ある男の回想録14:なんて1日だ
視点変わります。
手を振るヤマ・ブランケット様に見送られ、その場から目立たないように離れた。
今だ謎の水柱の混乱でざわざわしている人ごみの中を歩きながらカセルに尋ねる。
「この後どうするんだよ……!」
「どうするもなにも希望されてるものを一緒に買いにいくしかねーだろ」
「お前なんでそんなに楽しそうなんだよ……。そもそも、なんで兄さん達からお金を預かる事なったのかまだ教えてもらってないからな? お金なんてたいして持ってこなかったから助かったけど……」
レオン兄さんのあの笑い声が非常に気にかかる。
ああいう笑い方をしている時はたいていろくでもない事が起こっているからだ。
「まあ気にすんなよ! 俺もそんなに持ってなかったら助かったわ~」
俺の疑問には答えず肩をばしばし叩いてくるカセル。
痛いし、こいつ絶対何か隠してる。
兄さんだけじゃなく家族からと言っていたし、袋の中には大金が入っていた。
家族が俺にあんな大金を預けるなんて……。絶対に何かある。
しかし、カセルを問い詰めようとしたところで辺りの物々しい雰囲気を感じて口を噤む。
道の先には、周囲に視線をやって警戒を強めている地の一族をはじめとした騎士達の姿が。
「……いつもと様子が違う……よな?」
「そうだな」
ついついカセルの後ろに下がってしまう。
そのまま騎士達の所に近付いて行く。
騎士達は俺達の顔を知っていたのか、すんなり道を開けてくれた。
その先には領主様をはじめ族長達が勢ぞろいしているのが見える。
そしてまとめて縛られて転がされている男達――。
「あの水柱見たでしょ!? あんた達のせいでエスクベル様がお怒りになってるのよ!!」
「お前達の軽率な行動で我々は神に弓引くものと見做されたかも知れないのだぞ。もちろんお前達の国もだ」
「早くこいつらを船に浮かべて神の裁きを受けさせましょうよ」
「待ってくれ!! 俺達は神に歯向かうつもりは無かったんだ……! 本当だ! クダヤが神を騙って俺達の国に侵略するつもりだって聞いて……!」
「さっきも説明したが、神の持ち物は偽物だという事を証明するために近付いただけだ……!!」
「海に戻すのだけは勘弁してくれ!」
「今さら神の存在を信じても遅いのよ」
「お前達はもう2度と国に戻れないな」
「我々の長年の神への信仰がこんな形で踏みにじられようとはな」
「どこのどいつだよそんな事言いやがるのは」
なんだかすごい事になっている。
ちらほらと柄の悪い人もまじっているし……。
街のお偉いさん達の怒りは収まらないようで、ねちねちと言葉で責め立てている。
捕まった奴らはもう泣きそうだ。自業自得なので同情はしない。
そんな混沌の中カセルが躊躇なく近付いて行くと、風の族長がこちらに気付いた。
「2人とも来たか。今すぐにでもお詫びに伺いたい所だが……。船が少しも動かなくてな」
「動かないんですか?」
「ああ。水の一族が潜ってみても何かに押し戻されるかのように進めないようだ」
これには、ヤマ・ブランケット様の守役様が関係しているだろう事はすぐに分かった。
しかしそれを告げる事が出来ない。
真実を告げる事が出来ないもどかしさを感じていると、領主様がこちらに近付いてきた。
「船に。神の社を建設中の者達がどうなっているか気になる」
そう言っていつも俺達が乗る船にさっさと乗り込んだ。
領主様も乗るんだな……。
俺達も言われた通り船に乗り込む。
試しに漕いでみるが全く進まない。
「領主様、これまでも日が落ちると船は街に戻されました。ですので明日の日の出とともに再度試してみてはいかがでしょうか」
「……そうだな」
少し残念そうにカセルの提案を受け入れる領主様。
ヤマ・ブランケット様とのやり取りを任されている俺達ならもしかして、と思ったようだったが当てが外れたようだ。
無表情なのはこれまでと変わらないようだが、神の島関連では随分感情が表に出ていると思う。
出過ぎて驚くような発言もあったが……。
「明日の日の出とともに謝罪に向かう。――海上に取り残されている者達の食料は朝まで持つか?」
「はい。明日の朝までなら余裕はあります」
「では私は港で待機しているので城での対応は任せた。その者達の背後にいる者を引き続き探せ」
「はい。クダヤのみならず神にまでたてつく愚かな行為を後悔させてやります」
迷惑をかけてきた相手への対応にいつも以上に張り切っている偉い人達。
裏で糸を引いているのはおそらく隣国の権力者だろうが、今回はすぐに影響が出る報復が待っている事だろう。
本当に相手国を傾けかねない報復をしそうだ。
これで神の島の件での集まりは解散になったので、カセルと2人でヤマ・ブランケット様と話した場所にとりあえず向かう事にした。
「ばれなくて良かったな」
「お前は少し挙動不審だったけどな」
「お前がいつも通り過ぎるんだよ」
カセルと言い合いをしながら先程の場所に到着する。
緊張しながら建物の影をそっと覗くと――
「……いらっしゃらないみたいだな」
「街を探索中なのかもな~」
そこにヤマ・ブランケット様のお姿は無かった。
「守役様が俺達を見つけてくれるらしいしな~。もう店の近くに移動しとくか?」
「そうだな。…………女性の服ってどこで買うんだ?」
