驚くことばかり
「じゃあそっちではよろしく頼むよ~!」
……ノリ軽いな。
キャッキャしているが声は男性のようだ。こんな人知り合いにいたかなあと記憶を探るが出てこない。
でもこの声の主が今の状態に関わっているとなぜだか断言できる。
頼む? 頼まれたということは、私は声の主に頼まれてでここにいるのか?
だからなのか? こんな森の中にいても不思議と落ち着いていられる。確実に日本ではないこの場所で。
普通は突然こんな森の中にいたら動揺すると思うのだが……。
そもそもこの状況で冷静でいられるわけがない。
しかしこんな状況でも私に危険はないとわかる。まるで呼吸するかのように自然とそう思う。
自分の意思でここに来た? なんとなく無理やりではない気がする。
しかもここは私が暮らしている世界ではない……と思う。そんな気がするとしか言えないが。
「んん~」
つい声が漏れてしまった。
仕方ない、男性のような声以外の事がちっとも思い出せないからだ。
危険がないこのファンタジー感あふれる場所に自分がいるのは分かった。しかし何のために?
私のこれまでの生活は大丈夫なのだろうか。仕事は? 家族や友人は? 私は行方不明扱いなのか?
名前なんかの自分のことはもちろん憶えているし、これまで生きてきた記憶もきちんとある。
唸りながら色々と考えるがちっとも思い出せない。
とりあえず中に戻って手掛かりがないか調べるという結論を出す。さっきいたところを隅々まで見たわけじゃないしね。この森もすごく気になるけど切り替えって大切。
ここで考えていてもいい考えは浮かばないだろう。どうせなら布団でごろごろしながらあれこれ考えたい。
ずっと1歩外に出て立ち止まったままだったので、くるりと振り返り再び光をくぐろうとした時どこかで鳥のような鳴き声が聞こえた。
第1生き物発見か? と思いながら声のした方へ数歩進む。警戒心はまったくわかない。
裸足だから地面の感触がダイレクトに伝わってくる。まあしょうがない。
もし鳥なら木の上にいるだろうとあたりをつけ周りをさっと見上げる。
いた。
すごくカラフルなのがいた。簡単に見つけてしまった。
……あれ鳥だよね?
角のようなものが1本生えてるけど頭の部分が透明感のある黄色で、胴体や羽の部分は透明感のある青色? 水色かな?
小学生の頃に使っていた下の字がやや透けて見える色付き下敷きみたいだ。
体は大きくもないし、そこまで小さくもない。
なんで頭や体の中が透けて見えないんだろう。いや、見えても困るけど。
しかしこれで今まで暮らしていた世界ではないと更なる確信が持てた。
あんな鳥がいたらテレビなんかで目にしていたはずだ。
あれこれ考えていると、その鳥もどきはこっちを見て更に「ぴちゅぴちゅ」と鳴いた後どこかへ飛んで行った。
鳴き声はベタな感じなのね、とぼんやり思った。
これでここに生き物がいることは分かった。きっと他にも生息しているだろう。
潮風のような匂いがするので海が近いのかも知れない。こちらに海があるかは不明だが、あれば海の生き物にも出会えるチャンスだ。
陸でも海でも可愛らしい愛でられるやつがいいなあとひとしきりモフモフした生き物に思いを馳せる。
さて中に戻るかとなったところで、自分がどんなところから出てきたか確認していなかったと、外に出てきた当初の目的を思い出した。
自分が出てきた場所に視線をめぐらすとそこには、首を限界まで見上げるようにしても終わりが見えない巨木がでんっとあった。
「で、でかっ!!」
つい大きな声が出てしまった。
声を発したとき、何かが頭の中にすぅっと入り込んできた気がした。
何だろうとは思ったが、変な感じはしなかったので深く考えるのはやめた。
ここはきっとファンタジーなあれだから。
ファンタジーとは実に便利で万能な言葉である。そして今はこれ以上考え事を増やしたくない。
あらためて巨木を観察する。
枝がなく、大人が何人手をつなげば幹を囲めるのだろうかというくらい太い幹が天に向かってまっすぐそびえ立っていた。
あれてっぺんって雲の中にまで届いているよね……。
童話? さすがファンタジー、やることが違う。
この分だと中も何か洗面台(もどき)の他にもありそうだなと期待が高まった。
外の探索はまた今度、と木の中を調べるため光の出入り口を再度くぐった。
ばっちりもといた場所に戻れた。大丈夫だとは分かっていたがなんとなくほっとする。
出入り口から布団の場所まで何かないか調べながらいこう。
さっそく壁に目をやるが、調べるということを念頭に置くとやや明るさが足りない気がする。基準が、自分が今まで住んでいた家の明るさになってしまうので仕方がないだろう。
「暗いなあ~」とついつい呟いてしまう。
するとその言葉に反応したかのように、これまで室内は全体的にうっすらと明るかったのだがチカチカっと点滅するようにさらに明るくなった。
「…………お?」
まさかのタイミングに少し驚く。
誰かいるのか……? いや、何かの気配は感じられない。
まさか私の独り言に反応したなんてことは……。
でもタイミングはばっちりだった。
偶然かもしれないが、確認のためもう一度独り言を言ってみる。
「もうちょっと明るければなー」
完全なる棒読みだ。大根にも程がある。
しかし、また全体がチカチカっと点滅しまた明るさが増した。
これはもう完全に――
「………………聞こえてる?」
声に出してみると、返事をするかのようにまたチカチカっと点滅した。
今回は明るさは変わらない。
「……」
「…………」
「………………」
「マジか……」
チカチカッ!
