ひとつ行動するとひとつ忘れる
「…………朝か……」
天窓から差し込む明るい日差しで目が覚める。
どうも寝ているうちにみんなの部屋側のベッドに移動していたらしい。
顔をぱたんと横に倒すと、右にキイロ、左にロイヤル、頭上にエン、足元にマッチャとナナがいた。
ボスは部屋の中で丸まっているが、ダクスの姿が見えない。
「どこだ……あ、いた」
視線をぐるりと巡らすと、昨日ベッドにスタンバイした場所でお餅みたいにうつ伏せになって寝ていた。
「野生はどこに」
みんなの鉄壁の守りの中呟くと、みんなも目を開けて挨拶してきた。
「おはよー」
行儀が悪いが足でマッチャとナナの毛並みを堪能する。
エンは両手を上げてもふもふし、キイロとロイヤルは自ら寄り添ってきたので頬ずりをする。
……ここは楽園だと思う。ダクスは声を掛けても起きなかったのでまた今度。
「ボスおはよ。――そうか、もう今日だ。時間帯指定の意味ないけどまあいいか」
今回も街の人達は朝早くから元気よく海上待機しているらしい。今日は地図とアクセサリーが貰える日だ。
好きでやってるようなのであまり気にせず予定通りの時間帯に向かおうと思う。
「あ、手紙の内容考えなきゃ」
やらなきゃいけない事を思い出した。
昨日タツフグにご飯をあげに行った時に思い出したのに、その後のスローライフでまた忘れてしまっていた。
「昨日は1日中ぐうたらしてたから時間はたっぷりあったのにな……」
マッチャが用意してくれた健康水を飲みながら内容を考える事にする。
「チカチカさん、ミナリームとユラー……の国とで書簡の返信内容変えますけど大丈夫そうですか? 正直に説明するかさらっと流すかの違いなんですけど」
チカチカ
「では、クダヤは長年の実績があるので持ち物を与えました、な感じで返信しますね~」
一瞬で終わってしまった。
考える時間は特に必要なかったので、久しぶりの野菜と果実中心の朝ご飯を食べながら約束の時間までのんびりする。
途中、起きてきたダクスが自分だけ朝ご飯に乗り遅れて抗議の声を上げたりしたが、いつも通りゆったりとした穏やかな時間を過ごす。
ダクスは膝の上に乗せてご飯を食べさせたらすぐ機嫌が直った。ちょろい。
「そろそろ出よう。収穫してから砂浜に行けばいいよね」
ソファーでうとうとし始めたので眠気覚ましに早めに出る事にする。
「今日はもらったポーチでも身に着けるか」
腰ベルトに腰ポーチと、腰まわりが騒がしいが大丈夫だろう。
マッチャが手慣れた感じで準備を進めてくれるのでこっちは鏡を見て腰ポーチの位置を入念にチェックするだけで良かった。
「フォーン」
「いいよ。帰り洗濯して帰ろうか。あっ、紙とペン一式も!」
慌てて付け足す。
この忘れっぽさはなんだ。忘れるって事は自分の中であまり重要な出来事ではないのかもしれないな。
「いってきま~す。今日はお土産持って帰りますから~」
チカチカさんの優しい点滅の中出発。
生命力凄すぎの作物を収穫してから砂浜に到着。約束の時間にちょうどよい頃と思われる。
タツフグにご飯をあげながら虹色ラメを洞窟から持ってきてもらえるようにお願いする。署名をこれで書けば御使い感は出るだろう。
「じゃあそろそろ……はいはい、他国の人ね。まあ書簡の返信してないから気になるよね~。いつも通りカセルさんとアルバートさんでお願いします」
クダヤのお偉い人達が2人の近くで停泊しているのはいつもの事だが、今回は離れた所にも別の集団がいるようだ。
今回は2人が島に来る予定があったからよかったけど、今後書簡が届いた時が問題だ。
その都度呼び出し可能かいちおう確認をとっておこう。相手が断れないお願い事をするので少し気が引けるが……。
届いた書簡をさっと読み直し2艘の小舟を引き連れみんなと一緒に島の外に出ると、元気そうなカセルさんと少し緊張した様子のアルバートさんが待機していた。
そろそろ慣れてもいいと思う。
「こんにちは」
「本日もお会いできて光栄です。守役様もよろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します」
さっそく羽をばさばさしているキイロとロイヤル。ちらっと見るとみんなもそれぞれに控えめな威嚇をしていた。
これはもうある種の儀式、ルーティーンという事にしよう。
カセルさんは笑顔なのでまったく威嚇の意味がないが、アルバートさんには効果てきめんのようだ。顔を伏せてこちらを見ようとしない。
カセルさんが変わり者なのか、それともアルバートさんが小心者なのか……。どっちもかな。
「本日は先にお願いしたい事がありまして」
「はい」
「クダヤ以外の国から書簡が届きましたので返事の代筆をお願いしたいのです」
そうお願いするとカセルさんは納得したような顔をした。まあ小舟も引き連れているしな。
「ミナリームとユラーハンですね」
「そうです。ミナリームは以前少し話をお聞きしましたが、ユラーハンはクダヤからみてどのような国でしょうか」
カセルさんは少し考えた後ユラーハンについて語りだしだ。
