ある男の回想録12:抱えきれない秘密
視点変わります。
御使い様の前で突然脱ぎ始めた領主様。
「何をなさっているんですか!」
当然理の族長から怒りの声が上がった。
俺もそう思う。
「何もすべて脱ぐわけではない」
そう淡々と返し脱ぐことをやめない領主様。
「この先このような機会は無いかもしれないからな」と指につけている印章まで外した。
それって物凄く重要なやつじゃあ……。
大丈夫なんだろうか。
結局下は脱がなかったものの、上は薄い生地のシャツ1枚という格好になり脱いだものを船に載せてゆく。
「ヤマ・ブランケット様、私もお願いしてよろしいでしょうか……?」
やや控えめにお伺いをたてたのはバルトザッカーさんだった。
「ええ。かまいませんよ」
この言葉を聞くなり他の族長達も次々と許可をもらい、結局俺とカセルの他はみんな船に持ち物を載せた。
バルトザッカーさんなんて身分証や隊長の証、身に着けている防具まで入れている。
これまたどれも物凄く大事なものだと思う。
全員が載せ終わったところで船が運ばれていく。
そして、ヤマ・ブランケット様が1つ1つ触れられている光景をみな固唾をのんで見守っている。
「カセル……守役様の触れるってただ上を歩いているだけに見えるんだが……」
ひそひそと話しかける。
「踏みつけるだけでありがたいってすげーよな」
カセルは頭を触りながら嬉しそうにしている。
「お前はいいよな~。守役様に長い間触れられてたんだから。しかもヤマ・ブランケット様のあんなお近くに!」
「声がデカいぞカセル。あれは触れるなんてものじゃなくて侵入者に対する攻撃だろ。なんだか申し訳なさ過ぎてヤマ・ブランケット様の方を見る余裕なんてなかったよ」
実際我々人間に対する守役様達の反応は優しいと思う。
あんなに近付いてぶつかるくらいで済まされているんだから。
「なあなあ、別の船に乘ってるのも別の守役様だったんだろ? 詳しく聞かせろよ」
こちらに身を乗り出して聞いてくるカセル。
しかしあの時見た光景を話そうとすると領主様達の持ち物が戻ってきた。
「また後でな」
話を中断し領主様達の準備を待つ。
「領主様は服を着ないんですか」
俺が気付いてもあえて聞かなかった事をカセルが聞いてしまった。
「これは城に飾る」
おおよそ思ったのと同じ答えが返ってきた。
さすがに印章は指にはめ直したようだが。
今日1日で随分と領主様の印象も変わったものだ。
「では皆さん本日はありがとうございました。お気をつけてお戻りください」
ようやくこの緊張する場から離れられるとほっとしていると、ヤマ・ブランケットの様の次のお言葉でそれがぬか喜びに変わった。
「サンリエルさん達はクダヤの街についてお伺いする事がまだあるので少し残っていただけますか」
「かしこまりました」
お言葉にかぶせ気味に答える領主様。
領主様がいるんだから俺は必要ないとは思ったが、代表者としての勤めをはたすべく残念そうに街に帰っていく族長達を見送る。
族長達の姿が見えなくなった頃、ヤマ・ブランケット様が言葉を発した。
「アルバートさん。街に来る他国の人々への対応について詳しく聞かせていただけますか。以前頂いた本で少しは読みましたが」
まさかの俺に対しての問いかけだった。
「はい……! あっ、ですが領主様がいらっしゃるので私なんかより……」
ちらりと領主様に視線を向ける。
「私の方がこの場合は適任かと」
本人はまっすぐヤマ・ブランケット様を見つめながらそう答えている。
領主様は謙遜とか一切しない人だよな。
自信があって少し憧れる。
「そうですか。では今回はサンリエルさんにお話ししていただきましょう。アルバートさんは次回お会いした時にお願いしますね」
なぜだろう。ヤマ・ブランケット様から小さな子供に対する優しさのようなものを感じる。
気のせいであってくれ。
「クダヤに来る他国民への対応という事ですが」
「はい。その際はどのような手続きが必要になりますか?」
「まず自国での身分証を所持している場合、設けている門を通過する際それを確認します。その後特殊な染料を目につく場所――主に顔と手の甲の2ヵ所です――に印をつけ、ひと目で他国民と分かるようにしております」
「特殊な染料とは――」
その後も長く話を続けているお2人。
ヤマ・ブランケット様はやけに具体的な内容を質問している。
その間俺とカセルは口を挟む事もなく、こちらを威嚇している守役様を見ていた。
近距離で攻撃を受けた事により少しは恐ろしさが薄れたかもしれない。変な話だが。
「――ありがとうございました」
話が終わったようなので姿勢を正して気を引き締める。
「随分としっかりとした対策をとられているのですね」
「他国からの干渉に対抗するためです。個々の能力では負けませんが数という点では劣っていますので」
「……クダヤの身分証に関してはサンリエルさんが最終的な許可を出すという事でしたが」
「はいそうです」
「それでは私の身分証を用意して頂けますか?」
「ヤマ・ブランケット様の身分証ですか……?」
「クダヤの街をこの目で確認するのに必要でしょうから」
