やかそうな男性。
そして次々と自己紹介をしてくれる面々。しかし、私の頭の中はそれどころじゃない。
(このおじいちゃんアルバートさんの面影がある……! 似てる! なになにどういう関係!?)
興奮を顔に出さないので精一杯。
「仕事でいないけど父と兄、あと2人の弟がいるの」
「はい……」
アルバートさんの家族構成がわかった。
確実にアレクシスさんのお兄さんではないし、弟のうちのどちらかだろう。
(あれ? ちょっと待って……という事は、目の前にいるお2人がアルバートさんのおじいちゃんおばあちゃんなわけで…………!)
頭の中をロマンス映画の映像が浮かんでは消え、浮かんでは消えてゆく。
リアルヒーロー、リアルヒロインが目の前に……!
物語の主人公達を前に少し挙動不審になってしまっていると、アレクシスさんが納得した様子で声を掛けてきた。
「ふふ、気がついた? あのハンカチは末の弟が島の神、エスクベル様の御使い様から頂いたの」
なんだかうまい具合に勘違いしてもらえている。
「そ、そうなんです……。噂には聞いていましたけどまさかこちらで見られるなんて……」
アレクシスさんのナイスパスに乗っかる。
「アレクシスさんの弟さんが拝謁許可を得ているという方なんですか? すごい……」
この知らなかったふりは恥ずかしいが、真実を知っているのは島のみんなしかいないので気にしない事にする。
「そうなの!」
「一族ではないけど人柄だけは誰にも負けない子で――」
「あとは自信をもつだけね」
ご家族を筆頭にみんながそれぞれアルバートさんを褒め始めた。
……可愛がられてるなあアルバートさん。特にヒロインのおばあちゃんはとても嬉しそうだ。
「近くで見ても大丈夫よ。その間お祖母様にカリプスの味見をしてもらうわね」
「はい……」
もともと私の手元にあったものをまた見るのもなんだが、綺麗に壁に飾られているハンカチはそれなりの品に見える。
そしてアレクシスさん達はキウイメロンの品評会を開始していた。
「あら……! とても美味しいわね……!」
「ここまでのものは食べた事が無いわね」
「ですよね? 値段を決めていないようで、どのくらいの価値があるのかお祖母様の意見をお伺いしたくて」
「これは御使い様にも献上できる出来だわ……」
話の流れが怪しくなってきた。
「お義母様、御使い様のお食事に使っていただけるようお願いしましょうよ」
「それは良い案だと思います! さっそくアルバートに――――」
……まずい。私のもとにキウイメロンが戻ってこようとしている。
こんな商売してたら詐欺罪で捕まる。
しかし私の胸中にかかわらずどんどん話はまとまってしまう。
「私達はみんなで頂く分として2つほどでいいわね。ご近所の方達で合わせて2つ。残りは御使い様に」
ほぼ私の取り分になってしまった。
(……みんなもっと食べなよ! キウイサイズの大きさなんだよ、足りないよ!)
私の心の叫びは当たり前だが届かず、みんな充実した顔で談笑を始めてしまった。
「ヤマチカちゃん、お茶が入ってるから座ってちょうだい」
「は、はい」
席に着いたところでハッと思いだした。
「無作法になるとは思いますが……私、手に傷があるので手袋はこのままでもいいでしょうか。人目が気になってしまって……」
本当に傷を負っている人に心の中で謝罪しながらアレクシスさんにお伺いをたてる。
「気にしないでちょうだい。うちでは楽しく、が作法みたいなものだから」
「そうですよ。あとで一族が調合した薬を持ってくるわね。もしよかったら試してみて」
「ありがとうございます……」
アレクシスさんの本物の慈愛の笑みはこの家で育まれてきたんだろうな。
そしてローザおばあちゃんごめん。今は無傷だけど、枝とかで顔にぴって傷が入るような出来事があれば塗り込めますから。
「カリプスの値段なんだけど、1つ銀貨1枚でどうかしら?」
幸せな気持ちのままひと口お茶を飲んだところでとんでもない攻撃が仕掛けられた。
喉がぐっとつまりお茶を吹き出しそうなところを気合いで何とかした。危機一髪。
(イメージだと銀貨1枚1万円だから……10個以上はあるから10万円以上はもらえて……)
完全な詐欺だった。
「あのー……高すぎるような……」
やんわりと意思を伝える。
結局私の所に戻ってくるキウイメロンでそんな大金を貰えない。
「そんな事ありませんよ。出すところに出したらもっと高値をつける人間もいます。――――そうね。偉そうにしている人間には金貨1枚で売りなさいな。もちろん近くに一族の人間がいて安全を確保してからですよ」
おばあちゃんの上品そうな顔、にこにことした口調からは想像できないようなアドバイスをもらった。
「はい……。それでは……大金を持ち歩くのは心配なので今日は銀貨2枚頂きます。残りはまたクダヤに来た時に受け取ってもいいですか? ご迷惑でなければ……」
「そうね……。確かに若い女性が1人でそんな大金を持ち歩いていたんじゃ心配だわ。――――証文を書くからお待ちいただけるかしら」
そう言って席を立つおばあちゃん。あ、おじいちゃんが代わりに取りに行った。
素敵だわ~。ヒーローだわ~。
「お祖母様の証文はとても効力があるから安心してね」
結局、秘伝の書のようなレアアイテムを手に入れてしまった。
「――――誰か帰ってきたようね」
クダヤのおすすめのお店をいろいろ教えてもらっていると、どこかで扉がしまる音がした。
武器屋のおすすめは熱が入っていた不思議。
(父か兄! か、もう1人の見知らぬ方の弟!)
祈りもむなしく疲れた様子で入ってきたのは見慣れた茶色い髪の彼。ああ……!
しかし、こちらに全然気がついていない。なので普段のアルバートさんを観察する事に。
(母親とお姉さんとはあんな風に話すのねー。どもってもいないし)
心の中でにやにやしていると、アレクシスさんが話をこちらに振ってきた。
「――――こちらヤマチカさん。お若いのに1人でクダヤに行商に来てるの。売り物のカリプスがとっても美味しくって――――」
あ、目があった。
あ、お茶噴き出した。
あ、カップ落とした。
あ、立ち上がった。
あ、走った。
…………逃げた。




