ある男の回想録15:この日の事は絶対
守役様に謎の攻撃を受けている俺。
地味に痛い攻撃なのでどうしようかとおろおろしていると、ヤマ様が守役様のくちばしを掴んだ。
……すごい。さすがは神の御使い様だ。
なにやら注意をしている様子のヤマ様。そしてこちらを向いて謝ってきた。
「申し訳ありません」
「いえ……! 何か気に障る事をしてしまったでしょうか……?」
そうお聞きするときょとんとした顔のヤマ様。
「ええと……私達の会話は……?」
「何かを話されているのは分かるのですが……。私達では理解できないお言葉ですので……」
今度は驚いた顔のヤマ様。カセルにも問いかける視線を向ける。
「話されるお言葉が聞き慣れない言語に聞こえる事があります。私共は神の言葉と認識しておりますが……」
その言葉を聞き、驚いた顔のまま空中に向けて言葉を発するヤマ様。
「今のも?」
「はい。我々には理解できない言葉です」
「そうなんですね……」
驚いた後はなにやら納得した様子のヤマ様。
先程の守役様の行動について説明してくださった。
「ご気分を害されないと良いのですが……。私が街の食べ物を口にする場合は、この者達がまず食べてから私に害が無いと判断した上で許可が下りるのです。ですがこの串焼きをひと口食べられると……、あの、私の食べる量が減ってしまうでしょう?」
恥ずかしそうに話されるヤマ様。
……すごく人間っぽい。
「お腹が空いていたもので……。それにお2人が私に危害を加えるわけはありませんし。そうしたら串焼きを買ってくださったアルバートさんにその矛先が……」
なるほど。
余計な事をするなとお叱りを受けたわけか。
「申し訳ありませんでした……」
とりあえず勝手な事をした事を謝罪すると、守役様は今度はカセルの手をつつき始めた。
「いてっ」
痛いと言っている割には嬉しそうにしているカセル。
ヤマ様が慌てて守役様を止めると少し残念そうにしていた。
なんだ? 領主様といい族長といい、一族にしかわからない何かがあるのか?
「必要なものを購入しましたら食事のできるお店に行ってみますか? そこでしたらゆっくりと確認してもらってから食べられますし」
「ぜひお願いします」
カセルの提案にとても嬉しそうなヤマ様。
持っていた串焼きをひと口守役様に差し出し、守役様の許可を得て美味しそうに串焼きを食べ始めた。
あまりにも美味しそうに召し上がるので自分の分も差し上げようとしたところ、守役様にじっと睨まれたので自分で食べた。
ヤマ様が食べ終わるのを待ち、食べ終わった串をカセルが受け取っているのを見て咄嗟にハンカチを差し出してしまった。
今は御使い様を優先するよう言われているが、もともと子供相手の仕事なので持ち歩くのが癖になっているのだ。
「ありがとうございます。後で洗って返しますね」
ヤマ様の手がこちらに届く前に、守役様がさっとハンカチを俺の手から奪い取りヤマ様に渡した。
「申し訳ありません……」
とりあえず謝っておいた。
「それじゃあ店に向かいましょうか」
カセルの言葉でまた店に向かって歩き始める。
ヤマ様とカセルが会話しながら歩いている少し後ろからついて行く。
すると、カセルに近付いてくる女性が目に入った。
「あら、カセル」
「どうしたの?」
嬉しそうに話しかける彼女達。
しかし視線はちらちらとヤマ様に向いている。
カセルがライハとスヴィ以外の女性と連れ立っているのが珍しいのだろう。
ヤマ様は視線の意味に気づいたのだろう、にこりと彼女達に笑いかけてからこちらに近付いてきた。
しかも肩が触れ合うほど近くに――
変な声が漏れそうになったが必死でこらえた。
「――近くてすみません。彼女達にカセルさんとの関係を誤解されると困りますので……」
「そ、そうですね」
その言葉を聞いてしまえば距離をとる事も憚られる。
バサバサと音が聞こえるが俺にはどうしようもない。
「顔を覚えられていないと良いのですが……。カセルさんの恋人ですか?」
「いえ……。カセルはあの通りの顔立ち、性格の上、次期族長候補ですので女性達から人気がありまして。……ヤマ様に拝謁を許されている事で更に女性達から騒がれているようです」
「なるほど。いわゆる優良物件というわけですね。――ではアルバートさんも優良物件ですか?」
「…………えっ?」
突然の問いかけに言葉を返せない。
「アルバートさんも拝謁を許されている訳ですし」
「い、いえっ。俺は一族でもありませんしクダヤの住民といっても何か特別秀でているわけでもなく、昔から女性はみんなカセルや兄さん達に目がいくので…………と、とにかく俺は違いますから……!」
混乱して言わなくてもいい事まで話してしまった。
ヤマ様に何を言っているんだ俺は。
すると、背中に人の手の感触が――
「これからですよ。大丈夫ですよ」
慈愛のこもった目で俺の背中を優しく叩いているヤマ様。
……なぜだろう、ものすごく泣きたい気分だ。
ヤマ様に慰められ励まされて身動きできないでいると、カセルがこちらに戻ってきた。
