思惑
突然始まった自己紹介に、揉めていた面々はぴたりと話を止めた。
そしてユラーハンの2人を探るようにじっと見つめている。
何やら深刻な雰囲気。
「ユリさんにマーリーさんですか。……お名前にお国の名が入ってらっしゃるようですが」
名前に国名が入っている点について気になったので質問する。信徒、御使い設定なのでこの場では1番発言権はあると思う。
「はい。ユラーハンの第5王子、ユリと申します。こちらは妹の第3王女のマーリー。――クダヤの方々におきましては、真実を告げず誠に申し訳ありません」
……王族が来ちゃった。なにそれ。印籠的な何かかしら。手紙に王族なんて書いてなかったけどなあ。
しかもクダヤの人にも名前を伏せてたんだ。
「クダヤの方達はご存知ではなかったと」
ちらりとサンリエルさん達に視線をやりながらどちらに対しても問いかける。
なるほど、それでさっきの雰囲気なのか。
「どのような意図がおありか。真偽はどうあれ、王族が身分を偽りクダヤに来られるとは」
「その通りでございます。重ね重ね申し訳ありませんでした。――今回の件につきましては、王が島の神に対して失礼のないようにと私達を遣わしたのですが、ユラーハンの使者は王族だという事がミナリーム側に洩れますといらぬ詮索を受けますので失礼ながら身分を偽る事に致しました」
「――風の族長、ティランと申します。ミナリームのあのフレーゲル・ミールケという男も自国の王の縁者だそうですが? ミナリームも同じような事をしているのなら気になさることはないかと。――我々も縁者にあそこまでの愚かな男がいるとは知りませんでしたが」
「縁者と申しましても実はほとんど関わりが無いといってもいい程の――――」
国同士の難しい話が始まってしまった。まずい、あくびが出そうだ。
こういう時御使いとしてはどんな立場でいればいいんだろうか。神妙な面持ちで立会人っぽく振る舞えばいいのか……。
何となく視線を彷徨わせると、カセルさんがこちらに顔を向けて同じく視線を彷徨わせていた。
すぐに守役のみんなを探しているんだとわかったが、この状況でも全然臆していないところがすごい。というか飽きたのかな。
アルバートさんは隣で真面目な顔をしてみんなの発言を聞いており、全然違う性格の2人が面白い。
「(キイロ……ロイヤル……)」
耳の良い人達に聞こえないよう囁くように2人に話しかける。口元の布がこんな事にも役立つとは。
2人はすぐに気がついてそっと体を擦りつけてきた。
「(カセルさんが暇そうだからくちばしだけちょこっと出してみて……。他の人にばれないように……)」
この私の何でもない風の装い方は結構レベルが高いと思う。
すぐさまキイロが肩の上を移動し始め、ロイヤルは膝の上に乗ってきた。重みで服にしわが出来てしまいみんなの存在に気付かれる可能性も出てきたが、この位置なら大丈夫だろうと思いたい。
そして、ロイヤルのくちばしの先端だけが宙に現れた。キイロのくちばしらしきものは見当たらないが角度的に見えないんだろう。
カセルさんは気がつくかなと見つめていると、すぐに異変に気付いたらしく目を凝らしてこちらを見つめてきた。
にやりとカセルさんに笑いかける。
「(カセルさんこっちに気が付いたみたい……。今度は足いっとく……?)」
この暇つぶしが段々面白くなってきた。するとダクスも膝の上に無理やり乗ってきて鼻だけを透明化解除してきた。狭いよ。
カセルさんは謎の物体の正体に気が付いたようで、同じくにやりと嬉しそうにこちらを見てきた。
「(これはだれの鼻でしょうか――――まずいみんな全透明で)」
みんなも巻き込んで正体当てクイズを自分なりに楽しんでいると、サンリエルさんの視線がこちらに戻ってきたのがわかった。一瞬怪訝そうにこちらを見たが、その後は特に怪しむ素振りは見られないのでばれなかったみたいだ。スリルを味わえるなこの遊びは。
「ヤマ様、ユラーハンもエスクベル様を信仰したいとの事ですが――」
急に話しかけられたがどうしよう、話はよく聞いていなかったんだ。
しかし、ボスが会話の内容を教えてくれたので助かった。本当にありがとう。
「国を挙げてというお話でしたが……、私はそれには賛同致しかねます」
「……やはりクダヤのような長年の貢献が必要でしょうか」
「いえ。年数の問題ではなく、それぞれの意思に委ねるべきだと。思想を強要する事は争いの火種にしかなりません。信仰したいならどうぞご自由に。しかし、エスクベル様を信仰しない、別の存在を信仰している方に悪意を向けないようお願いします。――――そのせいでいくつもの国々が争う事になりました。お互い干渉しない様にお気を付けください」
この世界での宗教戦争なんて見たくない。しかもその一端は私がこの世界に来た事によって引き起こされるなんて勘弁してほしい。
「かしこまりました。王に御使い様のご意思はしかと伝えさせていただきます。…………恐れながら、御使い様にお聞きしたい事があります」
「どのような事でしょう」
わかる範囲でお願いね。私もふわっとした知識しかないから。
「これまで神の島に関しては誰1人として詳細な情報を知るものはいませんでした。我々がその情報を手にする事が出来なかっただけかもしれませんが……。ましてやお住まいになっている方達がいるなど――。御使い様、なぜ今お姿をお現しになられたのでしょうか」
おお。根本的な質問をされてしまった。
クダヤの人達は御使いフィーバーで浮かれてるからその辺ストレートに突っ込んでこなかったんだけどな。この人、大人しそうな顔して結構鋭い事言ってくるあたり王子だし頭良いんだろうな。
「御使い様に向かって……!」
「それは失礼な発言かと……」
クダヤの面々が何やらヒートアップしてきた。相手王族だけど大丈夫?
