ある男の回想録21:縁のない話
「――食事ですか」
「ええ。両国の友好を深めるためにも、クダヤの領主であるサンリエル様と御使い様に拝謁許可を得ているカセルさん達、そしてユラーハンの代表である私達で」
「国にお戻りにはならないのですか」
物凄く興味が無さそうな領主様にもめげずに話しかけるマーリー王女。頑張っているな……。
それを止める事の出来るユリ王子は外交担当者と話をするためこの場にはいない。
御付きの人達はなんとなく困ったような表情をしているので、気持ちとしては止めたいのだろう。
ヤマ様が島にお戻りになられた後、ユラーハンのお2人は会談の続行を求めてきた。
今後の神への対応については簡単な説明程度で終えたのだが、港の執務室近くの建物の一室で俺達はマーリー王女との会談、もとい、相手をしていた。
「神の力を目の当たりにした事もあり、兄はさらにエスクベル様の事をお知りになりたいようです。特に御使い様の事を」
その発言に領主様の目がすっと細くなった気がした。
あくまでも気がする、という話だが、最近はいつも近くにいるのでなんとなく感情が読み取れるようなそうでないような……。
「御使い様に関しては特にお教えするような事はありません。こちらはお望みの品をご用意するだけですので」
「そうなのですか?」
話の矛先がカセルに向かった。
どこか幼さも感じさせる女性が、はにかみながらも一生懸命元気いっぱいに話しかけている様子は見ていて微笑ましいのだが、この王女様は俺にはいっさい話を振ってこない。
挨拶を交わした時は俺に対しても王女らしく気品に溢れた態度で愛想良く接してくれたが、どうも領主様とカセルとは違い熱というものが全くといって伝ってこない。
悪気があるわけではなく無意識にそういう態度をとっているんだろうが、俺はどういう心持ちでここにいればいいのか……。
「そうですね。お伝えした通りお優しい方ですが、神に近いお方ですので我々からは他にお教えできるような事はありませんね」
愛想良く対応しているように見えるカセルだが、実際のところはうまく流しているのが長年の付き合いからわかる。
カセルは昔から愛想は良くしても気をもたせる様な態度は絶対に取らなかった。
俺なら好意を寄せられたらついつい優しくしてしまいそうなものだが、さすが慣れている男は違う。
「マーリー王女、本日お兄様はどうされるおつもりだろうか。こちらとしても部屋をご用意する必要があるかもしれませんので」
「あ、そうですわね! 兄に確認してまいります!」
輝くような素敵な笑顔を残してマーリー王女は御付きの数人と共に部屋から出て行った。
領主様がうまく王女様を部屋から退出させたようだ。こちらもさすがだ。
「申し訳ありませんでした」
その場に残った御付きの方が謝ってきた。
「王女とはいえ使者としての任を受けておりますので、はっきりと仰っていただいても構いません」
「――――はっきりとは?」
「今回は末の王女様に思い通りにならない事もあるという事を学ばせる目的もあり、王はユリ王子の補佐としてこの役目をお与えになりました。――クダヤの方達であれば悪いようにはしないだろうとのご判断ですので、どうぞ無理なものは無理と仰ってください。もちろんユリ王子も承知している事でございます」
ユラーハンの王族教育はなかなか厳しい様だ。いきなり実地訓練か。
「国では教える事はできませんか」
「――甘い蜜を吸いたい人間はたくさんおりますから」
俺にとってはどういう事なのかさっぱり分からなかったが、領主様にはそれだけで理解できたようだ。
「そうですか。クダヤに不利になるような事態になればそれ相応の対応をさせていただきますので」
「心得ております。そのような事にはなりませんのでご安心ください」
にこやかな顔をして御付きの人は去って行った。
「あの王女様もこれから大変ですね~」
気の抜けた声でカセルが言う。
「それにしても……、王子様がヤマ様に興味を持ってしまったようですね」
カセルの言葉に領主様がふんっと鼻を鳴らした。
「拝謁を許されているのは我々のみ、だからな」
(……いや、あの、領主様も……。まあ毎回ではないけど拝謁を許されているとは言えるのか……?)
