ある男の回想録19:対面
両腕を露出して今の時期には寒そうな領主様にカセルが質問をした。
「私達も参加という事でよろしいしょうか」
「そうだ。――――そうだな、証も携えておくように。同じ染料で何かを書かれたという事であれば連中も信じざるをえないだろう」
もっともな事を言っているのだが、神の証を見たいだけではないかという気がしてくるのはなぜだろう……。
証を持って来るため急いで港に戻り家に向かう事に。
港付近は臨戦態勢の騎士が早くもたくさんいて、皆一様に恐ろしいほどのやる気に満ちている。
クダヤの住民で本当に良かった……。
そんな人達の視界に入らない様に、領主様の用意してくれた馬車に急いで乗り込み家に向かう。この様子だと遅れるといつもの族長に加えたくさんの人達からお叱りを受けそうだ。
「じゃあなアルバート! お前馬車を使って先に港に戻れよ!」
俺の家に到着した途端、馬車から飛び降りて走りだそうとするカセルを慌てて引き留める。
「お前はどうするんだよ!?」
「走って行く」
「走るのか!?」
「本気出せば馬車より速く走れる気がするんだよな~。今は!」
馬車の御者がいるので詳しい事は話せないが、強化された神の力の事を言っているのはすぐにわかった。
なのでカセルの好きにさせる事にした。
「気をつけろよ」
「じゃーな!」
カセルの姿はあっという間に小さくなっていく。確かにいつものカセルより速い。地の一族にも匹敵しそうなくらいだ。
ついカセルが去っていくのを眺めていたようで、はっと我に返る。
「すみません! すぐ戻ってきますので!」
慌てて玄関に向かう。
警護の人達が何事かとこちらを見ているが、説明は御者に任せた。
少し乱暴に扉を開け居間に飛び込むと、家族と近所の人達が集まってお茶を飲んでいた。
「アルバート! 無作法ですよ! …………どうしたの?」
俺の様子がおかしいと気が付いた母が神妙な顔をして尋ねてきた。
祖母も真剣な表情をしてこちらを見ている。情報はまだここまで届いていないようだった。
「証を……! ミナリームとユラーハンが……!」
慌ててしまって言葉がうまくまとまらない。
しかし、それだけで祖母は理解したようだ。
「ミナリームとユラーハンが神に書簡をお送りしたという話は聞いていたけれど……。あんな態度をとっておきながらこちらに接触してきたという事かしら」
「そうなんだ! 会談を要求されて俺達も連れてくるようにって……! だから証を……」
その話を聞いていた近所の人達がゆらりと立ち上がった。
「アルバート、俺の剣を持って行くか?」
「私のでも良いわよ。小さい方が使いやすいでしょう?」
「えっ!? 必要ないですから……!」
なぜか部屋にいる面々はみな静かに闘志を漲らせているように見える。
「何言ってるのよ。あのミナリームなのよ? どんな卑怯な真似をしてくるか――」
母の言葉になぜかこちらが間違っているような錯覚を受ける。
そして先程までいた姉の姿が消えている事に気が付いた。嫌な予感しかしない。
「と、とにかく! 会談は神の社の近くで行うらしいから、変な動きをしたらこっちまで神の裁きを受ける事になるよ!」
「あら、そうなの。いっその事ミナリームの自称お偉い方達が馬鹿な事をしでかしてくれないかしら」
「何かあったら海に飛び込むんだぞ」
「カセルの後ろに隠れるのでもいいからね。素手で立ち向かっちゃだめよ?」
みんなが好き勝手言っている中、祖父が額装されている神の証のハンカチを壁から取り外そうとしてくれていた。
「じいちゃんありがとう……」
「急いでるんだろう? 気をつけてな」
ハンカチを取り出し懐にしっかりとしまう。
「じゃあ行ってきます!」
「私達も後で向かうから安心なさい」
全然安心できないと思ったが、言葉では母に勝てる気がしないので聞かなかった事にして玄関に向かって走っていると、階段から姉が降りてきた。
「後で向かうから安心なさい」
ドレスから動きやすい服装に着替え、腰に見た事のない武器を装着した姉を見て俺は頷く事しか出来なかった。そして、不意に義兄の困った顔が浮かんだ。ごめん。どうする事もできない。
玄関を出ると、警護をしてくれている地の一族の人達が話しかけてきた。
「神の証を持っていくんだろう? 守りは任せてくれよ!」
「え? ……は、はい」
「それじゃあ飛ばしますよ~!」
御者の人までやる気だ。
なんでみんなこんなにやる気なのか、やっぱり俺がおかしいのかともやもやしながら港に戻った。
港に到着しお礼を言って馬車からおりる。
辺りには先程より人が増えていた。心なしか女性も動きやすそうな服装をしている様に見えてしまうのは気のせいだろうか。
きょろきょろと辺りを見渡すがカセルのあの赤い髪は見当たらない。
仕方がないのでいつもの建物に向かおうとすると、物凄い速さでこちらにやってくる豪華な馬車が目に入った。
「ありがとうございました~」
そう言いながら馬車から降りてきたのは探していたカセル。
「まったく! 馬車も使わず走ろうだなんて自分の一族を間違えたのかしら」
文句を言いながら続いて出てきたのは理の族長だった。
何があったかすぐ理解できてしまう。そして結局は怒られるという事も理解できた。
あまり近付きたくは無かったが、勇気を出して歩いて行く。
