女優魂
アルバートさん1号2号には悪いと思ったが、ダクスの唸り声を止めることなく腰を抜かしている男性にさらに近付く。
その時、周りにいるサンリエルさん達がカタカタと小刻みに震えているのに気が付いた。
不思議に思ったがすぐにボスの力の影響だとわかった。が、厳かな御使い役を演じ切る為にも少しの間我慢してほしい。
「ミナリームの方ですね」
問いかけではなく確認の為だけに男性に話しかける。
「わ、わた、私は……!」
後ろに下がろうとするも身動きが取れずただただ怯えている男性。
素直にはいとは答えないが、私の大根役者っぷりが露呈するといけないのでさっさと話を進めさせてもらう。
周りでひれ伏している人達も人違いだとは言ってこないのできっと大丈夫だ。
「私の事をどうお考えになるかはそれぞれ自由ですが――。今回は場所が悪かったようですね」
もったいぶって神の島を見る動作を入れる。
今までに見たドラマや映画を思い出すんだ……! 私は女優だ……!
「このような神のお膝元での暴言。神はもちろん大層お怒りですが……守役達も随分と不快に感じているようでして」
にこりと笑いながら男性に話しかける。目元の部分しか見えてないと思うけどね。
そしてチカチカさんは怒りを押し出していたわけではないが、お怒りって事にさせてもらう。
すんません。
「このままですと更なる怒りを受ける事になりますので、今すぐお国に戻られてそちらでお好きに発言なさってはいかがかと――」
本気で命が危ないからさっさと帰った方がいいかも、を御使いキャラに変換する。
その男性はもとよりこの場の誰も発言しないので1人芝居のようになっていて若干恥ずかしい。
「動かせるように致しますのでご自分達の船にお乗りください」
そう告げて謎の手の演出を入れると、今まで怯えていただけの男性が急に立ち上がろうとした。
「お! お待ちく――ぎゃあ!!」
辺りに響き渡る悲鳴。
そりゃあ悲鳴も出るだろう。炎の塊が男性すれすれに飛んで行った上、無人の船が轟音と共に切り刻まれ水柱で粉砕され、一瞬でばらばらに解体されてしまったからだ。そして唸り声のBGM。
ひれ伏していた人達も思わずといった様子で燃えている残骸を茫然と見ている。
…………そんな演出はいらん。
恐怖政治みたいになっちゃたと内心おろおろしていると、ひれ伏していたアルバートさん2号君がその男性をかばうかのような位置に飛び出してきた。
「申し訳ありません!! なにとぞ命だけは……!!」
がたがた震えながらも懸命に言い募る2号君。
厳かな御使いからいつの間にか悪代官になってる。そんなつもりは全くないんですけど。
でも合いの手をありがとう。助かった。
「そうですね。ですので急ぎ国にお帰りになった方がよろしいかと――」
なるべく優しい口調を気を付けながら話しかけるが、後ろの男性は気絶してしまっていた。ああ……。
2号君がそれに気づき男性の体を揺すぶるも目を開けない。
頑張って体を起こそうとするも持ち上がらない。あ、ちょっと泣いてる。
「どなたか――この中でお力のある方、ミナリームの方を船まで運んで差し上げてください」
そう言った途端サンリエルさんが立ち上がろうとしたが、顔に汗をかいておりとても苦しそうだった。
それを見た筋肉たっぷりのバルトザッカーさんがサンリエルさんを支えながら手伝う旨を申し出てくれた。
「ありがとうございます。一族の方はお辛いでしょうからご無理をなさらないでください」
ボスに頼んでミナリームの船を連れて来てもらう。船を連れてくるなんておかしな表現に聞こえるが、本当に連れてくるから間違っていないと思う。
しかし、集まってきたすべての船は近くで見れば見るほどボロボロになっていて少し不安になる。
「いくつか減ってしまいましたが……。この船の状態でも無事にお国に戻れそうですか?」
「ひっ! あっ! も、申し訳ありません! 問題ありませ――」
言葉の途中で急に黙り込む2号君。
問題ないと答えようとしたけど、実際確認したら問題があったんだろうな。満身創痍だもんね船たちは……。
「サンリエルさん。ああ、そのままで結構ですので。――少しミナリームの方達に船を貸していただけませんか」
「もちろんでございます……」
すみません、もう少しでこの苦行は終わるからゆっくり休んでいてください。
「では――アルバートさん」
「ひっ……は、はい!」
毎度毎度ほんとごめんよ。
「港に行って船を借りてきて下さい。――どの程度の規模のものがどのくらい必要ですか」
後半は2号君に聞く。1号と2号の競演だ。
「……申し訳ありません! も、もし可能であれは自分達の船で陸路沿いに時間をかけて帰還しますので……! 航行が難しいようなら陸路で……。わ、私もそうですが……神の怒りを受けた身としては陸に近い方が……」
最後まではっきりとは言わなかったが言いたい事はわかった。
完全にトラウマを植え付けてしまったようだ。歴史書に記載でもされたらどうしよう。本当の黒歴史になってしまう。
「……そうですか。それでは、ひとまずミナリームの方達は残っている船に乗ってクダヤの港に向かって下さい。航海に必要なものはそちらで。――サンリエルさん。今回だけ特別に停泊許可を」