俺の心の声を読み取ったようで、爽やかな笑顔でカセルが領主様に言った。
「領主様の次の拝謁はいつになりますかね」
「……お前達も当分はないのだろう? 次呼ばれた際には私の拝謁を申し上げてくれ。その後だな……」
どことなく落ち込んだ様子の領主様。表情は変わらないが落ち込んでいるような気がする。
「随分とお怒りの様子だったからな、ふがいない我らに呆れられたかもしれない。お姿もお見せしていただけなかった。――――ミナリームには制裁を加えないと」
ぼそっと恐ろしい事を言い始めた領主様。
「我々は今神に試されているのだ。存続に値する存在なのかどうかを」
「守役様はおそらく怒ってらっしゃいましたが……ヤマ様ご本人はそこまででも。バルトザッカー隊長に装飾品についての感謝の気持ちを述べられていましたし」
「――そうだな。しかも水の族長は笑顔を向けられたと騒いでいたな。自分だけに、というのは勘違いだろうがな」
結構すぐにいつもの領主様の様子に戻ってきた。よかった。
俺もユリ王子の伝承の話を聞いてから、この先自分達はどうなるのだろうと心配になったものだ。
しかしカセルからこそっと、ヤマ様が笑顔で守役様を少し拝見させてくれたと教えてもらってからは、あまり心配する事もないと考えるようになった。少し、の意味がはじめはよく理解できなかったが……。
今神の審判を受けているにしろ、ヤマ様は俺達に友好的な態度をとってくださっているんだ。
神の御使い様が神の意思と反する事はしないだろう。
そのまま、両腕の印をご覧になられたか守役様はどちらにいらっしゃったのかと、勢いを取り戻した領主様とカセルのやり取りを聞いていると、急に領主様が言葉を切り椅子に座りなおした。
そして響いてくるノックの音。
入ってきたのはユリ王子だった。
「申し訳ありません。妹がご迷惑を……」
謝罪しながら入ってきたユリ王子。後ろのマーリー王女は泣きそうな顔をしている。
叱られたんだろうな……。
御付きの人達、族長達も続いて入って来る。
「今夜はどうされるのですか」
「よろしければ……、数日クダヤの街に滞在したいと考えております。もともと身分は伏せておくつもりでしたので街に宿をとるつもりです。国へは急ぎ手紙を頼みましたので時間はございます」
その言葉に、ぱっと嬉しそうな顔をした王女様。外交の場には1人ではまだ立てそうにはないが、可愛らしい王女様だと思う。ついつい周りも甘やかしてしまうのかもしれない。
「あ~王子様、街の宿屋は神の持ち物への拝謁者で混雑していまして……。そんな中王族のお2人を街へは……。こちらとしても知ってしまった以上、警備上の問題がありますので」
申し訳なさそうに言葉を挟んできた地の族長。バルトザッカーさんも同意している。
「ユラーハンの方々には使者として港に部屋を用意します。クダヤで過ごすなら王族と言えど他国民の印をつけさせてもらいますがよろしいですか」
「もちろんでございます。お気遣い感謝致します」
「あ、あの、それでは友好を深めるためにも――」
はにかみながらも一緒に過ごそうと提案してくる王女様。幼いながらもちゃんと女性だな。
ユリ王子と御付きの人達は領主様を期待のこもったまなざしで見ている。
賛成でなく、反対を期待しているんだろうな……。頑張れ王女様。
「――ミナリームにユラーハンの使者とクダヤの一族が友好的だと知られない方がよいでしょう。滞在は許可しましたが接触は避けられた方がよいかと」
「あ、でも食事くらいは……」
「我々も港にいるミナリームの使者たちへの対応がありますので。――理の族長、宿泊の用意が出来るまで王女を別の部屋に案内するように」
「かしこまりました」
名残惜しそうにしながらも御付きの数人と族長達に連れられて部屋を出て行く王女様。
御付きの人達の笑顔が晴れやかなのは気のせいだろうか。
「――ありがとうございます」
「いえ。こちらもやる事がありますので」
「ご厚意に甘えさせていただきます。それと、この者達だけでもクダヤの街で買い物をしても構いませんか? 私と妹は港からは離れませんので、食事なども買ってきてもらおうと思います」
どことなくいきいきとし始めた王子様。
こういうお忍びが実は楽しみなのかもしれない。
「それなら他国の人間も集まる店がありますよ。商人達がよく利用しているようで、2階には個室も用意されていますのでゆっくりできるかと。もちろん持ち帰れるよう手配も出来ます」
バルトザッカーさんがすすめている店になんとなく心当たりがあるが、違う店かもしれない。
そのバルトザッカーさんと地の族長はあっという間に御付きの人達と仲良くなったようで、食べ物の話をしながら部屋を出て行った。
「領主様、私達は一度自宅に戻ってもよろしいでしょうか。――お話の邪魔になるでしょうし」
タイミングを見計らってカセルが提案してくれた。よくやった。
「そうだな。夜には戻ってくるように。ミナリーム次第だが、数日港で待機してもらう事になるだろう」
「はい。それでは」
王子様は話を聞きたそうな顔をしていたが、うまく脱出する事ができた。
「疲れたな……」
馬車は使わずのんびりと家に帰る事に。
家に帰っても質問攻めで落ち着けない予感がしたからだ。
「俺は腹が減った」
「そうだよな……。――バルトザッカーさんの言ってた店ってあの店かな?」
「かもな」
「……俺達も食べに行くか?」
当分ヤマ様と守役様にお会いする事が出来ないので、気を使って思い出の店にカセルを誘ってみた。
「あー、この時間帯はやめとく。行くなら暗くなってからだな」
「なんでだよ」
「店の手伝いをしてるって子」
「…………ああ! エリーゼさんって子か」
カセルが店に来た事を聞いたのだろう、領主様の補佐をしているカセルに食事の差し入れがあったのだ。
もちろん俺の分もあったがついでだという事は俺が1番よく理解している。
「めんどくせーからいない時に。お前んとこの女性達かライハかスヴィも――あいつらは忙しいか」
「そうだな。特にライハはミナリームの使者達を必要以上に威嚇してるだろうしな」
「だな~。――――いつ街にお越しになるんだろうな~」
「今は街も慌ただしいからな……。しばらくは様子を見るんじゃないか?」
「あいつ余計な事してくれたな~」
「そうだな」
「見えない所で蹴り上げとけば良かったな~」
「……必死で止めてよかったよ」
「何しに来たんだか~」
「そうだな」
「…………守役様をまた拝見したいな」
「…………そうだな」
次回視点戻ります。