「アルバート、神の証はきちんと持ってきたんでしょうね? ローザにはきちんと知らせたの?」
矢継ぎ早に質問してくるイシュリエ婆さん。怒られたくなかったのでしおらく返事をし、そのまま警護の人達も一緒にぞろぞろと船のところまで移動する。
領主様の元には、使者への対応を任された3人の族長達がすでに集まっていた。
そして目につく背の高い義兄。心の中で謝っておく。
「領主様。連れてまいりましたわ。……腕はどうされたのですか?」
「どうもしないが。――ジーリ、族長とバルトザッカーに会談に向かうと連絡を」
「はい!」
すぐさま走り去っていく義兄。
すると、族長達はひそひそと話をし始めた。領主様の目の前で話をしており、声を潜めているとはいえ隠す気はないようだ。
「領主様はどうしたのよ」
「私達が戻ってきた時はこうなってたのよ」
「まあまあ。すぐに泳げるように準備されているんじゃないか?」
「お寒くないならいいが」
物凄く怪しまれているが何も気にしていない領主様。さっそくカセルに証を見せるよう要求していた。
俺は巻き込まれないよう、会話の切れ目を見つけて恐る恐る風の族長に話しかける。
「あ、あのティラン族長……。ミナリームとユラーハンはどのような反応でしたか?」
「まあ、予想の範囲内といったところだな」
「ユラーハンの若いのは丁寧だったけどミナリームは駄目ね! あの代表とか名乗るフレーゲルって奴の目つきが気に食わないわ!」
……風の族長に聞いたのに水の族長が事細かに教えてくれた。
こういう時の女性にはただ相槌を打てば良いとこれまでの経験で学んでいたので、ひたすら相槌を打つ。
理の族長も加わり、風と技の族長がやんわりと止めに入ってくれた時に地の族長とバルトザッカーさんが到着した。
「お待たせしました。ただいま関係者以外は神の社付近の海上へ船を出す事を禁じております」
「皆素直に従ってくれましたよ!」
「よくやった。――では社に向かうぞ」
神の社へ向かう、ヤマ様に拝謁を許された領主様をはじめとする7人と俺達。領主様の船には外交担当の一族の者達が同乗している。
少し離れた場所で船に乗り込んだ軽装の騎士が警戒をし、大勢の水の一族が海で待機している様は壮観だ。非公式とはいえこんな中やってくる事になった他国に少し同情を覚える。
騎士の中にはライハと隊長のフランシスさんの姿も見えた。
……それにしてもライハはずいぶんと険しい顔をしている。心配になりついカセルにこそっとライハの表情について話しかけると、カセルがライハを見てぷっと吹き出した。失礼な奴だ。
そして水と理の族長に睨まれる俺達。今のは確かに俺も悪かった。
「あちらの船の誘導を」
社付近に着き、領主様が指示を出す。
すぐさま水の一族の数名が泳いで消える。
この何とも言えない雰囲気の中、俺は頂いたハンカチを握りしめて神の社をじっくりと拝見していた。
日差しが少し和らいだこの時間に見る神の持ち物は、柔らかい輝きに満ちていてとても美しい。大きさ、色、形、そして重さ、このようなものはどこを探しても神の島とここにしか存在しないだろう。
以前使う事を許された同じく輝く皿、フォークなどもごろごろあるんだろうなあと物思いにふけっていると、カセルから他国の船が来たと教えてもらった。
「豪華な船が集まってる方がミナリームっぽいな」
そして自分の目でも捉えられる距離にやってきた船団。
「じゃあ少し距離を空けて2艘しかないのがユラーハンか?」
俺達の船は領主様の船と族長達の乗っている船のやや後方に位置しているので、前の船に隠れて小声でやり取りをしている。
ここからだと、相手の船がこちらに近付くにしたがって水の一族が気配を消しそっと船を取り囲むように潜っていくのがよくわかる。……知らない方が良い事もあると思う。
船に乗っている人物の顔がなんとなく見えるようになった時、領主様の乗っている大きめの船が前に進み出た。
「クダヤの領主サンリエルと申します。ご足労いただき感謝します。――会談にあたってそれぞれの代表者2名、こちらの船に用意してある席に着いていただきたい」
領主様の声が響き渡るが、相手はこちらを警戒しているのかすぐに言葉を返そうとはしない。
どうも相手国同士で様子を窺っているようだ。
しかし、ユラーハンと見られる船に乗っている男性が立ち上がり領主様に言葉を返した。
「ユラーハンから参りましたユース・アデートと申します! 突然の要請にもかかわらずこの場を設けていただき感謝致します! こちらのマル・アデートと会談に参加させていただきます!」
丁寧な挨拶を述べ、領主様の乗っている船に近付いて行く2艘の船。
それを受けてミナリーム側にも動きがあった。先頭の豪華な船から青年が梯子を使い小舟におりた後、大きな声で叫んだ。
「ク、クルト・ルーデンスと申します!! ……本日は感謝致します! あの……我らの代表と2人でそちらに参りますので今しばらくお待ちいただけないでしょうか……!? も、申し訳ありません!」
……彼をどこかで見た事があるのはなぜだろう。
どこかで会ったかなと記憶を掘り起こしているとカセルから呼ばれた。
「なんだよ?」
「なあ、あいつお前みたいだな」
「はあ? ………………あ……」
それだ。