「はい、ヤマ様のお心のままに」
わお。お心のままに! ドラマの世界だよ。今日の私は女優だからぴったりだ。
「ありがとうございます。ではバルトザッカーさんもご一緒に同行していただけますか? 一族の方は今お体が自由に動かせないようですし」
「かしこまりました」
「バルトザッカーさんと同じ装いの方達も一緒に港に向かえるように致しますので」
そしてバルトザッカーさんは軽々と気絶した男性を肩に担ぎあげ船に飛び移る。
去り際にこそっとアクセサリーの感想と感謝を伝えると、満面の笑みで意気揚々と白い霧の向こうに消えて行った。さらば2号。
見送りを終え振り向くと、アルバートさんが所在なさげに佇んでいた。
「アルバートさんすみません。船は必要ありませんでしたね」
「あ、いえ! お気になさらずに!」
こちらはようやく舞台を終えてひと安心しているのに、じりじりと後ずさっているアルバートさん。
周りを見渡してカセルさんの近くにターゲットを定めたのか後ずさる方向を微妙に変えている。
残念ながらこちらにはすべてばれている。
「ボス、もう力を緩めてもらっていい? ダクスも声。……ああ、そういやそうだ」
ボスの指摘でユラーハンの人達がまだ残っている事を思い出した。
「まあ大丈夫かな。まだ国同士の話し合いがあるかもしれないから今のうちに元気になってもらおう」
ボスにお願いして力を緩めてもらうと、一族の人達は次々と深い息を吐き出した。
ゆっくりと回復に努めて欲しい。
「大変な思いをさせてしまいましたね」
「いいえ。エスクベル様の怒りはもっともでございますので」
サンリエルさんは多少ふらつきながらも私がいる所に近付いてくる。
いろんな人にぶつかってるんですけど……。
しかもなんでシャツを二の腕までめくっているのだろう。気合い? 会談に向けてここに萌えていいですよポイントを披露したかったのか? でもそのがっつりタトゥーは賛否両論だと思う。
「国同士のお話し中でしたね。ミナリームの方達はこちらの判断で参加できませんが、私は島に戻りますのでどうぞお話をお続けください」
「――ヤマ様、無礼を承知でお願いしたい事がございます」
お先に失礼しま~すとばかりに身をひるがえそうとしたところで呼び止められた。
それにしてもサンリエルさんはこちらを物凄く見上げてるな。首がもの凄い角度だけど大丈夫か。
周りの人達も突然のお願い発言に少しざわついている。
「どのような願いでしょうか」
「私がご用意させて頂いた装飾品をもし今身につけられているようでしたら……、ぜひこの目にそのお姿を映させていただきたいのです」
「あ! 自分だけ!」
「しっ! ちょっと黙ってなさいよ!」
緊張気味の空気に緩さが出てきた。ガルさんやるな。
それにしてもサンリエルさん。今の私は確かにアクセサリーをつけっぱなしで来たのだが、それは寒い冬の日、近くのコンビニまで買い物に行く時に部屋着にコートを羽織る様な状態で来たという事実も隠れているんだ。
今日に限ってなんで着ている服をその場で洗濯して下着で家に帰ったりしたんだろう。
そしてなんでそれらしい服装に着替え直さなかったんだろう。今の私は古き良き虫取り少年みたいな格好なんだ。タンクトップなんだ。暑くもないのになんでなんだ。
身に着けてませんで断れば良いとは思うが、さっき貰ったものを身に着けていないというのも相手に必要以上にショックを与えそうで怖い。
「むやみに私の姿を見せる訳にはいきませんので……。ですからこのような装いをしているのです」
本当の理由を隠しつつ、知らない人、特に他国の人がいるからごめんねを暗にほのめかす。
――これで引き下がってくれるかと思ったが甘かった。
「さようでございますか。――ユラーハンのおふた方、我々もこれから事後処理がありますので会談は日を改めてもらってよろしいでしょうか。お連れの方達も心配しているでしょうし、早く説明なさった方がみな安心されるでしょう。――外交担当者に族長達もだな、街に戻り事の経緯を説明するように」
急にテキパキと場を仕切り始め、きりりとした領主っぷりを見せ始めた。違う、そういう事じゃないんだ。
ほんとチカチカさんの力はどんな作用の仕方をしてるんだ。
「領主様! なんで私達まで!」
「全員が戻る必要はないと思われますが……」
「そもそも領主様の発言はお召し物を脱げとおっしゃっているようなものですよ。女性に対して失礼です」
「自分だけずるいですよ!」
「私達だってせっかく御使い様をこんなお近くで――」
「まあまあ。領主様もそのようなつもりではないかもしれないじゃないか」
どうしよう。揉め始めた。
カセルさんとアルバートさんのコンビは話に加わらずに困った顔をして眺めていたので、話し相手として馴染みの2人にすいっと近づく。すると――――
「恐れながら……発言をお許し下さい。……ユラーハンより参りました、ユリ・ユーリス・ユラーハンと申します」
「お、同じく、マーリー・マルディア・ユラーハンと申します……!」
……ん? ユラーハン?
このタイミングで小説のLINEスタンプをつくりました。
詳細は活動報告に。




