トゥシャイシャイボーイ
私にひと目惚れのひとつでもしたのかと思いきや、明らかに別の女性の名前を出してきた青年。
名前は知らないので青年Sでいいや。
「エリーゼさんが気にされているんですね。そのエリーゼさんというのは……?」
「あっ、すみません! お店を明るい時間帯に手伝ってくれている子で……」
学生生活をとっくに終えているお姉さんには色々とピンときた。
「その子がカセルさんの事が好きなんですか? 若い女性によくある憧れとかではなく?」
「たぶん……。いや、きっと憧れだと思います。そうだと思います」
「ですね。若い時にはよく知りもしない見た目が良い男性に惹かれるものだと思います。特に周りが騒いでいるならなおさら。女性同士の連帯感というものです」
「そうですよね……!」
「はい。結局は身近にいる優しく頼りがいのある男性の良さに気づくと思います。――例えば仕事が出来るとか気が利くとか。それに女性は騒がしいよりは寡黙な男性の方が良いと思います」
「……そういうものですか?」
青年S、食い付いてきた。
安心して。君は気が利くよ。
「極端な好みの持ち主ではない限り大体の女性に当てはまります。あ、あとは清潔感も大切ですね」
「清潔感ですか?」
「顔の造作がいくら良くても不潔な男性は残念です。逆に、顔がそこまで長所にならない場合は身だしなみを整えるだけでも魅力は上がると」
「そうなんですか……!」
「若い頃はかっこよくても将来はそうでもない、というものよく聞く話です」
ごめんカセルさん。たぶんカセルさんはおじいちゃんになっても内面も外見もかっこいいパターンだと思う。でもこの青年に自信を持たせたいんだ。
一族のように生活力のある男性がモテる、という事実はこの際知らなかった事にする。
……そのうちカセルさんにさぐりを入れておかないとな。カセルさんとエリーゼさんが両想いだった場合は御使い権限で何とかしますから。
それにしても、ファンタジー世界に来てまで「気になる子……いるの?」なんて質問をする予定になるとは。
勝手にするんだけどね。この愛のキューピットでエネルギーが集まるかもしれないし。
そう、任務の為なんだ。しょうがない。
「ありがとうございました!」
初めの頃の態度とはうって変わって穏やかな顔で部屋を出て行くS青年。
愛想が無いのは人見知りのせいだったのか。エリーゼちゃんとうまくいくといいね。
そしてこれでうまくカセルさんとの関係を誤魔化せたと思いたい。
私とカセルさんの言う事が食い違っていたら余計怪しまれそうだもんな。
「お待たせ~。おせっかいな先輩感出てた? どうだった?」
みんなに聞くと、とても良かったと褒めてくれた。
なんでも褒めてくれるんだもんな。あんまり内容は関係ないのかもしれない。
「まだ料理はくるけどひとまず食べようか」
その後はみんなで楽しく食事をとった。
料理が届くたびに透明になるのは、だるまさんがころんだをしているような楽しさもあり新たな発見だった。
「先生、これを――」
食事を終えお金を払った後、青年がそっと包みを渡してきた。先生……?
「ええと?」
「今日は貴重なお話をありがとうございました。これパンなんですが、明日も食べられますので良かったら……」
「……わあ! ありがとうございます」
あんな雑誌に書いてある様な事で感謝されるとは。
それで先生か……。なんかごめん。
「あの、また時間があれば……」
「はい。ここの料理は美味しいのでまた来ますね」
青年Sはくしゃっとした笑顔を見せてくれた。
……これは必ず確認に来なくては。これは私の使命だ。教え子を幸せにするんだ……!