謎の生命体との未知なる遭遇。私はどうすれば良いのか。
ここはひとまず深呼吸。
よし、落ち着いてきた。
深く考えたら負けだ。
よし、まずはチカチカが――もうチカチカさんでいいや――意思疎通ができるか確認だ。
「あの、私の言ってること分かりますか。あ、ハイなら2回チカでイイエならなしで」
2回チカって何? 点滅でいいじゃんと自分のとっさの言葉のセンスの無さに驚きながら質問する。
するとチカチカさんは2回点滅した。
「おおぉ……」
なんだろう謎の感動だ。そしてこれで意思疎通出来ることが確定した。
これはありがたい。色々と聞いてみよう。
「チカチカさんは……この木の意思のようなものですか」
そう問いかけた時、「チカチカさん」のところでひと際明るく眩しいくらいに光ったが、その後2回ややためらうようにゆっくりと点滅した。
確実にチカチカさんってところに反応したな。
なんだろう、こう神秘感がふわっとしたというかなんというか。
まあ否定的な感じはしなかったから深くは考えないようにしよう。名前がないと話しかけにくいし。
嫌ならなんとなく分かる気がする。
「えっと……、ゆっくりと点滅したからハイだけどイイエでもあるってことですか」
チカチカさんは2回はっきりと点滅した。
良かった。ああいう解釈で合ってたみたいだ。ひとまずチカチカさんはこの巨木の家の意思であるということにして話を進めよう。
「私がなぜここにいるのか知っていますか」
チカチカッ
「それは思い出すことが出来ますか」
チカチカッ
「すぐに思い出せますか」
……チカッ……チカッ
「その方法を知っていますか」
チカチカッ
「それを私に教えることは出来ますか」
チカチカッ
「出来るのかあ」
どうやって教えてもらおうか考えていると、布団のそばの壁がぼわっと青く光った。
何だ何だととりあえず近づいてみる。
青く光った場所を目を凝らして見ると、ある部分が窪んでいて指先を引っかけたら手前に引けそうな箇所がある。
これ扉っぽいな~と思いながら指先を引っかけてぐいっと手前に引いてみた。
クローゼットだった。
しかもウォークがつくクローゼットだった。
ひと目で衣類と思われるものがハンガーにかかっている。
隅には棚が置いてありこれまた衣類が収納されている。なんだか仮装でもするような歴史上の西洋あたりの庶民の服って感じのものだった。
足元には靴。これはすごく見慣れたものだ。
スニーカー、サンダル、ブーツ、このブーツは防水の作業用のやつだな。サバイバル生活をしろってことなのか……?
いや、そんなことよりこれ世界観大丈夫なの?
なぜ靴はファンタジー基準じゃないのか。ほんとになんなのこの状況は。
とりあえず手前に引いた扉の内側に全身鏡が付いていたので、ハンガーにかかっていたワンピースのような服を手に取り鏡の前で合わせてみる。
派手さはなく丈夫さが取り柄のような足首までのゆったりとしたワンピース。
その左の胸元には大きくH・Yと刺繍がされていた。