「お待たせしました。女性が買い物をしそうなお店を聞いたのですが、やはりこの時間だと閉まっているようですね」
残念そうなカセル。
あの会話の間に店の場所まで聞いてくるとはさすがだな。
「そのお店は地図にこそっと記入してもらえますか?」
「かしこまりました」
お互いニヤリとしている。
「ではお店に案内をお願いします。顔を覚えられたくないのでカセルさんの少し後をついて行きますね」
笑顔で告げるヤマ様にどこか複雑そうな顔のカセル。
女性に人気がある事が足を引っ張るとはな。……少し気持ちがすっきりした。
その後は何事もなく目的地に到着し、店に入る。
店内には物がたくさん置かれていたが、きちんと掃除が行き届いているようだった。
数人いる他の客はこちらには視線を向けてこないので少し安心する。
さっそく品定めをするヤマ様。
「他国の方もこのようないでたちで旅をしますか?」
そう小声で問いかけてくる。
「はい。よっぽどの遠方の国でない限り、旅装束はみな似たようなものですね」
「そうですか。ではまず手袋のようなものを見つけたいですね――」
雑貨屋なので数は少ないがひと通りの買い物は済ますことができた。
フードのついているマントがあったので必要なものが減ったともいうが。
「手袋にマントに靴に鞄――他に持っていないと怪しまれそうなものは?」
「私とアルバートは街から出たことがありませんので詳しくはありませんが……、水を入れるものや財布でしょうか?」
「なるほど。そうですよね」
何故だかヤマ様はうきうきとした様子で商品を探し始めた。
この買い物を楽しんでいるご様子だ。
御使い様が喜んでいてこちらとしても嬉しい。
申し訳なさそうに生活用品もお願いされたが、快く引き受けさせてもらう。
たくさんお金を預けてくれた家族に感謝だな。
「武器は持っていないのかな」
支払いをするために品物を店主と見られる初老の男性に渡すと、そう尋ねられた。
思わずカセルとヤマ様の方を振り返ってしまう。
「武器ですか?」
カセルがさりげなくヤマ様を遮るように前に出て尋ね返す。
「これらを見れば旅支度をしているのは明らかだからな。いくらクダヤの民であろうとも、身を守るための武器は持っておいた方が良いと思うよ」
これにはカセルが少し困り、ヤマ様をちらりと振り返った。
守役様が傍についているので武器は必要ないと思うが……。
「剣でしたらいくつか持っていますので、それらを身に着けるようにします。教えていただいてありがとうございます」
店主にお礼を言うヤマ様。
「これは失礼しました。勇ましいお嬢さんだったな」
穏やかに笑いながらお金を受け取る店主。
「このベルトは息子が修行の一環で作った物だが、良かったらお嬢さんに使っていただけないかな? 剣の大きさが合えばいいんだが……。もちろんお代はいらないよ」
その提案にヤマ様は大喜びした。
俺がそのベルトを受け取るとさっそく腰に巻き付け始めた。
今のお召し物には少し不釣り合いだが、嬉しそうにしているので何も言えない。
カセルも今回ばかりは怖いもの知らずな発言はしなかった。
何度も店主にお礼を言いながら店を後に。
ヤマ様は先程から上機嫌だ。
「それでは、どのような食事に致しましょうか」
「そうですね――――そういえば島の食べ物を食べて何か変わった所はありますか」
その質問にカセルと2人顔を見合わせる。
凄く美味しかったくらいで特に何の変化もない。
俺達の表情を見て変化がない事が分かったのだろう。質問の意図を説明してくださった。
「神の島で育ったものですので。神の力が満ち溢れたり、気分が良くなったりしてませんか」
その言葉を受け、カセルは人気のない路地にさっと入り込んだ。
「おいっ」
慌てて後を追う。
追って行った先ではカセルが飛び上がっていた。俺の身長ほどの高さに――。
「うっわ。すげー!」
興奮した様子で何度も飛び上がり、壁を蹴って屋根に飛び登るカセル。
「よくわかんねーけどいつもより遠くまで見える気がする!」
はしゃいでしまう気持は分かるが、静かにして欲しい。
「エルフニンジャ……」
ヤマ様の呟きについ振り向いてしまうが、にっこり笑って「何でもありません」と告げられた。
守役様との会話を邪魔してしまったようだ。
ひとしきり自分の力の変化を堪能したカセルが降りてきた。
「神の食べ物はこのような効果があるのですね……!」
「そのようです。お2人なら悪用する事もないでしょうし、活用して下さい」
お2人と言われたが、俺もそんな力が身についたのだろうか。
少しワクワクした気持ちで飛び上がってみる。――変わらない。
置かれてある木箱を持ち上げてみる。――持ち上がらない。
「…………」
この結果に絶望しかけているとカセルが近付いてきた。
「お前、背高くなった?」
「え……?」
「やっぱそうだ。背が伸びてるよお前」
「…………」
俺が落ち込んでいるのが分かったのだろう、ヤマ様が母親のような慈愛のまなざしでこちらを見ては頷いている。
大丈夫ですよ、と言われているのが言葉が無くともわかった。
泣きたい。
続きます。




