大義名分
犯罪者と間違われてもしょうがない方法でアルバートさんを連行する。
そのアルバートさんは何が起きたか分かっていなかったようだが、自分を引っ張っているのが女性だと気づいてさらに何が起きているのか分からない様子だった。
「な、なんでしょうか……?」
引きずられながらも手を振りほどかないあたり紳士だな。
カセルさんだと咄嗟に逃げられそうだったからアルバートさんにしておいて正解だった。
「頼みたい事がありまして」
そう言いながら建物の陰にアルバートさんを引っ張り込む。
完全に悪い奴の行動だ。
そこでようやくつかんでいた腕を離す。
「あの……?」
困惑した顔でこちらを見つめてくるアルバートさん。
「声に――」
聞き覚えがありませんかと尋ねようとしたところでカセルさんがひょっこり顔を覗かせた。
「おい、どーしたんだよ? もめ事か?」
どこかワクワクした顔で近付いてくるカセルさん。
ほんとにもめ事だったら普通はその顔で近付いてこないと思うんですけど。
それにしてもこっちは小走りだったのに追いつくのが早い。
「もめ事じゃなくて……。この人が頼みたい事があるって」
「知り合いじゃねーの?」
「いや……。もしかして会った事ありますか?」
焦った様子でこちらに聞いてくるアルバートさん。人が良すぎ。
「お2人共、お会いした事がありますよ」
にっこり笑って告げる。
「「えっ」」
驚く2人。
アルバートさんは何やら慌てているが、カセルさんは探るようにこちらを見てきた。
気付いたかな?
「いつもありがとうございます」
そう言いながら手を差し出す。
カセルさんは私の差し出した手を見た瞬間、その場に跪いた。
「え!? カセル!?」
おろおろしているアルバートさん。
「カセルさん、立ってください。――アルバートさん、ヤマ・ブランケットです」
今度はアルバートさんに向けて手を差し出す。
「……え? ……ん?」
未だに状況を把握できていないアルバートさん。
「アルバート……! ヤマ・ブランケット様だ」
少し焦ったカセルさんの声が耳に届く。
「え……、なんで……」
未だに理解が追いついていないアルバートさんにしびれを切らしたのだろう、大人しくしていたキイロがバスケットから飛び出した。
「ひいっ!!」
近距離でキイロ弾丸を肩に受けたアルバートさんは尻餅をついた。
「……失礼しました。これで信じていただけますか?」
キイロをバスケットに戻しながら尋ねる。
バスケットに戻るキイロを見て、その後こちらを見たアルバートさん。
誰が見ても分かるくらい悲痛な顔をしてその場にひれ伏した。
「も、申し訳ありません!!」
全力謝罪再び。
そして何度言っても立ち上がろうとしない。
なので多少強引な方法をとる事にした。
「今すぐ立ち上がらないと体に触りますけどいいですか」
地球だと訴えられたら負けるレベルのやり方。
「は……!」
その言葉は効果てきめんで、ものすごい勢いで立ち上がった。カセルさんも。
勝手にやっておいてなんだが、ちょっとだけ女性として傷付いた。
「驚かせてすみません。誰にも知られず手に入れたいものがありましたので……」
「……何なりと」
早くも通常運転に戻っているカセルさん。デキる男は違うね。
アルバートさんは出来なくても大丈夫。そのままオロオロで良い。
「全身を他国からの旅人の装いにしたいので、買い物に付き合ってください。――いえ、言い方が正しくありませんね。買っていただけませんか、という事です」
「はあ」
ぽかんとしている2人。
「なにせこちらの通貨を持っていないもので。あ、貰いものでも構いません。お支払いは島でとれた食べ物で――」
がさごそとバスケットから果実を取り出す。
「……いえ! お望みのものはご用意致しますから……!」
はっと気づいたようにカセルさんが答える。
「今回は内密なお願い事で、お2人の負担になると思うので良かったら受け取って下さい。――キイロ」
「ぴちゅ」
「この者も受け取るように申しておりますので」
良かったらと言っておきながら、キイロの助けを借り強引に事を進める。
キイロがバスケットの中で羽をばさばさしている音が聞こえる。
威嚇されていると気づいたのだろう、2人は恐る恐る果実を受け取ってくれた。
「身に余る光栄でございます。……ですがこの神の持ち物は私達が持っていると騒ぎになってしまいそうです」
「騒ぎですか」
「以前お与え下さった神の持ち物にこの食べ物が含まれていましたので、みな神の持ち物と知っております」
「……そうでしたか」
そんな事すっかり忘れていた。
神の持ち物をいきなり2人が持ってたらそりゃあ怪しまれるな。
「ではこちらはすぐ食べられますので今どうぞ。皮はこう剥いて――。残りの支払いは後払いでよろしいですか? 他に望みがあれば仰ってください」
有無を言わさぬおばちゃんのたたみかけ戦術をとる。
あの物怖じしない距離感の縮め方をマスターすれば怖いものなどない。
「は、はい」
2人はこちらの流れるような言葉に巻き込まれ、果実を口にし始める。
ふふふ。食べてしまえばこちらのものだ。
今さら無かった事にはさせない。全身コーディネートするまで逃げられないぞ。
ふふふと悪役っぽく心の中でほくそ笑んでいると、恐る恐る果実をかじっていたカセルさんが急にガツガツと食べ進め始めた。
「アルバート、これすげーうまい」
一気に食べ終わり満足げに報告するカセルさん。
「そ、そうだな」
アルバートさんも勢いよく食べ進めている。
「ではお支払いは果実にしますか? 3日後に会う際にお渡しすれば怪しまれないでしょうし、お家でゆっくりと味わってください」
ほほえましく2人を見ながらそう提案する。
「それが……。まだ指示は受けていないのですが……、今回の神の島の異変を受けておそらく明日、日の出とともに海上で待機する事になりそうなのです」
「あ、その異変ですが「お~い! アルバート~カセル~」
今回の異変とやらを説明しようとすると、男性の声が聞こえてきた。
「兄さんだ……!」
慌てているのだろう、アルバートさんがこちらとカセルさんとを交互に見て変な動きをし始めた。
「おい。お前の態度だと何かあったのはすぐばれる。俺が対応してくるから」
「えっ!? おい……!」
アルバートさんが止めるも間に合わず、さっと建物の陰から出て行くカセルさん。
伸ばした手が切ない。
「…………」
アルバートさんはしばらく沈黙し、はっとこちらを見てはっと顔をそらした。
心なしか距離をとった気がする。
思春期なのかな?
