ある男の回想録20:引き金
おろおろ具合がどこか俺に似ているミナリームの使者の青年。
代表だという少し体が横に大きくなりすぎた壮年の男性の為に、わざわざ階段状の通路を設置しているのを見て心の中で応援する。
どう見ても代表の男性にこき使われている感じがするからだ。
一方ユラーハンの2人は領主様の船に到着し、設けられた席についていた。
内1人は若い女性なので少し驚く。しかも見た目の若さの割には2人とも落ち着いていて、このような場に慣れているのが窺える。
姓が同じなので血縁者なのかもしれない。
「梯子を使ってさっさと降りなさいよ。だいたい、海上での会談って言ってあるのにわざわざあんな船に乗ってくるなんて頭が悪いとしか言いようがないわね」
ミナリームに対してもうすでにいらいらし始めている水の族長。
ユラーハンの2人には聞こえていないようでほっとする。
「でもあの体では無理じゃないですかね?」
みんなが思っていても口に出さなかった事をさらっと言ってしまうカセル。悪気が無いのがなんとも。
「確かに大変そうだな!」
「まあまあ。体型は人それぞれだし、あちらにも部下に対する立場ってものがあるだろうしな。無様な姿は見せられないんだろう」
意外と技の族長が辛辣な事を言っている。無様な姿……。
地の族長の大きめの声が聞こえたのか、ユラーハンの2人はこちらにも視線を寄越してくるようになったので、なんとなく族長達の船とカセルの後ろにそっと隠れる。
そのうちミナリームの用意が整ったようで、先程の青年と不機嫌さを隠そうともしない代表の男性の2人が乗った小舟が領主様の船に接近してくる。
ミナリーム側の護衛の船も後ろからついてきているので、こちらの騎士達も守りやすい位置に移動しているのが横目に見えた。
族長達の船も傍に控える為同じく移動する。俺達も近くに行かないとな。できれば行きたくないが……。
「お待たせして申し訳ありません!」
使者の青年はユラーハンの2人にも謝っているが代表の男性はひと言も口をきかない。
領主様や俺達の表情に気が付いたのだろう、青年は申し訳なさそうに代表者の紹介を始めた。
「改めまして……私はクルト・ルーデンスで、こちらは此度の代表、フレーゲル・ミールケ様です。本日はよろしくお願い致します」
ルーデンスさんがこの場を必死でとりなそうとしているのに対して、代表のミールケという代表者はその気は全くないようだ。
会談を申し込んできたのはあちらなのに不思議な事をするな。
「ミールケ殿、ルーデンス殿、それではこちらにお掛けください」
領主様は代表の態度にも構わず淡々と話しかける。さすがだ。
「……ふんっ……。国王の縁者でもある私がなぜこのような場所で……」
「ミ、ミールケ様……!」
一気に場の雰囲気が張りつめた。
族長達は何か言いたそうな顔をしているが、領主様の手前口を慎んでいる。
あのおじさんはある意味すごい。一瞬でこうも雰囲気を変えられるとは……。
「神の島の近く、神の社の御前、これ以上おあつらえ向きな場所は無いと思いますが」
無表情のまま視線をそらさず言葉を発する領主様に、相手が少したじろいだのがわかった。
「か、神の持ち物とそちらは申しているが実際はどうだか……」
「……あ?」
ミールケの言葉に地の族長が大きな声を出した。声というか完全に威嚇だと思う。
柄がよろしくないが、実際のところ地の族長のように声を出さないまでもクダヤ側の人間は殺気立っている。それもそうだ、ヤマ様から返事をいただいておいて今さらそんな発言をするなんて……。
しかし、今まで黙っていたユラーハンのマルという女性が口を開いた。
「神の持ち物というのはいったいどのようなものからできているのでしょうか。ここから拝見した限りでは手を加えて今の形になっているようですが……」
なんの意図もなく、ただ興味があったから聞いたという感じの問いかけに緊迫した雰囲気が少し和らぐ。
それにしてもこの女性、領主様の事をずっと見ているな。両腕が原因かもしれない。
「どのようなものからできているかは我々にはわかりません。ですがこれまで見た事も聞いた事もない素材だという事は確かです」
「そうなのですか。――残念ながら我々には神は持ち物をお与え下さいませんでした」
女性に代わり、ユースという男性が言葉を返してきた。
「我々もだ! 貢物も送り返されて……。まあ届いた書簡は御使いとやらからのものか疑わしい話だがな」
また雰囲気を悪くするミールケの野郎。水の族長なんか凄まじい顔をしているし、今にも立ち上がらんばかりの地の族長の肩を技の族長が抑えている。
「あいつじゃまだな」
ぼそっとカセルがみんなの本音を代弁してくれた。もっと言っていいと思うぞ。
「届いた書簡に御使い様の印があったはずだが」
口調が戻っている領主様。御使い様に関してのこれまでの態度を考えるとそうなるのも仕方がない。
「この染料の事か? 御使いから貰ったという証に使用されているようだが……、本当にそんなものが存在するのかどうか怪しいな」
「そちらはその染料があったからこそ御使い様の存在を信じ会談を申し込んできたのでは? それとも神の持ち物を頂けなかった難癖をつける為か」
「な、なんだと……!」
「そ、そのような理由ではございません! この見た事もない染料も、島に近付けないにもかかわらず船が運ばれて行ったのも含めて御使い様の存在は疑っておりません……! ただ、御使い様に対する情報をお教え頂きたいと考えたからで……」
ルーデンス青年が必死で説明しているが、あのおっさんの態度で領主様が言った事が図星だったのは周りにも伝わってしまったと思う。言い訳にしか聞こえない。
あんな奴の下で働くなんて大変な事しかないんだろうな。今日はゆっくりと眠って欲しい。
「私達も同じような理由なのですが、ミナリームの方達が会談を申し込むとお聞きしましたので我々も参加させて頂く事にしました。――――拝謁を許可されている方達にぜひともお会いしたいと考えています」
ユラーハンのユースさんがこちらに視線をちらりと向け、また領主様に向き直る。
(おい、カセル! こっち見たぞ!)