「わかんねー。でも旅の服装って事だからライハの宿の近くに――だめだ。あいつに見つかるとうるさいから止めとこう」
「……遠慮もせずに話しかけてきそうだな」
店の目星はついていないがとりあえず店が集まっている場所まで歩いて行く事に。
時間も時間なので閉めている店も多いが、周りの店を確認しながら女性の服を売っている店を探す。
住み慣れた町とはいえ、意外と知らないものだ。
その後も大通りを選んで店を探す。
「そういやお前んちの家族が武器とか作ってもらうとこの近くに雑貨屋あったよな?」
「ある。あそこならまだ開いてると思う」
カセルの提案で店が決まった。
その雑貨屋に向けて歩き出そうとしたところでカセルがヤマ・ブランケット様を見つけた。
「いらっしゃったぞ」
「えっ? どこだよ?」
俺にはまだ見つけられないが、緊張感が高まってきた。
「あそこの串焼きすげー見てる。あ、残念そうにこっちに来るぞ」
「……食べたいのかな?」
「かもな。ていうか俺も腹減った。食事の前にあの騒ぎだもんな~。それにしても神の食べ物すげー美味かったな」
俺も食事の途中だったので正直お腹は空いている。そして神の食べ物は非常に美味しかった。
そこで、ヤマ・ブランケット様におすすめの食べ物を質問された事を思い出した。
「カセル!」
「なんだよ」
「ヤ……マ・ブランケット様におすすめの食べ物を尋ねられたんだ。まだお答えしてなくて……!」
小声でカセルに伝える。ヤマ・ブランケット様のお名前を聞かれるとまずい。
神の御使い様に変なものを紹介できないし、男が食べるようなものをヤマ・ブランケット様が好まれるかどうかも分からないしで結局返答できなかったのだ。
「お前まだそんな呼び方してんの? 長いから省略してくれって仰ってたぞ」
「それどころじゃないだろ。今は食べ物の話をしてるんだよ」
「俺はヤマ様だけどな~。お前もそうお呼びしろよ」
「だから……!」
全然話が噛み合わない。
しかもくだらない言い合いをしている内にヤマ・ブランケット様がこちらに向かってきている。
どうしよう。何ひとつ解決していないのに御使い様との時間が始まってしまう。
そわそわしていると、目の前に笑顔のヤマ・ブランケット様が――。
「そちらの用事はもうよろしいのですか」
「はい。お待たせして申し訳ありません」
「いいえ。お付き合いくださってありがとうございます」
なんでカセルはこんなに自然なんだ。
自然と会話し自然と店に案内をする流れになっている。
「おい、アルバートなにやってんだよ」
ぼんやりと2人を見ているうちに足が止まってしまっていたようだ。
慌てて2人に追いつく。
「も、申し訳ありません」
「いいえ」
緊張しながら笑顔のヤマ・ブランケット様のお傍に近付く。
しかし、お持ちになっているバスケットの中でバサバサと音がしたのでそっと距離をとった。
「そのバスケットですが、私の一族が以前お贈りしたものを入れていたものでしょうか」
「――美味しい食べ物が入っていました。あの贈り物は風の一族の方達が贈って下さったんですか?」
「はい。お喜び頂けたようで光栄です」
「ありがとうございます。……もしかして一族の方がこのバスケットを見れば正体がばれてしまいますか?」
「ばれないとは言い切れませんので……。代わりの物も一緒に購入しましょう」
自然な会話を繰り広げる2人の声を耳にしながら、俺は何も言葉を発せずにいた。
じっとバスケットを眺める事しかできない。
俺は必要ないんじゃないか? とか考えてるわけではない。
バスケットの蓋の隙間から守役様のくちばしが少し見えているから気になっているだけだ。
自分のふがいなさに落ち込んでいるわけではない。
悶々としながら2人について歩いていると、カセルから声がかかった。
「アルバート、あの串焼き3本買ってくれ。――――もしよろしければ試してみませんか? アルバート好きだよな? 肉の串焼き」
急に会話に加わる事になって焦ってしまう。
だが、ヤマ・ブランケット様がすごく嬉しそうな顔をしたのが目に入ったので急いで買いに行く事に。
「あ、あの、よろしければ……。あの、私が美味しいと感じるだけですが……!」
逃げるように串焼きの店に向かい、急いで串焼きを買って2人の所に戻る。
「ヤ…………マ様どうぞ」
目を合わせられなくて、うつむきがちのまま串焼きをお渡しする。
勇気を振り絞ってお名前を呼んでみた。
「ありがとうございます」
串焼きを受け取られるヤマ様。
その手の紋様をついつい見てしまう。
「手の紋様は目立ちますよね。まずは手袋を手に入れようかと」
「いえっそんなつもりでは……! 申し訳ありません!」
紋様を見ていた事がしっかりとばれていて、なんとなく恥ずかしい。ヤマ様とお呼びした事は不快に思われていないようで良かったが。
その時、バスケットの中からバサバサとこれまでにない大きな音が聞こえてきた。
「……お2人とも少しよろしいですか」
そう言いながら道の端に寄るヤマ様。
俺達もその後をついて行く。
「すみませんがこれを……」
ヤマ様はカセルにバスケットを渡し、俺達2人の陰になる場所に移動した後バスケットの蓋を開いた。
中にいらっしゃる守役様と話をされている様子のヤマ様。
その様子をぼんやりと見ていると、守役様にいきなり腹部をつつかれた。
結構痛い。
続きます。