気分は甥っ子を見守る叔母のよう。
生暖かい目でアルバートさんを見守る。
しかし、ずっと沈黙が続くのもアルバートさん(甥っ子)が可哀想に思えたので日常的な話を振ってみる。
「食事はもうお済みですか」
割としょうもない事しか出てこなかった。
「あ、はい……いえ、違います! あの途中で神の島が――いえっ神の島のせいという訳では……!」
落ち着け。
今のはイエスかノーで答えられる質問だったぞ。
でも質問の返しからして丁寧な人なのが伝わってくる。
「食事の途中でしたか。もうひとつ食べますか?」
「いえ、お気になさらずに……!」
「そうですか。今後街で美味しいものを食べようと考えているのですが、オススメのものはありますか」
「おすすめ……!」
そう呟いたきり、あの、その、としか言わなくなったアルバートさん。
ものすごい勢いで記憶を掘り起こし、美味しい食べ物をリストアップしているのが手に取るようにわかる。
そしてそれにその都度ダメ出しをしているのも。
助け船のつもりで『好きな食べ物はなんですか』と例文のような問いかけをしようとした時、その問いかけは大声で笑う声にかき消された。
その声の主は大声で笑い続けている。
「…………お知り合いですか?」
「兄です…………」
アルバートさんの態度からなんとなく予想はついていたが、さっき声を掛けてきたお兄さんのようだ。
「……元気な方ですね」
「申し訳ありません……!」
そのまま笑いすぎて咳込んでいるお兄さんの声を聞いていると、数人がお兄さんを咎めているような声が聞こえてきた。女性の声も聞こえる。
ちらりとアルバートさんに視線をやると「家族です……」と答えが返ってきた。
いよいよ落ち着かなくなってきたアルバートさん。
その場でウロウロしだした。
この世界でも落ち着かないと同じようにウロウロするんだな~と感慨深くその光景を眺める。
「やっぱり私も行ってきます……!」
そう言いながら走りだそうとする。
すると、そのタイミングでひょっこりとカセルさんが戻ってきた。
「カセル……!」
「お待たせ致しました」
こちらに丁寧に礼を取るカセルさん。
「アルバート、これお前の家族から預かってきた。みんな家に帰るってさ」
そう言いながらカセルさんは小さな袋をアルバートさんに渡した。
「お金……? なんでだ?」
「まあまあ。細かい事はいーんだよ。それでヤマ様のお召し物を頼んだぞ」
「頼む? お前はどーすんだよ」
「俺は領主様のとこに顔を出してくるんだよ。2人とも顔を見せないとマズいだろ?」
「2人で行けば……」
「お前なあ、ヤマ様をお1人に出来るわけねーだろ?」
「なら俺が領主様の所に行けばいいだろ」
「今のお前が行っても怪しいだけだぞ」
「それはそうだけど――」
どうしよう。2人が揉め始めた。
しかも微妙に私という存在を押し付けあってるような……。
「あの、私でしたらお2人の用事が済むまで街を探索しながらお待ちしてますけど」
2人の負担にならないようにそう告げる。
服をたかりにわざわざ来ている時点で負担にはなっているだろうが、神の御使いという事で大目に見て欲しい。
そのお金を貸してもらえれば自由に買い物してますよ、という言葉はさすがに飲み込んだ。
「いえ、お1人だと危険です。守役様がいれば安全でしょうが、我らの街で御使い様のお体が万が一にでも危険にさらされることはあってはなりませんから」
きりっとした顔で告げてくるカセルさん。
私もきりっとした顔で答える。
「危険などありえません。私には――あなた達が守役と呼ぶ者がもう1名傍についていますから」
「え……」
唖然としているアルバートさんと、周りを窺っているカセルさん。
「お2人を見つけたのもその守役ですので、いったん離れてもお2人の居場所はすぐわかるでしょう」
「……ですが……」
街に来ていると知った上で神の使いを1人にする事を気にしているのだろう。
「――先程の水柱、その守役が起こしたものです」
にっこり笑って告げる。
彼らは頷くしかなかった。
次回視点変わります。




