ある男の回想録18:事前準備
視点変わります。
「では。しばらくお会いする事はないでしょうが――」
「いつでも気兼ねなくお呼びください」
ヤマ様は遠ざかる俺達に笑顔で手を振って下さっている。
守役様達はこちらに見向きもせずにヤマ様に擦り寄っている。――いや、羽を持つ守役様はこちらを威嚇したままだ。
「当分お会いできないのか……。ほっとするようなそうじゃないような……」
ヤマ様のお姿が島に消えたところでカセルに話しかける。
「守役様も拝見できないんだぜ? なんでもいいからお呼びしてくれねーかな」
「そんなにお暇じゃないだろ」
カセルにはそう言ったもののどこか寂しさも感じる。
「なんでお前ばっかり守役様に触れられるんだろうな~? しかもあんな近くで囲まれてよ~」
「触れるというか……。俺の頭の鈍さに怒ってたんだろ」
未だに守役様には恐ろしさを感じてしまう。カセルみたいには喜べない。
「あの近さは恐ろしさしかないぞ。……そういやお前、はじめは息苦しさを感じるとか言ってたよな?」
「ヤマ様が俺達を傷つける訳ねーし、神の食べ物食べたからかな? 前ほどじゃねえんだ」
「そうか。俺には一族の力なんてさっぱりだからな――――お前ばあちゃんの話!!」
「お前また思い出し怒りかよ~!」
大笑いしているカセルが恨めしい。
「御使い様がわざわざ会いに来るわけねーよ! 正体がばれない様にあれこれ気にかけてらっしゃるんだから心配すんなって~!」
「そ、そうだよな。気にし過ぎだよな……。でもお前もう俺の家族の事は言うなよ!」
「はいはい、わかったよ」
こんなわかっていなさそうな「はい」はカセルからしか聞いた事がない。
いつものようにカセルと言い合いながら霧を抜けるとこれまたいつもの光景が広がっている。
そしていつものように領主様達の船に近付く俺達の船。
「それで」
「装飾品に関してですが、ヤマ様はもちろん、守役様達もお喜びになってさっそく身に着けてらっしゃいました」
その言葉に大喜びする族長達。特に水と地の族長。
それにしても物は言い様だなと思った。ヤマ様はある一族の装飾品に明らかに困惑していたのに、最後の上機嫌なところだけ切り取って報告とは。
「俺達の貢物になんか言ってたか!?」
期待に満ちた顔で聞いてくる地の族長。また答えにくい質問を……。
「魔物の牙と皮に驚かれていましたよ。ある守役様の角に結びつけていました」
さすがカセル、嘘はついていない。
さらに大喜びの地の族長。
それをきっかけに、自分達の用意した装飾品に対するお言葉はないのかと他の面々も詰め寄ってくる。
「皆さんのお気持ちはしっかり受け取ったと。――それと今後の料理についての指示を受けました。これまでよりも量を減らし、3日毎に送ってほしいとの事でした。時間は“黄”の時間になる前くらいですね。ひとまず明日から開始して欲しいそうです」
「それは……。我々の料理がお気に召さないという事だろうか」
心配そうな風の族長。
「いえ。おそらくはこれまでの量が多かったのかと。料理はいつも楽しみにされているようですので」
「それは良かったわ。――それでヤマ様は地図をご覧になられたのかしら?」
「ええ。皆さんのお名前も見つけられて笑顔を浮かべられていましたよ」
「まあ!!」
質問した理の族長より反応が大きい水の族長。
周りも大声は出さないまでも興奮している様子が伝わってくる。
そんな中、雰囲気が一変する言葉をカセルが発した。
「ヤマ様がミナリームとユラーハンに返事をお送りになりました。――これは先に報告した方が良いと思われましたので」
静まる船上。
「先程島から送り返されてきた船がそうか」
「はい。アルバートが代筆を頼まれました」
「御使い様は字を書けないのか? これまで届いた紙にはいろいろ書かれてあったぞ」
「そんな事はどうでもいいのよ! どんな内容なの!? あのミナリームの使者だとかいう奴、こっちをじろじろといやらしい目で……!」
怒り心頭の水の族長だが、他国民からしたら水の一族の装いには慣れていないので、ついつい目がいってしまうのもわかる。いやらしいのは良くないと思うが。
「ヤマ様は我々の文字が書けないだけかと。書簡の最後に何やら書き込んでおりましたので、おそらくは神に関わる神聖な文字かと」
「これまで私達が解読出来なかったものね?」
「はい。例の染料でお書きになっていました。――代筆した内容としては、国同士の争いを起こさないために神の持ち物は渡さない、クダヤは長年の貢献の結果だと。そして感謝の気持ちは神の社へという事ですので、これから他国民がさらに増えると思われます」
「おお……!」
「なんだ? あいつらもしかしてヤマ様に失礼な事書いたんじゃねえだろうな?」
「やはりエスクベル様は長年クダヤを見守っておられるのだ」
「見回りの数を増やさないと」
様々な意見が飛び交う。