「敵対的ではないものの、特別こちらに友好的に振る舞うわけでもなく……。ですが悪い印象はないですね。過去にもクダヤに何かを仕掛けてきたという話は聞きません。商人達も自由に行き来していますし、国境を接している大国のミナリームに目を付けられるような事は表立ってしていないというところでしょうか。クダヤよりは大きい国ですが、大国とは言い難いので。――だよな、アルバート?」
「は、はい……! ミナリームを含むその他の国と比べると友好的な部類に入るとは思います……」
「なるほど」
ユラーハンという国がぼんやりと分かってきた。
大国ミナリームに追従するわけでも反抗するわけでもなく、もしかして外交で頑張りを見せている国なのかもしれない。小さな国が生き残るのは色々大変そうではある。隣が大きな国ならなおさらだな。
「よろしければ地図もお持ちしておりますので先にご覧になりますか」
「そうですね。お願いします」
キイロが持ってきて(奪い取って)くれた地図を広げる。
ユラーハンという国は、ミナリームが接している3つの国のうち1番下側に位置していた。
「このミナリームのお隣のマケドとリンサレンスという国は――」
「ミナリーム寄りの国と考えていただければ」
カセルさんの表情で言いたい事は伝わった。
「今後この2国から神に書簡が届く可能性はありますか」
「……クダヤに何かしらの抗議はあるかもしれませんが、ミナリームの手前独断でお送りするという事は考えにくいですね」
「そうなんですね」
クダヤ側からの情報だが、大体の国の情勢は掴めた気がする。あくまでも気がする、だが。
「話は変わりますが……、他国の皆さんがクダヤに来る際はどのような道を通りますか」
私の質問の意図が分かったのだろう、カセルさんは少しニヤリとして教えてくれた。
「陸路と海路があります。フィガの大森林の海沿いを抜けて来る場合と、それぞれの港から船でくる場合です。ヤマ様の場合、フィガの大森林の中心部から密かに陸路に合流するのが自然かと。昔から中心部は神聖な場所と言われておりますのでぴったりだと思います。……付け加えるならリンサレンスの者達が通る上側を抜ける陸路より、ユラーハンの者達が多く通る下側の陸路をお選びいただいた方がよろしいかと……」
「下側ですね」
地図を指でなぞりながらルートを確認する。
とりあえずボスに大森林の中心部まで連れて行ってもらえればなんとかなりそうだ。
「ありがとうございます。――アルバートさん」
「っはい!」
期待を裏切らない反応。
「手紙の代筆をお願いしてもよろしいですか? お仕事柄、書く事に慣れてらっしゃると思いますので」
「かしこまりました……!」
なにやらとても緊張しているアルバートさんにマッチャから紙とペンが渡される。
そして何故か移動を始めるこじんまり組。キイロとロイヤルはアルバートさんが広げている紙のすぐそばに飛び移り、ダクスは船の縁に前脚をかけ威嚇をしている。
「……何やってるの?」
「ぴちゅ」
「キャン」
「キュッ」
3人とも揃って「見張り」と返された。
「…………書きにくいですよね?」
「い、いいえ! とんでもありません! 守役様が見張られるのも当然です!」
「アルバートさんが構わないのであれば……」
カセルさんはカセルさんでアルバートさんの事などまったく気にしていない様子でキイロとロイヤルを嬉しそうにじっと見ているし、アルバートさんはアルバートさんで自称見張り役と顔を合わさないようにしている。
こちらの船でもナナが首を伸ばしてアルバートさんを覗き込んでいるし、エンは寄り添ってくるし、マッチャはごろりと横になっているし。
みんなが自由に過ごしているのはわかった。もう何も言わない事にする。
「こちらで使用される決まった文言などはありますか」
「ある程度の決まった形はあると思いますが……。ヤマ様は御使い様なのでお好きになさって問題ないかと……」
「そうですか。では……『そちらの意思は確認しました』あ、これはミナリーム宛で」
「はい……あっ!」
「ぴちゅ!」
「キュッ!」
「申し訳ありません! 書き損じてしまいました……!」
おそらく緊張のあまり失敗してしまったアルバートさん。すかさずチェックを入れる2人。
「キイロ、ロイヤル、もうちょっと離れようか。近すぎて気になっちゃうよ」
何も言わないという事は不可能だった。
距離がどうこうという以前の問題で、あんなに仕事ぶりを逐一チェックされたんじゃやってられない。
嫌な上司すぎる。しかもミスは逃さないタイプの上司。2人とも文字は読めてないと思うんだけど……。
「予備の紙はまだありますから大丈夫ですよ。読めればいいので綺麗に書こうとしなくてもいいですし」
「アルバート、せっかく守役様が見守ってくださってるんだからどっしり構えて気楽にいけよ!」
「はい……」
アルバートさんはこちらに返事をした後、背中をばんばん叩いているカセルさんを恨めしそうに睨んでいた。
正しい反応だと思う。




