思い立ったら吉日
実は穴だらけだったお忍び作戦にどうしようどうしようとその場でウロウロモフモフしていると、ダクスが穢れのない目でこちらを見上げてきた。
「キャン」
「……え? なんでばれるといけないか? そりゃあ自称神の使いだし……。大体こういうのはバレちゃダメなパターンなんだよ。大騒ぎになるでしょ」
「キュッ」
「あいつってサンリエルさん? あの人に頼むと全力で特定されそうで怖いんだよね……」
「ぴちゅ」
「あいつら……。カセルさんとアルバートさんもちょっと……。……いや、それありかもしれない」
あの2人なら――特にアルバートさん――こっちにそこまで興味無さそうだからわざわざ頼んだ服や鞄からこちらを特定しようとはしないと思う。
それに街で新しいものを買ってしまえばもうバレる心配はないだろう。
「あー。でも会うの3日後なんだよね。クダヤの身分証が出来る前に1回こそっと行ってみたかったんだけど……」
「クー」
「呼び出す? それはかわいそ――――ボス、今街って慌ただしい感じ?」
閃いてしまった。
「ふんふん。それもうちょっと慌ただしくできる? 神の島に意識を向ける感じで」
チッカチカ!
「うわっ。え……、チカチカさんがするんですか? 慌ただしく?」
チカチカチカ!
チカチカさんが急に参戦してきた。
張り切ってる気がするのはなんでだ。
「あんまり無理のない感じでお願いしまーす……」
チカチカさんが張り切ってるから断れなかった。
「よし。じゃあボス、私を街の上空まで連れて行って欲しいんだけど。で、神の島にみんなの意識が向いてる時にこそっと街の中に入っちゃおう。暗いから大丈夫だと信じてる! そこからカセルさんかアルバートさんを見つけられれば手っ取り早いんだけどな~」
完全にたかりに行く気である。
いちおう服やその他もろもろの代金として神の島産の何かは持っていく予定だ。
「顔バレとか気にしすぎてたらなんも出来ないしね。あの2人ならもういいや」
勝手にハードルを上げて勝手に悩んでたみたいなもんだしな。
「ボスはあの2人見つけられそう?」
「ぴちゅ」
「見つけるか~。ごめん、キイロはお留守番だわ」
「ぴー!!」
「キイロを連れて行ったら目立ち過ぎるじゃん。私1人だと紛れ込めるからね。ボスが透明になって守ってくれるから大丈夫だよ」
「ぴちゅ!」
「キュッ!」
「キャン!」
こじんまり組が一歩もひかない構えなんですけど。
「フォーン」
困り果てていると、マッチャがダクスとロイヤルを抱っこした。
そして私にバスケットを差し出してきた。
「キイロをここに入れるの?」
マッチャが言うには、神の使い本人だと分からせる為キイロを連れて行った方が良いかもという事だった。
確かにキイロは顔バレしているし、飛べばすぐ逃げられる。その点ロイヤルは陸ではスピードに不安がある。
「ん~。じゃあ今回はキイロにお願いしようかな」
そもそも最初の上陸はキイロをお供にしようと考えていたしこれで良いのかも。
ダクスとロイヤルは不満そうだが、残りのみんながなだめてくれているようだ。
みんなも行きたいってなると思ったんだけどな。大人だ。
モフモフ達がぎゅっと固まっている様子は見ているだけで癒される。
ひとしきりその光景を愛でた後、準備を始める。
ワンピースを着て暗い色の布を頭から被る。足元はもうサンダルでいいや。
これで夜空にまぎれやすくなるだろう。
そして髪の白い部分を隠すように首の後ろでお団子状にまとめ、リボンを巻き付ける。
「お金は……この辺の果実でいいか。キイロ、悪いけどここに入って」
渡すのは2人にだけなので島の食べ物の影響は考えない事にした。
準備を終え、みんなにしっかり抱き着き挨拶を済ませテラスに出る。
「ではチカチカさん、良さげなタイミングで頼みます」
ボスに乗り込みながらお願いをする。
長距離の空中遊泳が怖いなんて言ってられない。普段温存しているやる気を使う時がきたぞ。
うまくいったらラッキー程度の街潜入計画はこうして開始された。
「高いところはやっぱり寒いね~。怖いね~」
現在、街の上空で待機中だが寒いし怖い。
布を体に巻き付けて寒さに耐える。
ボスのおかげなのか風は感じずにすんでいるのがまだましだが……。
まずボス自体がひんやり気味だししょうがないか。
「ぴちゅ」
「うん。キイロはあったかいね。すごく助かってる」
キイロはバスケットから出て一緒に布に包まってくれている。優しい。
街はここからだとどんな様子なのかは確認できないがちらほら灯りがついているのは見える。
キイロとボスとおしゃべりをしながらチカチカさんの街を慌ただしくする何かを待っていると、突然視界の隅が明るくなった。
「おおう」
外国人みたいなリアクションになるのもしょうがない。
島の巨木がレインボーに光り輝いているんだから。
「あれ私達の家だよね。あんな事出来たんだ……」
虹色に光り輝く巨木。
なんだろうな。綺麗なんだけど、ビルのネオンに見えてどこか懐かしさを感じる。
ぼんやり巨木を見ているとボスからしっかり掴まってという言葉が。
「よしきた。キイロ、バスケットの中に入ってて。――ボス準備出来たよ!」
布をしっかり被りバスケットを抱え込み、ボスにしがみつく。
すると、高速エレベーターに乗った時のような感覚が襲ってきた。
(なんか心臓がひゃっとなる……!)
