ある男の回想録16:忘れないからな、カセル
「俺の身長を把握してるって気持ち悪くないか」
カセルに八つ当たりしながら食事ができる店に移動する。
ヤマ様のご希望は人目を気にしなくてすむお店、との事だったので個室のある店に向かっている。
「なんだよ~。いつもと目線が違うから気付いただけだろ。この年で背が高くなるなんてすげーな!」
わははと笑いながら八つ当たりなんか全く気にしていないカセル。
度量の違いを見せつけられている気分だ。
ヤマ様は目立たないように俺達の後ろを歩かれているが、ついつい気になって何度も振り返ってしまう。
「お前見すぎ。余計目立つじゃねーか」
「すまん。でも……」
「心配すんなよ。お若く見えるけど俺達より大人だと思うぜ~」
「そうなのか? 労働に携わっていない手をされているのは分かるけど……」
「神に近い方だから見た目通りの年齢じゃないんだろうな。……お前聞いてみるか?」
「ばっ……! 絶対そんな事しないからな!」
冗談冗談と笑っているカセルを睨んでいると、いつの間にか店についてしまった。
「こちらの2階が空いているか、確認してまいりますのでお待ちください」
「お願いしま――あっ個室に窓はありますか」
「あるはずです。その点も確認してまいります」
ここは高級な店というわけではないが、団体客の為に個室が用意されており、商人達がよく利用している店だと聞いた事がある。
取引の重要な話をする事もあるだろうから、その点ではヤマ様のご希望に添えていると思う。
そのヤマ様はじっと頭上に視線を向けて時折頷いている。
守役様と話されているのだろうか。
姿が見えないので余計に恐怖感が増す。
あの水柱を起こせるほどの力を持った守役様……。
とにかくお怒りを買わないよう気を付けないといけない。
「お待たせしました。空いているようなのでこちらへどうぞ」
カセルの言葉にヤマ様は羽織っているものを深く被り直し、少し俯き加減で店内に入って行った。
店内はとても賑わっていた。
カセルがさっと先頭を歩いていくのをいくつもの視線が追いかけているのが分かる。
商人に見える客が多く、顔に印がある者もちらほらと見受けられるので、一族の特徴を持ったカセルに注目しているのだろう。
なにせ商人は情報をとても重要視している。
今日の神の島の異変についての情報をこういった場所で集めているのだと考えられる。
しかし、カセルが2階に向かうのを見て情報は得られないと悟ったのだろう、料理に向き直り談笑を再開した。
「随分見られていましたね」
案内された部屋に入り、被っていたものを取りながらヤマ様が仰った。
「他国の人間もいたようですし、一族の人間が珍しいのでしょう。商人は情報を狙っていただけだと思われます」
「情報ですか」
「主に本日の神の島の異変についてですね」
「あ! そうでしたそうでした――」
そこでヤマ様は本日の神の島の異変について説明してくださった。
「はあ。目くらましですか……」
「ちょうど神の裁きが下されて慌ただしくしているという事でしたので、ついこれ幸いとばかりに――」
少し申し訳なさそうに告げるヤマ様。
「では以前の異変も何かの目くらましだったのですか」
「以前?」
「神の島に光の柱が現れた後、島の巨木が本日と同じように輝きまして。本日とは違い、一瞬だったのですが……」
「えっ……?」
ヤマ様は驚いた顔をした後、早歩きで窓に近付き開け放った。
そして我々の理解できない言葉で窓の外のなにか――おそらく守役様だろう――に話しかけているようだった。
その間バスケットの中の守役様は、蓋を開け放ちこちらを威嚇し続けていた。
「他に何か異変はありましたか?」
窓の傍に立ったまま尋ねられる。
「そうですね……。神の島から何かが飛び上がったあと天の小路が確認できたのと――」
「すみません、天の小路とはなんでしょう?」
カセルの言葉を遮って質問されるヤマ様。
「晴れた日に短時間雨が降った後などに空に現れる小路の事です。ちょうど今日のような神の島の光と同じような色合いをしています」
「――――なるほど。その点には心当たりがあります。他にもありそうですね?」
「あの……」
珍しくカセルが言い淀んでいる。
そりゃあ遠見の装置で神の島を監視していた挙句、実はお姿を盗み見てましたなんて言えないよな。
とうとうカセルが意を決して告白しようとしたところで、ノックの音が響いた。
「っはい」
慌てて守役様を隠す位置に立つカセル。
その守役様はご自分で蓋を閉めていた。……すごいな。
扉を開けて入ってきたのはふくよかな優しそうな女性だった。
手にはジョッキや料理の皿を持っている。
「お待たせしました」
そう言いながらどんどんテーブルに並べていく。
女性の後からも、青年と少年がどんどん料理を運んでくる。
「食べきれなくてもご要望通り持ち帰れるようにしてあるから安心してね」
そう言いながらウインクしてきた。
母と同じ年代の女性の中ではウインクをするのが流行っているのだろうか……。
「後は何かあればこちらから声を掛けますので」
ヤマ様をちらちらと見ていた青年に笑顔で告げるカセル。
笑顔だが有無を言わせぬ何かが感じられる。おそらくヤマ様から意識を逸らしたいのだろう。
そのまま笑顔の女性と共に店の人間は部屋から出て行った。
「では召し上がって下さい。お飲み物もいくつかご用意致しましたので」