「届いた書簡の内容はお教えいただけませんでしたが、どうもユラーハンは取り繕わずに正直な内容を書いて送ったようです。おそらくは神の持ち物をお願いしたのではないかと」
「まあ! なんておこがましい事を……!」
「なんて奴らだ!」
「それが……ヤマ様のご様子を見る限りユラーハンに悪感情は抱いていないようでした。逆にミナリームへの返信の方が、言葉は悪いですがそっけないと申しますか……。ユラーハンには丁寧にお言葉を尽くしている印象を受けました」
「正直ねえ……」
「どうせあのミナリームの事だろう、偉そうな事が書いてあったのだろうな」
みんながざわざわと他国について論じあっていると、最初に発言したきり黙っていた領主様が突然ある方向に視線を向けた。
つられて視線を向けるが特別変わったものは見えない。
「水の一族がこっちにきてるぞ」
そうカセルが教えてくれた。
他の族長達も気付いたようで、どこか緊迫した雰囲気になっている。
水の族長は異変をいち早く察知したようで、声が届く距離に近付いた所で叫んだ。
「どうしたの!?」
「ミナリームとユラーハンが会談を申し込んできています!」
泳いで向かってきたのは他国の船を監視している内の1人のようだ。
その言葉に皆は一斉に領主様を見る。
「会談か」
「はい! エスクベル様と御使い様について話がしたいそうです! 拝謁を許されている人物も連れてくるようにと……!」
その報告に皆は静かに怒り始めた。
「あら、今さら? こちらからの申し出は断ったのに……? おかしな事をおっしゃるわね」
「さすがはミナリームといったところか。随分と身勝手な言い分だな」
「休みの騎士を至急招集してくれるか」
「私達も手の空いているものは集まるよう通達しなさい」
「ユラーハンはどういうつもりなんだろうな」
俺といえば皆の怒りと突然の呼び出しにびくびくと戸惑う事しか出来ない。
「非公式なものとして対応する。こちらの用意が済み次第神の社付近に誘導しろ。神の社で怪しげな動きをすれば我らとて裁きが下るので安心してまいられよと。文句があるようなら今回の急な話は考えさせてもらう。――水と、風、技の族長もついて行くように。地の族長、バルトザッカーは会談の間、社への拝謁は取りやめる旨手配を。理の族長は外交担当者を連れてくるように」
領主様の言葉ですぐさま動き出す面々。そしてこの場に取り残された俺達と領主様。
俺達はどうするのかと指示を待っていると、領主様がこちらの船に移ってきた。
「えっ?」
「ヤマ・ブランケット様はなんと仰っていた?」
「……えっ。あの……?」
「嬉しそうに首元に巻かれていましたよ。鉱石を使用した事もお分かりになったようですし」
カセルは領主様の行動の意味にすぐ気付いたようで、すらすらと言葉を返している。
「領主様が用意したお金も身分証も感謝されておりました」
「そうか。次回の拝謁は?」
「それが……、当分はなさそうです。何かあれば船を神の社付近までお送りいただけるようですが……」
「……そうか。街にお見えになる話はしていたか」
「いえ。ですがアルバートの腕の印を近くで観察していましたので、住民として街に密かにお越しにはなるでしょう」
まずい。カセルが余計なひと言を言った。
「近くで?」
案の定、領主様はこちらに視線を向けてきた。
「どのくらいだ」
「……あの、どのくらいとは……?」
「距離だ」
「きょ、距離ですか……」
カセルは余計な事を言った事に気が付いたようだ。だがこちらを助けようとはしない。
しかも、真面目な顔をしているが口元が笑っているのは隠せていない。
「そうですね……。ヤマ様の船が近付いて来られましたのでこのくらいでしょうか……」
そう言いながら両手を力の限り横に広げた。
正直これで信じてもらえる自信は無い。全くのでたらめだからだ。少しの真実もうまく混ぜ込めない。
髪が触れそうな程近く、なんて本当の事は絶対に言えない。
嘘がばれているのか、領主様はじっとこちらを見つめたまま何も言葉を発さない。
「守役様もこちらを威嚇してらっしゃいましたから」
ここでようやくカセルが会話に加わってきた。遅い。助かったが遅い。
「一族の印も興味を持たれたようですが、私の場合は胸にありましたのでお見せする事は出来ませんでした。領主様の印を今度お見せになられては? 確か、今の立場に就かれた際に見事な印をお描きになられたと聞いた事があります。お喜びになるかと」
「そうか」
……良かった。カセルのおかげでなんとか追及から免れる事ができた。
ほっとした気持ちのまま2人のやり取りを見ていると、領主様がいきなり上着を脱ぎだした。
そしてそのまま袖の部分をめくり上げ、両腕にある印を露わにした。
「ヤマ様がいつ私を目に留めるかわからないからな」
今から印を露わにする理由がいまいち理解できないが、満足そうなので何も言わなかった。
会談が始まる前に風の族長か技の族長あたりが何か言ってくれるだろう。