にこやかな挨拶を交わして店を出る。この後は串焼きを買えば今日のミッションは完了だ。
しかし、案内に従いのんびりと歩いていると、ボスから「あいつらがいる」と警告が。
「(あいつらってカセルさん達?)」
鼻をこすりながら口元を隠しさりげなくボスに質問する。
ボスの報告によると、よりにもよって今から行く予定の串焼きのお店の近くにいるらしい。
「(串焼きは延期、串焼きは延期。これから帰還します。ボス、人気のないところに誘導お願い)」
今度は頬のてかりを確認中の女性の振りをしながら口元を隠す。
当分お会いする事は――なんて言った上に、演技がかったお怒りの御使い劇場を見られたのだ。
恥ずかしい。どんな顔して挨拶すればいいのか。現在のオフ御使いを見られたくない。
というかひたすら恥ずかしい。
見つからないよう目立たない程度の早歩きで人気のない場所へ急ぐが、敵は中々手強いようだ。
「(こっちに来てるの!? 何? 偶然? カセルさん匂いとかで追跡できる能力は持ってなかったよね?)」
ハンカチを取り出し口に当てながら急ぐ。最初からこうすれば良かったのに……。
「(偶然なの? あ~はいはい、あのお店の話してるのね)」
どうやら彼らは串焼きを食べながら、食事をするためにあの店に向かっているらしい。
順番は逆だが予定が見事にかぶっている。
しかもこの先は大通りで曲がれそうな道はない。すれ違ったら確実に見つかりそうだ。
やつの視力を侮ってはいけない。
「(引き返して違う道の案内をお願い)」
緊張感たっぷりの脱出ゲームが始まってしまった。なんだかわくわくするぞ。
と思いきや、引き返すだけであっさりゲームクリアになってしまった。なんだよ……。
不完全燃焼すぎる。今度クダヤの町全体を利用した鬼ごっこでも提案して彼らに一緒に遊んでもらおう。
もちろんボスGPSは使わせてもらうけど。
彼等は仕事が休みの日とかあるのかな? 私は毎日暇だから予定は合わせられるぞ。
その後はのんびりと遠回りをして降り立った場所に到着。
おせっかいな先輩イベントくらいしかろくに発生しなかったけど楽しかったな。
次はお泊りイベントだ。
「チカチカさんただいま~」
ボスの背中から華麗に着地。
「ご飯美味しかった~。今日はですね――――」
あった事をつらつらとチカチカさんに報告。
「――――そうそう、私って任務が完了したらすぐ地球に送還されます?」
…………チカ……
「その感じだと融通が利くとか?」
…………チカチカ……
「あ、わかった。帰還は<地球>さんの範疇になるからチカチカさんだけじゃ決められない?」
チッカチカチカチカ!
物凄く気持ちのこもった点滅が返ってきた。
「そういや<地球>さんは先輩みたいなものでしたっけ?」
チカ……チカ……
また感情的な点滅が……。<地球>さんは悪気なく周りの人――というか惑星――に迷惑かけてそうだよな。
色々無茶な要求されてなきゃいいけど。
「今後<地球>さんとは話せたりしますか?」
チカチカチカチカ!
やっぱり。チカチカさんと話せるようになるんだからその上の項目に『<地球>さんとの対話』があってもいいよね。
「チカチカさんと話せるようになれば色々と条件を教えてもらえるって事でいいですか?」
チッカチカ!
「おしゃべりできるの楽しみです」
その後は、髪の毛のアレンジ方法を模索するという女子力の高い過ごし方をした。
髪の毛の白い部分が増えてきたので、後ろにまとめての布隠しでは結構ぎりぎりなのだ。
そんな中、みんなの頭にもそっと布を被せあご下で結んでみると身もだえするほど可愛かった。
可愛いを通り越して愛おしいレベル。もはや兵器。誰か私に写真を撮らせて欲しい。
そしてボスはごめん。サイズが無いんだわ。
「――――今日は眠くならないな~」
布を被せた(ボスは突起のひとつ)みんなをニヤニヤ見ながらベッドでごろつきはするものの、眠気は全くやってこない。
もう深夜くらいの時間帯のはずだ。そして暇だ。
「フィガの大森林だっけ? 下見でもしようかな~。やっぱり夜は危ないかな」
「ぴちゅ」
「ですよね」
危ない事なんて何もないとキリッとした顔で言われたので同意しておく。
「じゃあさ、じゃあさ、大森林探険に行こうよ」
身の危険は1つもないと実感できる探険なんてアトラクションみたいだ。ワクワクしかしない。
初探険が深夜というのも変わっていて面白いと思う。
「フォーン」
「そうだ。マッチャのあれがあったね」
安全すぎて使用する機会が無かったが、マッチャには結界というファンタジー心を刺激する能力があったのだ。
さらに安心が上乗せされてしまった。とんでもなくイージーなモードにはいつも感謝してます。
「クー」
「うん。暗かったら松明代わりをお願いするね」
「コフッ」
「疲れたら背中に乗らせてもらうね」
「キュッ」
「……そうね。木を切る必要が出たらお願いしようかな」
「キャン」
「……そっかー。唸り声で悪い奴を追い返してくれるのかー。心強いなー」
みんなからのお役立ちアピールがすごい。アピールされなくても十分伝わってるからね。
ボスも尻尾をひゅんひゅんさせながら、疲れたらくるまればいいよとアピールしてきた。
もっとすごい事がたくさん出来るのに……。控えめなアピールに愛しさしかない。
感謝の気持ちを込めてみんなの頭をはむはむしておいた。