カセルはカセルで、先程の話を逸らすことができて少しほっとしている。
しかしヤマ様は忘れていなかった。
「お話の続きを聞いてからいただきます」
にこりと仰った。
もうどうしようもないので、カセルは謝罪しつつお姿を盗み見た事をぽつぽつと説明し始めた。
「――では私の顔だけでなく守役の姿まですでに見られていたと?」
「……はい。はっきりというわけではありませんが……」
カセルの説明にどこか落ち込んだ様子のヤマ様。
これには俺と、珍しくカセルもおろおろしてしまう。
守役様はバスケットから出て肩にとまり、優しく顔をすり寄せて慰めているように見える。
当たり前だがヤマ様には随分態度が違うんだな……。
「街での視察はばれてしまいますね……」
残念そうに呟くヤマ様。
「いえ、その可能性は低いと思います」
「でも……」
「守役様達のようなお姿は珍しいので難しいとは思いますが、実際にこの目でお姿を拝見した私達がヤマ様のお顔だけでは判断できませんでしたので大丈夫ではないかと」
「……それもそうですね。……他にその装置とやらで見ていた方は何名ほどいらっしゃいますか」
「風の一族数名と……領主様ですね」
どこか困ったような顔になってしまうカセル。
俺もなってしまう。あの食い付きようはではな……。
「サンリエルさんですか」
ヤマ様も困った顔をしていた。
「「「…………」」」
沈黙がその場を支配する。
「……まあばれたら守役になんとかしてもらいますから大丈夫でしょう」
さらっと恐ろしい事を仰るヤマ様。
守役様も同意するようにヤマ様にすり寄った。
領主様の無事を祈っておく。
「さて。こんな美味しそうなお食事をご用意くださってありがとうございます」
「お好きなだけ召し上がってください」
「無作法で申し訳ないのですが……。守役とはいつも同じように食事をとっているのでテーブルの上でもよろしいですか」
「もちろんでございます。お好きなようになさってください」
毒味以外にも普通に我々と同じような食事をとる事に驚いた。
カセルは守役様が近くで拝見できるので嬉しそうにしていた。
守役様に話しかけながら料理を少しずつ差し出すヤマ様。
その光景は、御使いと守役という関係を知らなければ、大きい鳥を飼って世話をしている女性に見える。
こんなこと死んでも口にできないが……。
「失礼」
守役様にひと通り料理を差し出すと、今度は料理を載せた皿を持って窓に近付いて行く。
そして神の言葉を話しながらフォークで料理を空中に落としていく。
「あっ!」
思わず声が出てしまった。
皿から料理を落とした事にも、それらが忽然と消えた事にも驚いたのだ。
カセルもさすがに驚いたようで、持っていたフォークをテーブルに落とした。
その音に振り返るヤマ様。
「もう1人の守役も一緒に食事を」と言いながら席に戻り料理に手を付け始めた。
楽しそうに食事をするヤマ様を見て、俺達もようやく驚きから解放され食事を続ける。
ただあの光景を見てしまい、驚きのせいで食欲は少し無くなってしまったが……。
楽しい会話をしながら(ほぼカセル)、食事は終わった。
「これらは持ち帰っても問題ないものですか?」
「はい」
「島で待っている守役達に良いお土産ができました」
嬉しそうにバスケットに持ち帰れそうな料理を詰めるヤマ様。
守役様は購入した背負い鞄に入るようだ。購入された物もあるのでぎゅうぎゅうになるけど良いのだろうか……。
「では明日、日の出とともに謝罪に来られるという事で」
「はい、そのような予定になっております」
「私が島に戻れば日の出を待たずとも船は動くようになりますのでご安心を」
そのままカセルに続いて部屋を出ようとするヤマ様
「あ、あの!」
思い切ってヤマ様を引き留める。
店を出たら目立つのを避けるためその場で別れる計画なので今しかない。
「これを……。次回街においでになる際にお使いください。大した金額ではありませんが、先程ご説明させていただいた種類のお金は入っていますので……」
どうにか言葉を絞り出す。
「ありがとうございます」
ヤマ様はとても嬉しそうに笑った。
店を出た後、ひっそりと人ごみに紛れ去って行くヤマ様をぼんやりと見つめる。
「なんだか夢のような時間だったな……。実感が湧かない……」
「楽しかったな~。守役様もお近くで長時間拝見できたし!」
カセルと今日の出来事を話し合いながら家路につく。
こんな濃密な1日が過去あっただろうか。今日だけで一生分の経験をした気がする。
なんだか充実した気分で俺の家に着いた時、カセルが真剣な表情で意味不明な事を言ってきた。
「アルバート。ヤマ様の為だから変なぼろを出すんじゃねーぞ。うまく話を合わせろよ」
「は?」
「じゃーな! また明日!」
そのまま笑顔で走り去ってゆくカセル。
なんだあいつ。
首をかしげながら玄関の扉を開けて家に入る。
「ただいま」
そう声を掛けた瞬間家中からどたばたと音が――
「おいっ! アルバートどうだった!? うまくいったか!?」
「ちゃんとエスコートしたんでしょうね? どのお店に連れて行ったのよ?」
「きちんとお送りしてきたの?」
「カセルになびかずアルバートを選ぶなんて珍しい女性ですね」
「おめでとう!!」
「あの混乱でお洋服が破れてしまったって事だけど大丈夫だったの?」
「困ってる女性を助けるとはお前も立派な紳士だな」
「お帰り」
(あいつ……!!!!)
次回視点戻ります。