耳には風の流れる音しか聞こえない。
ひたすら目をつむってボスにしがみつく。
そのうち暖かい何かにふわっと包まれる感じがしたのでそっと顔を上げる。
辺りは大きな建物が立ち並んでいる。
――無事街に降り立ったようだ。
この場所は全体的に灯りなどはなく人の気配もしなかった。
「街だ……」
ついつい辺りを見渡してぼんやりしてしまう。
「ぴちゅ」
「ああそうだ……! 降りなきゃ!」
キイロの声に慌ててボスの背中から滑り降りる。
「街だ~」
ファンタジー世界の街に初上陸し、心なしか興奮している。
ここは……住宅というよりは倉庫みたいな感じがするな。
ひとしきり辺りを観察し満足したので、次の目的であるカセルさんとアルバートさんを探すことにする。
「とりあえず人の多そうな所に行ってみるか。ボスわかる?」
ボスの案内にしたがってテクテクと歩いて行く。
歩いた先の建物の向こう側が次第に明るくなってくる。
そして人々の喧騒も――。
「うわ~緊張する……」
小声で呟きながら明るい中に踏み出す。
そこは長い直線の道路の様だった。
道の両脇には家や店と思われる建物が立ち並んでいる。
「まだ光ってるぞ!」
「おい! 急げ!」
街の人が叫びながら同じ方向に走っていく。
(チカチカさんやるな~)
人が集まっていそうなので同じ方向に向かう事に。
誰もこちらを気にしていないので人の流れにすっとまぎれる。
人々は口々に神の島の事を話題にして興奮しているようだ。
(思ってたより近代的な建物だな)
バスケットを片手に周りを観察しながら歩く。
アスファルトではないがしっかりとした石畳の道だし、周りの建物もガラスっぽいものが使われている。
さすがにビルのようなものはないが建物もしっかりとした造りに見える。
今の私より近代的な生活を送っている可能性が強まる。
(空から見た時栄えてそうだったもんな~)
海上都市のように見えた光景を思い出す。
振り返ると背後に高い塔が見えた。
(あそこが中心ね)
街の人が向かう先には神の島があるはずなので、どうやら海側の土地に降り立ったようだ。
不審に思われない程度にキョロキョロしながら歩いていると、橋が見えてきた。
その橋を渡ると辺りの風景は一変した。
まるで海の上にいくつもの小島が浮かんでいるように見える。
しかし、規則正しく水路を張り巡らし橋も同じように架けられているように見える事から、上空から見た通り人工的に手を加えたものだと分かる。
(どうやってやったんだろ。すごいな)
この辺りもたくさんの建物が立ち並んでいるので楽しみながら歩く。
そこで見慣れた姿を目にする。
(あの人耳長い。エルフっぽいからカセルさんと同じ一族かも。あ、あっちはドワーフっぽい――)
ちらほらと一族の特徴を備えた人達を目にするようになってきた。
(あーやっぱり耳と尻尾はないから獣人ではないか~。でもワイルド感はすごいな~)
麦わら帽子がないのではっきりと街の人を観察できる。
一族の人達をチラチラ見ながら流れに沿って歩いていると、大きな港のような場所に着いた。
(おお~。たくさん集まってるな)
辺りはたくさんの人。
ここでカセルさんとアルバートさんを探すことにした。
神の島に何かあったらあの2人は呼び出されそうだからだ。
(赤い髪赤い髪……)
目立つカセルさんの髪を目印にウロウロしてみる。
白い髪はちらほらと見掛けるが赤い髪は意外と少ない。
(やっぱり難しいかな)
ヒントも何も無い状態でたくさんの人の中から2人の人物を探すのは無謀だったかと、失敗の2文字が頭をよぎる。
その時、人垣がざっと割れて1人の男性が走りこんできた。
(あっ! あの人……! えーと……ネコ科……ガルさんだ!)
ガルさんはそのまま走っていき停泊している船の1つに近付いた。
そこには見た事のある人達が――。
(今日会った人達っぽいな)
少し近寄ってみると、そこだけ鎧を付けた人達も集まっていた。
なんとなく街の人はその付近には近付いていない様にも見える。
(あの辺はちょっとめんどくさそうだから離れておこう……)
サンリエルさんの前のめり感を思い出しそっと距離をとろうとしていると、ボスから「見つけた」と教えてもらった。
(どこ!?)
口には出せないので上空を見ながらキョロキョロする。
ボスの言葉にしたがって来た道を戻る。
そして――。
(いたーー!!)
見慣れた赤い髪と茶色い髪。
何これ。何かをやり遂げた実感がすごいんですけど。
しかし2人は何やら白い髪の男性と話をしている様子。
他にも知り合いらしき人達が周りにいる。
……あの中を話しかける勇気は持ち合わせていない。
どうしようかとこっそり唸っていると、ボスからとりあえず気を逸らすから近付いてと指示を受けた。
「あ、はい」
なんてスパイ映画、と思ったが素直に従いミッション達成を目指す。
緊張気味に2人に近付く。すると辺りがざわつき始めた。
「見ろ!」
「消えたぞ……!」
ぱっと振り返るとレインボーな光は消えていた。
ざわざわしだす人達。
その時、ドンッと音がして離れた場所で水柱がいくつも上がった。
「うわっ。……ああ! はいはい」
ボスに言われて慌てて2人に意識を戻す。
辺りは突然の出来事に混乱中だ。
どうしようかと一瞬だけ悩み、アルバートさんの腕をつかみ人の少ない方へと引っ張った。
「えっ……!?」




