とんとん拍子
視点と時間が戻ります。
「すっかり朝だね……いやもう昼か……」
――私は今大森林にいる。そして寝過ごしてもいる。
「野宿なんて絶対に熟睡できないと思ってたのにな……」
予想に反して質の良い睡眠をとってしまった。
目覚めはすっきりだし爽やかな気分だ。
夜に歩いて(エンが)ここまで来たから疲れていたのかもしれない。
島でのごろごろのんびりも少し飽きてきたのでお出掛けしてみたが、計画の第一段階ですでにつまづいている。
「朝いちで乗り込む予定だったのに…………大丈夫! 今から行けばいいし!」
幸せそうに寝てたから起こさなかったと、みんなからすまなそうに言われたので少し反省。
計画のすべてが駄目になったわけじゃないし、みんなにも気を使わせてしまう。
寝てたのは全部自分のせいだもんな。
「準備出来たらひっそりと陸路に紛れ込もうか。ボスは合図お願いね」
おそらく人通りは多く難度が高くなってしまったが、いつもイージーモードで楽をしてるんだからたまには大変な事があってもいい。
ロイヤルにぱしゃりと水をかけてもらい島から持ってきた健康水をひと口飲む。
白髪の部分を上手く隠したら準備完了だ。
「よし。行こう」
前後左右をみんなに囲んでもらい歩き出す。
そして当然のようについてくる白フワ1匹。
「白フワさあ、昨日は無断外泊しちゃったし……いや、無断じゃないのか? とにかくそろそろ戻った方が良いんじゃない? これから街に行くからさ。白フワは透明化とかできないよね――うん、なら一緒には行けないね。ごめん」
今日は荷物も多いし白フワが紛れ込めそうな余裕はない。
毛がしなっとして悲しそうな白フワを撫でていると、はっとした様に突然上下に動き出した。
「どうしたどうしうわっ! ……何これ?」
急に金色の粉をまき散らしてきた白フワ。
吸い込んでも大丈夫なのこれ?
「――あーはいはい。コンフュージョンだっけ? 的な? ありがとね~。この果実食べられる? お礼にもらって欲しいな」
他者がこちらを詳細に記憶できなくなるような成分を振りまいてくれた白フワに、売るために持ってきたキウイメロンを1つ渡す。
見たものを忘れさせる魔法ではないが、これまたご都合主義の能力があったもんだ。
その白フワはふわっとキウイメロンに覆いかぶさったかと思うと空中に浮いた。そして聞こえてくるぐちゃぐちゃと何かを咀嚼する音。
……なかなかホラーな食事風景だった。
「じゃあまたね~。そのきらきらしたやつ今度ビン詰めさせてね~」
漂うように森の奥に去ってゆく白フワを見送り、気を取り直して陸路侵入ミッションを再開する。
「――今? え、ちょっと心の準備が……わ、わかった……!」
合流地点に到着し、木の陰に身を潜め人通りを観察しているとボスから侵入の指示が出た。
さりげない顔をしてうつむき加減に小走り合流を果たしたが、心臓はばくばくしている。
こんな些細な事でも手汗をびっしりかいており、世界の命運をかけた戦いには到底参加できないという事は理解できた。
向き不向きってあるよね。
重さも考慮してキイロだけを肩に乗せていたが自分の足で長距離を歩くのは久しぶりだった為、クダヤの門が見えてきた頃には疲労困憊状態だった。
(あ゛あ~疲れる……。今度から迎えに来てもらおうかな……)
お忍びの前提を根本から覆すような事を考え始めていると、人々が門前に列をなしている光景が目に入ってきた。
(入場待ちか……。どこも人気エリアは並んで待つんだな……)
ぼんやりと周りを観察しながら並んでいると自分の順番が回ってきた。
「身分証は持っているか?」
(…………きた……!)
良い笑顔で話しかけてきてくれたのは、もさあっとした髪をしている男性だった。
おそらくは地の一族のような気がする。日に焼けた笑顔がかっこいい。
「あの……持ってないんです」
「そうか。親は――いないのか」
辺りを見渡して確認してくるイケメン。親……?