「構いませんよ。――クダヤの皆さんも私の為に気を使ってくださってありがとうございます」
フォローの達人になれそうな気がする。
そして最近良く発動させている慈愛の笑みを、憤慨している豊満女子リレマシフさんに向けて放つ。
あ、恥じらい始めた。美人の恥じらいは威力があるな。
「ユリ……王子とお呼びすれば良いでしょうか」
「ユリ、で結構でございます」
「ではユリさん。なぜ今なのかお気になさるのは何か理由がおありで?」
この人達は正直すぎる書簡を送ってきたので、隠さずに教えてくれると思う。
失礼を承知で聞いてきたって感じもするし。
「はい。少し我が国の歴史について説明させていただきます――。私達王族は昔から他国と縁を結ぶ事、そして様々な情報を集める事で独立を保ってまいりました。我が城には他国に嫁いだり、養子に入る事によって得た様々な情報が集められております。その中には各地に伝わる伝承も多々ありまして――」
隣が大国ミナリームだなんて大変そうだよね。その中で独立を保ってきたなんて、王族は代々優秀な人間を輩出しているみたいだ。ユリさんも第5王子とか言ってたし、これぞまさしく高貴なるものの務めってやつなのかもしれない。
「その伝承の中にはエスクベル様のような存在について記されているものもあります。しかし……、そういった存在が姿を現す際は必ず……世界を…………」
言い淀んでいるユリさんの言いたい事がわかった。
「世界を無に還すと――」
つい呟いてしまった私の言葉に、ユリさんはばっと顔を上げ驚愕の表情でこちらを見つめてきた。
「では………やはり…………!」
え? なんか私が破壊の使者みたいな目で見られてるんですけど。クダヤの人達まで。
違う違う! 地球でもそんな感じの神話はあるし、<地球>さんやチカチカさんという惑星の意思が存在するとわかった以上、惑星運営の際にそういう破壊と創造が行われてもおかしくはないなと思っただけだから……!
「そういう事もある、という可能性でしかありません」
すかさずフォロー。
「文明の衰退や発展は、基本的にはあなた達の自由な意思が尊重されます。しかし、放っておけばそのまま破滅の一途をたどる様な世界に悪影響しかもたらさない場合、神自らその力をふるい新しい世界を創める事もある、という事ですね」
必死で地球の神話や伝承を思い返してそれっぽく説明する。あなた達とか言っちゃったよ。
「では……」
「では今この時間も我々は存続に関して神の審判を受けているという事でしょうか」
ユリさんの言葉をサンリエルさんが遮ってきた。
国のお偉いさん同士だから対等かもしれないんだけど、外交的にその態度は大丈夫なんだろうか。
「――それもあなた達が自分の意思で判断する事ですね」
今日の私はなんだか終始偉そうな感じになっちゃったな。さっさと帰って1人恥ずかしさに悶えさせて欲しい。
「――それでは私は島に戻ります。どうぞ大切なお話を続けてください」
今度こそ引き留められる前にさっと島に向かって飛び立つ。
多少強引だったがアクセサリーの件もうまくごまかせたし、神の審判の話でみんな深刻な表情になっているから良いタイミングだった。私も心に色々とダメージを受けたけどね。
去り際に目に入ったアルバートさんの心配そうな顔にさらにダメージを受けながら島に帰った。