相手に聞こえてしまうくらいの近さにいる為、心の中でカセルの背中に話しかける。
あの様子だと相手はどうも俺達の事を知っているようだが、こんな雰囲気の時に登場したくはない。
しかし――
「そ、そうだ! 拝謁を許されているという者はどこにいる!? まさか我らをたばかろうとしているのではあるまいな!?」
うるさいおじさんがまたもやいらない時にいらない事を言いだした。ほんといらない事しかしないな。
「私も拝謁を許可されたが? 常時許可されている者達は――」
ひと言余計だと思ったが、領主様の視線でカセルが立ち上がったのでそれに倣う。
カセルは軽やかに領主様の船に乗り移り、俺はカセルの手助けもありなんとか船に移る。
……最初から同乗して向かうという提案を断らなければ良かった。ひょっとすると、近くの船で待機しているだけで丸く収まるかもしれないと考えたのが間違いだった。
こんな姿を他国の人間にも見られるとは……。
「風の一族、風のカセルと申します」
「アルバートと申します……」
落ち着いた様子で挨拶をするカセルだが、俺は緊張しかしていない。
「ユース・アデートと申します。以後お見知りおきを。突然で申し訳ないのですが、神の証を頂いたという事ですが……」
うるさい人に先んじてこちらに話しかけてくるユースさん。
「はい、頂きました。触れない、とお約束して頂けるならお見せする事はできます」
「もちろん」
ユースさんが周りを見渡すと、うるさいおじさん以外の面々が同じく頷いたのでカセルがハンカチを取り出した。俺も少しだけしわしわになってしまったハンカチを広げる。
「……素晴らしいですわね……」
みな一様にハンカチに見入っている。あのおじさんでさえも凝視している。
「こ、これは……あの、御使い様には傍に控えている生き物がいると聞きましたが……、そのお印でしょうか……?」
「そうです。神の染料を使い、2人の守役様から印を頂きました」
誇らしげなカセル。そして一緒になってハンカチを凝視している領主様。何回も見ているのに……。
ルーデンスさんはとても興味がある様なので良く見えるようにした。なんとなく優しくしたい。
「私の事はマルとお呼びください――。御使い様はどのような方なのですか」
俺には見向きもせずにカセルに質問するマルさん。気持ちは分かるが分からない様にやって欲しい。
「お優しい方です。我らにお願い事をされる際も気を使ってくださいますし、皆が健やかに暮らせるようにと――「何が健やかだ。御使いだ」
突然立ち上がり、カセルの言葉を遮ってきたミールケ。いい加減にして欲しい。
「――何か?」
笑顔で問いかけるカセル。しかしぴりぴりした何かが伝わってくる。
「本当にそいつは御使いなのか? 神を誰かが見たのか? クダヤにばかり宝を寄越すなど神の使いとはとても言えない行いだと思わないか? そもそも女だと? どうせ見目の良い男だけを島に呼び寄せてるただの――――」
最後まで言わせず、カセルと領主様が一瞬のうちにミールケに詰め寄った。何が起きたか俺にはすぐ分からなかった。
族長達もこちらの船に飛び移って来ていたようで、剣を鞘から抜く音が後方から聞こえる。
そして海中から姿を現し、こちらを包囲する水の一族。
他国の護衛達は慌ててこちらに来ようとするが、領主様の行動を見た水の一族、クダヤの騎士達がそれを許さない。
「な……! こんな……、私は……!」
ミールケの奴は驚きすぎてうまく言葉も出てこないようで、口をぱくぱくさせている。
「我らの神、エスクベル様の御使い様を神の社の前でよくもそのように言えたものだな。……死にたいようだ」
「……ひっ!」
領主様の言葉に腰を抜かすルーデンスさん。
手を貸したいが、こちらもそれどころじゃない。このままではミナリームと戦になってしまう。
ユラーハンの2人も蒼白な顔でこのやり取りを見ている。
いつもはミナリームの言いがかりも受け流しているのに、今回はみな外交の事など頭にないようだ。
一族は特にそうなので、ヤマ様を侮辱され相当頭にきているらしい。俺もかなり腹は立てているが、他国の使者の命を奪うなんて事はあってはいけない。
どうしたら――と必死で考えを巡らせていると、視界が突然真っ白になった。
「え…………」
そしてすぐさま耳が割れるような轟音が聞こえ、体全体に衝撃がはしる。
「う、わ……!」
耐え切れず船に倒れ込む。目を閉じ、体を縮めて衝撃を必死でやり過ごす。
音が止みしばらくすると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
慌てて体を起こし声のした方に視線を向けると、ミナリームの船団から煙と共に火の手が上がっていた。
次回視点戻ります。