もしかして若く見られてるのか……? 何故だろう、悪い気はしない。
「……はい。今は知り合いの人に面倒を見てもらってます……。でも自分が生きていくお金は自分で稼ごうと思いまして……」
使い古されたありふれた設定だが、この世界の人にはまだ通用するらしい。
真剣な顔つきになった男性が激励の言葉をかけてきた。
「そうか……! えらい! それにしても良い時に来たな。最近は森の動物達の姿が見えなくてな、道中は安全だっただろう? ――手に持ってるのが売り物か? 後で俺にも1つ売ってくれよ。よし、じゃあ手続きをさっさと終わらそうな」
思わぬところでキウイメロンが売れた。そして性格もイケメンな男性。
「は、はい。ええと、名前はヤマチカで……ユラーハンから来ました」
「良い名前をしてるな~。御使い様みたいな名前だ。――――――よし、これを街にいる間は首にかけててくれよ。顔にも印をつけるから動くなよ――できた」
ヤマ・ブランケットとヤマチカ。似た名前をつけた事を後悔しそうになったが、この男性は褒めるだけで終わったので大丈夫なようだ。
あえて、という感じがして意外と良いかもしれない。
「ありがとうございます。あの、私値段は周りのお店を見て決めようと考えていたので……。よかったら1つもらってくれませんか」
「……う~ん。カリプスは値段の差が激しいからなあ……よし、じゃあ銅貨1枚で」
そう言って銅貨を手渡してくる男性。
「え、でも……」
「今後うまいカリプスが出来たら優先して売ってくれよ。商売がうまくいくと良いな!」
なにこのスマートな対応。惚れる。さすがネコ科の一族はやるな。
キイロはぴりぴりしていたが……。爪が肩に食い込んでますよ。
お礼を言って門を後にする。
もし私が悪い奴だったらどうするんだろうとは思ったが、こんな小娘にどうこうされる一族の人間はいないんだろうなとも思う。
何はともあれ、私は正式なクダヤ入場を果たしたぞ。
(まずはキウイメロンでも売って荷物を軽くしようかな)
機嫌良く、店が集まっている市場のような場所までの案内を頼む。
(組合みたいなのがあれば面倒だけどなんとかなるかな~)
明るい未来に胸をときめかせて目的の場所に向かう。
「うわ…………」
到着した場所はとても活気のある場所だった。
様々な声が飛び交っており、まさしくこれぞ市場といった――
(忘れてたけど私こういう場所苦手だったな……。いくら安くてもこういう所で買わずにスーパー行ってたもんな……)
変な人見知りが発動して「そこのトマトください」ましてや「まけてよ~」なんて言えなかったのだ。
海外で値段交渉しながらの買い物なんてとんでもない。
(…………)
くるりと振り返りもと来た道を戻る。
「(……先に宿の手配をしてから商売を始めようと思う。うん、計画性が大事だよね。今は特別忙しい時間帯なのかもしれないし商売敵が来たら困るよね。というか商売できそうなスペースなんて無かったし、後で来た方がいいと思うんだ。という事で、宿まで案内お願いね)」
ハンカチ越しの言い訳をしながらそそくさと活気あふれるこの場から離れる。
ボスは案の定、計画的だねと褒めてくれた。
……なんかごめん。
ボスの案内で近くの宿屋に到着。気を取り直して自立した感じを出していこうと思う。
「……こんにちは。今夜泊まりたいのですが空きはありますか」
入り口付近にいた掃き掃除をしている年配の男性に声を掛ける。
「すみません、本日はもういっぱいでして……。お嬢さんお1人?」
「はい」
1軒目からこれだと出鼻をくじかれた感じがするな。まあしょうがない。
「そうかあ……。女性1人ならいくらクダヤの宿屋とはいえきちんとした所に泊まった方が良いんだが、あいにくと今のクダヤはどこの宿屋もいっぱいだろうから……」
「……神の社への拝謁ですよね?」
結果的にクダヤの経済をサポートした私。エネルギー待ってます。
「そうだな。神の持ち物にも人がつめかけているよ。――お嬢さんも?」
「はい。神の社に拝謁ついでに収穫したものを売ろうと思いまして……」
「それならなおさらきちんとしたところが良いだろうな――」
そう言ってその男性は外に出た。
「この先をずっと行くと市場が見えてくる。そこを少し行って右に曲がって――――」
道を覚えるのはみんなに任せる。
右に曲がる、のところで私の頭は覚える事を放棄した。
「――――泊まるのは難しいかもしれないが、そこの娘さんが騎士だからもしかしたら助けてもらえるかもしれない」
見ず知らずの他国の人間にも優しいおじさま。
まだ2人だけど、今日は心ときめく男性にたくさん会えてるな。
「ありがとうございます。行ってみますね」
頭を下げて宿屋を後にする。
混雑期が落ち着いたら泊まりに来ます。
私が地球に帰った後、御使いが泊まった宿屋として宣伝してもいいよ。その際は壁に虹色インクでサイン書いておきます。
「(この様子だと宿は難しそうだから今日は帰ろうか? またさっきの市場を通るみたいだし、さっさと商売を終わらせて教えてもらった宿屋に顔は出しておこう)」
勇気を出して声を掛ければクダヤの人達は優しいと思う。今のところ会話した人みんな優しかったし。
何とかなると思いたい。
面接に向かう気持ちを思い出しながら再び市場に向かった。




