温度差
「謝罪は必要ないですからね。では、船を見せていただいてよろしいですか」
やや強引に謝罪モードを振り切りオブジェ設置の方向に話を向ける。
こんな小娘にそんなに頭を下げる必要なんて無いんだよ。
威を借りまくってるただの狐だからね。
「はい、あちらの船です。重さに耐えうると思われるものをご用意はしましたが……」
切り替え上手なクールカセルさん、助かる。
その船に視線を向けると船がすっとこちらに近付いてきた。
うん、頑丈そうで良いね。屋根とかつければちゃんとしたお社になりそう。
「これで問題ないと思います。――申し訳ないですがお2人で船に移動させていただけますか」
「かしこまりました」
カセルさんがそう答えると、彼らの船がオブジェを載せている船に近付いて行った。
ごめん、近距離で恐怖体験させちゃうかもしれないけど頑張って。
「グウゥ……!」
予想通りダクスが唸り始めた。
安心して欲しい。正体は恐ろしさなんてひと欠片も持っていない生き物だから。
唸り声にアルバートさんはびくびくしているがカセルさんは構わず船に乗り込んだ。
サンリエルさんは……、うん、すごく見てるね。
誰かと目でも合ってるのか?
「この布はお取りしてもよいものでしょうか」
「かまいませんよ」
そう答えるとカセルさんは慎重に布を取り払った。
「「「「おお……!」」」」
あたりに歓声が沸き起こる。
ふふん。そりゃあナナと虹色鉱石のコラボなんだから素晴らしいのは当然だよね。
作成に関して自分はまったくのノータッチだがとても誇らしい。
「これが神のお力が宿るもの……!」
「こんなに大きな宝石が――」
「……美しい」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「今後はこちらに感謝の気持ちをお伝えいただければ神もお喜びになるでしょう」
ふふん、と自信たっぷりに街の人に伝える。
とうとうナナの威も借り始めた私(狐)。
船にきちんと設置したらより神秘的に見えるんだろうなあと成り行きを見守っていると、カセルさんとアルバートさんが困った顔をしていた。
どうやら2人では移動させるのに力が足りないらしい。
「申し訳ありません、領主様のお力もお貸しいただけますか」
「うむ」
待っていたとばかりにさっと船に乗り移るサンリエルさん。
しかし、サンリエルさんの力が加わってもオブジェは持ち上がらなかった。
「……技の族長」
「はい」
男性だけの船に乘っていた1人が立ち上がる。
ドワーフさん(未確定)じゃん。
こちらをちらりと見てきたので「構いませんよ」と声に出すとボスが船を動かしてくれた。
今度はサンリエルさんとドワーフさんで持ち上げてみるが、びくともしない。
それそんなに重いの?
マッチャは片手でもいけそうだったんだけど……。
「私も手伝います」
「あ、俺も!」
筋肉がやたらとすごい男性が手伝いを申し出た。あと獣人さん(同じく未確定)も。
ごつめの男性が大きい組のみんなが乗っている船に集まる。
武骨な船に載せておいて良かった。この船だと沈みそう。
一気に男くさくなったところで更に大きな声で唸り声を上げるダクス。
サンリエルさん、オブジェよりも声のする方向を真顔で凝視してるんだけど……。
「ふんっ!」
「せやっ!」
「おうっ!」
あの空間だけ世界観が変わってしまったがそれでもオブジェは持ち上がらない。
筋とか痛めるくらい力込めてそうなんだけど大丈夫かな。
そんなみんなが頑張っている中、サンリエルさんは体ごとダクスでこんもりした箇所を見ていた。
……ほんとあの人何やってんだ。
「も、申し訳ありません……! 俺達では力不足のようです……!」
息も絶え絶えに報告する3人。
その言葉にカセルさんとアルバートさんが困ったようにこちらを見てきた。
「そうですね――。では皆さん一度船にお戻り下さい。ありがとうございました」
申し訳なさそうにうなだれて船に戻るごつい男性達。
「領主様も」
そう促されて名残惜しそうに船に戻る領主様とやら。
想像していた領主の威厳は見当たらないが領主様なんだろう。
みんなが船に戻って離れたところでマッチャにお願いする事にした。
「運んでもらえる?」
誰、と言わなくても意図をくみ取ってくれマッチャがのそりと立ち上がった。
「ひっ……!」
どこからか悲鳴が漏れ聞こえてきたが間違いなく『ア』から始まる名前の人だと思われる。
布をまだ体に巻き付けた状態でオブジェを持ち上げるマッチャ。
かなり身バレ顔バレに配慮していてホロリとした気持ちに。
一緒に街に行けるといいね。
そして軽々とオブジェを船に移し替えた。
「真ん中くらいに……うん、そう。ありがとう」
何の問題もなく設置完了したマッチャ。
のんびり元いた場所まで歩きまたこんもりした山に戻る。
「――この船に屋根をつければ立派な神の家になりますね」
呆気にとられた様子でマッチャを見ている街の人達の意識をそらすべく話を振る。
「あ、は、はい」
クールなカセルさんまでマッチャに釘付けだったみたいだ。
マッチャに夢中……、語呂が良い。
「さっそく屋根を設置させていただきます。このような素晴らしいものを誠にありがとうございます」
そうカセルさんが答えると周りの人達も頭を下げていた。
陽の光できらきらと輝く巨木のオブジェはとても綺麗。
透明なガラスの屋根とかあれば良いのにね。
「よろしくお願いします。――ああ、言い忘れていましたがその石を勝手に持ち出そうとする者には神の裁きを受けてもらいますので」
「……はい。神の裁きですか……」
「ええ。命の保証は致しかねますので」
「は、はい……! 周知徹底致します!」
ふふふ。このチカチカさんとボスの威の借りようどうよ。
ふふふ。下っ端の悪役のセリフだぜ。
命の保証はしない……、なんて大嘘だけど。
せいぜい空中に放り出されるくらいかな~。強制高飛び込みを経験する事になるぜ。
ふふふと1人で悪役プレイに満足していると、おずおずと声を掛けられた。
「あ、あの……。お、私は地の族長をしております“地のガル”と申します! お会いできてとても嬉しいです……!」
「ありがとうございます、ガルさんですね。こちらこそ皆さんとお会いできて嬉しく思っております」
すまして答えているが心の中ではネコ科に話しかけられた! と大興奮。
「あの、その……、俺た、私達の一族の貢物がお気に召さなかったようで……。申し訳ありませんでした……!」
そのままひれ伏す地のガルさん。
「わ、私共の貢物も申し訳ありませんでした!」
そして豊満女子リレマシフさん。
何の話だ……?