「え…………」
その言葉を耳にした瞬間頭の中が真っ白になった。
それはカセルも領主様も同じようで、口を開いたまま言葉を発せずにいる。
「突然のお願いで申し訳ありません。神から人々の生活がどのように発展しているのかその目で確かめよと――」
驚きすぎて未だ誰も反応できない。
言葉がまとまらないのだ。
「……驚かせてしまったようですね」
「……は、いえ……!」
領主様がこんなに動揺している姿はおそらく誰も見た事が無いと思う。
「誰にも知られず私の身分証を作る事は難しいでしょうか」
「……いえ、それは可能ですが……」
まだ動揺から抜けきっていない様子の領主様。
「ではお願いしますね。それと先程の染料一式もお願いします」
「……はい。……よろしければ私にクダヤを案内させていただけませんでしょうか」
あれ? 領主様の様子が――。
「そうすればクダヤであればどちらでもご希望の場所を私の権限でご案内出来ますので、クダヤの街の素晴らしさを余すことなくお伝えできます。もちろん御使いというお立場は伏せます」
若干早口でヤマ・ブランケット様に伝える領主様。
いや、詰め寄るの方が近いかもしれない。
守役様達が物凄く威嚇してらっしゃいますよ、領主様。
「お気持ちはありがたいのですが……。それでは本当の街の姿を目にする事ができません。誰にも知られることなく街に入り本来の姿を目にしたいと考えています。これは神のご意向です」
神の名を出されてしまった以上引き下がる事しかできない。
「さようでございますか……。それでは必要なものはすぐさまご用意致します。……身分証のお名前はいかがいたしましょうか」
「名前…………ヤマチカでお願いします。この事は誰にも知られないようにお願いしますね。カセルさんにアルバートさんも」
「はい」
「は、はい!」
万が一この事が漏れたら命はないかもしれない。
びくびくしながら返事をした。
「あなた方には秘密を抱えさせてしまう事になりますので何かお礼をしたいと考えています。ご希望はありますでしょうか」
突然そんな事を聞かれた。
色んな事がこの短い時間で起こりすぎて頭がうまく働かない。
「今後この2人がヤマ・ブランケット様に拝謁する際に私も同行させていただけませんでしょうか」
領主様諦めてなかったのか。
あまり考えるそぶりもなく口にしたからよっぽど同行したかったんだろうな……。
「……他の方達の事もありますので頻繁にでなければ構いません。怪しまれてしまいますからね」
「ありがとうございます!」
今日1番の声を出す領主様。
どうしよう。カセルと2人だったからこそまだ気楽だったのに……。1番偉い人が加わってしまった。
「カセルさんは何かありますか」
俺がこれからどうしようとぐるぐる考えていると、カセルが希望を尋ねられていた。
まずい。俺も何か考えないと。
「お許しがいただければで結構なんですが……。守役様の羽に少しで良いので触れさせてもらえませんでしょうか。――私は風の一族ですので翼を持ち風を起こすことのできる守役様のご加護をいただきたく」
大層な事を言っているように聞こえるカセルだが俺は騙されない。
絶対あの素晴らしい毛並みを触りたいだけだ。
守役様に確認をとっているヤマ・ブランケット様。
すると守役様がこちらの船に飛んできた。
「空を飛ぶその者から許しが出ました」
守役様は船の縁にとまり片方の羽を少しカセルに差し出した。
……領主様ちょっと守役様と距離が近いと思います。
「ありがとうございます……!」
そう言いながらカセルがそっと羽に触れようとすると守役様は羽をカセルの手にぶつけた。
そして頭の上でまた足踏みし羽をバサバサさせて戻って行った。
「…………」
少し残念そうなカセルの顔。
申し訳ないが思わず笑いそうになってしまった。
「……失礼しました」
「いえ。きちんと触れさせていただきましたので」
「そうですか……。ではアルバートさんはどうしますか」
笑いを堪えているところで突然話を振られ俺は一気に混乱した。
「えっ。あー、ええと、その……」
もともと何も考えてなかったのもあり混乱に拍車がかかる。
「ヤマ・ブランケット様……あの……私も羽、っいえ! お願いします!」
大声で叫び右手を差し出す。
守役様にカセルと同じく羽をぶつけてもらってこの場を乗り切ろうとしたのだ。
自分から手を差し出すのは不遜に感じたがこの際そうも言っていられない。
ぎゅっと目をつぶり下を向いて衝撃に備えていると、手に柔らかい感触を感じた。
(……これは何だ?)
一瞬何が起きているのか分からなかった。
暖かさと柔らかい感触がじわじわと感じられる。
(手……?)
そう考えた瞬間血の気が一気に引いた。
ばっと顔を上げ目の前の光景を確認する。
「これからもよろしくお願いしますね」
船から身を乗り出し、俺の右手を握り軽く振っているのはヤマ・ブランケット様――。
今度はこのまま死ぬんじゃないかと思うほど体中が熱くてたまらなくなる。
神の使いの手に触れている――
この状況に声にならない悲鳴を上げた後、目の前が真っ暗になった。