「どの贈り物のお話をなさっていますか」
なるべく優しく問いかける。
「狩りで集めた獲物を献上したのですが……」
「私達も漁で魚をたくさん集めました……」
(この人達か……!)
まさかのタイミングで犯人を見つけた。
あの棺に詰められていた動物達を思い出す。あれをホラーと呼ばずになんと呼ぶ。
しかし、2人の様子を見るとどうも良かれと思い行動した結果のようだ。
「気に入らなかったわけではありませんのでお気になさらないでください。あまりにもたくさんありましたので食べきれないと思い、日持ちのするものだけ頂いて残りは街の皆さんでとお返ししました」
私のその言葉にドワーフ男性と筋肉さんがガルさんの背中をポンポンと叩いて良かったなと言っているのが目に入った。
リレマシフさんも同じ船の人達に慰められている。
なんだかよくわからないけどこれで良かったみたいだ。
「あと私が動物を捌けないというのもあります」
と神の御使い情報を少しだけ公開してみる。
「そうでしたか! それは失礼しました……!」
「ですから皆さんに贈っていただける料理をいつも楽しみにしています」
ガルさんがまた落ち込みそうになったので手料理嬉しいなの気持ちを伝えておく。
「あ! あの! 俺達の一族だけ大した貢物が出来なかったので……。これ、俺の宝物ですのでぜひ受け取って下さい! フィガの大森林から現れた魔物の牙で作りました!」
そう言って首にかけていた飾りを外してこちらに差し出してきた。
「いえ……、そのような大切なものは……。ガルさんが持つべき素晴らしいものです」
そんな大事なものもらえないんですけど、を優しく遠回しに伝えた。
それにしても魔物の牙って!
「だからこそです! 大事なものだからこそお渡ししたいんです!」
遠回しがきかないガルさん。
どうしようこの人純粋すぎる。
本当にこちらの事を大切に考えてくれているのが分かるからこそどう断ろうか悩んでいると、女性の声で助け船が――。
「地の族長。ヤマ・ブランケット様に自分がずっと身に着けていたものをお渡しするのはどうかと思うわ。とても素晴らしい記念の品であることはわかりますけど……」
そうこちらに有利な意見を述べてくれたのは小さな女性だった。
白い髪……、あれが理の一族の族長かな。
年上のマダムっていう感じだけど小さくてかわいいなあの人。
「いくら大切とはいえそれも随分長い間身に着けているから汚れてしまっているだろう? 首飾りなら俺が作ってやるから――」
「御使い様にはちょっと合わないんじゃないか?」
とうとう同じ船の男性達からも反対されてしまったガルさん。
そうかあと、落ち込んでしまった。
(あああ! ネコ科が落ち込んでいる……!)
「失礼――。技の族長……、であっていますか?」
「は、はい! 私は“技のサム”と申しまして技の一族の族長を任されております」
「サムさんですね。……技の一族は手先が器用で素晴らしい技術をお持ちだとか――」
「誠に光栄でございます……! 我々は高い技術を備えていると自負しております」
「ではガルさん、よろしければ地の一族で首飾りの形・素材を決め技の一族に作成してもらったものを私にくださいませんか」
誰もが幸せな未来を考えたらそうなった。
「で、では水の一族でも!」
水のリレマシフさんも参戦してきた。
まあそうなるよね。魚を大量に送り返しちゃったし。
いいですよ――、そうお願いしようとすると白髪の女性も参加の意を表してきた。
「申し遅れました私“理のイシュリエ”と申します。理の族長を務めさせていただいております。……よろしければ理の一族でもぜひ――」
こうなると他の代表者も黙っていなかった。
「私、風の一族族長“風のティラン”と申します。風の一族でも――」
「私は街の代表のバルトザッカーと申します。一族以外の総意としてぜひ私共にも――」
みんなの申し出はありがたいけどそんなに首飾りはいらない。
他の装飾品も忘れがちとはいえ無人島生活をしている身としてはあまりじゃらじゃらつけたくない。
何か良い案はと考えていると――、
「ぴちゅ!」
「キュッ!」
「キャン!」
まさかの身内からも参戦してきた。
私とお揃いって……。




