ある男の回想録11:意外と押しが強い
「おいっ! すげー事になったな!」
神の島から離れ白い霧の中に入った途端カセルが興奮した様子で話しかけてきた。
「あ、ああ……! 俺、生きてるよ……!」
「神の力の宿ったものって何だろうな!?」
「お優しい方で本当に良かった……!」
俺とカセルの方向性は少し違うが同じく興奮している。
かみ合っているようでかみ合っていない会話を続けている内に霧を抜け、少し先にみんなの船が見えた。
こちらの船を確認した途端必死に船を動かしてこちらに近付いて来ようとしている領主様達。
島の力なんだろうが、それ以上こちら側に移動できないのは知っているはずなんだけどな。
結果が知りたくて気が急いているんだろう。
「――返答は」
俺達の船がみんなの所まで近付いた時に領主様から声を掛けられた。
「はい。報告の前に至急船の手配をお願いします。再度神の島に向かいますので」
そう説明し必要な船の形・大きさなどを伝えるカセル。
ご要望の品も一緒に伝えておき、準備を進めておいてもらう事に。
「そうか。……手配を」
「はい」
領主様がそうひと言水の族長に声を掛けると、族長は一族の者に視線で指示を出し指示を受けたものはあっという間に泳いで街に向かって行った。
「それで? どういう事だ」
領主様だけでなくこの場に残っている残りの面々も、これまでにない様子の俺達を訝しげに見ている。
「先程の船は拝謁に関する我々への返答の内の1つです」
カセルの言葉に辺りはざわつき始める。
「まず初めに、神は我々にその尊い名をお呼びする許可を下さいました。――神の名は“エスクベル様”と」
そう言った途端あたりは凄まじい歓声に包まれた。
みな抱き合って喜びあっている。
地の族長の雄たけびは街まで届いているかもしれない。
この喜び方は……。
もっと破壊力のある報告が控えている事を知っている身としては、みんなが興奮しすぎて倒れるんじゃないかと少し心配になった。
「続きを」
1人真顔でなおかつ声は掛けられても抱き着かれなかった領主様が話の続きを促してきた。
「はい。先程の船は神の力が宿りしものを海上に設置するためのものです。ヤマ・ブランケット様はそちらに拝謁をするようにと」
「では直接の拝謁は――」
「しかし神のお力が宿るものを――」
ここまでのカセルの言葉を聞き、周りから様々な意見が飛び交うのが聞こえてきた。
大多数は残念そうな声を上げている。
「――しかし、此度のみになる可能性もありますが街の代表者には直接拝謁を許すとのお言葉」
ざわついている中その言葉を領主様と風の一族はしっかりと聞き取ったのだろう。
「みな静かに!」
風の族長のひと声で辺りは静まり返った。
「……代表者とは?」
領主様の声が震えている。
「神の力の最たる恩恵を受けているそれぞれの一族から1人ずつ。一族ではないクダヤの民の代表が1人。――そして街の代表者の領主サンリエル様、拝謁を許されました」
先程の興奮を目の当たりにしてどうなる事かと思っていたがその心配は杞憂だった。
この場にいる者はみなすすり泣いていたのだ。あの領主様でさえ――。
一族ではない俺でも感激したのだ。
生まれた時から街に住んでいるので落ちこぼれの俺にも多少は神の力の影響はあると思う。
だからより感激するんだと思う。
なら一族の者はどうだ。
神の力を色濃く受け継ぎ、クダヤに不利になる様な事は決して出来ない者達。
俺が想像する事も出来ない程の喜びなんだろう。
なんとなく口を挟めない雰囲気だったので、しばらくはみんなの気持ちが落ち着くのを待った。
のんびり海を眺めているとカセルが突然街に視線を向けた。
その方角を見ていると段々と船が近付いてくるのが分かった。先程お願いした船だろう。
船が近付いてくる波音が聞こえたのだろう、領主様がそちらに視線をやるとまわりもつられて視線を向ける。
近付いてくる船――。
その時、水の族長が大声を上げた。
「拝謁っていつなの!?」
「申し訳ありません。言いそびれましたが用意された船と一緒に代表者の皆さんも島に呼んでもらえるようお願いしてあります」
今までのしんみりとした雰囲気をぶち壊すような笑顔で謝罪するカセル。
謝罪の時にする顔ではない。
「なんっ……!? だから早く……!!」
「急ぎ代表者を決めないと!」
急にばたばたし始める偉い人達。
「一族の代表者は族長で良いでしょう。それより身支度を整える時間はないの?」
そう一方的に宣言して、髪をそわそわと触っている水の族長。
身支度って。
すぐ泳げるよう申し訳程度に体を隠すような服しか着ていないのに……。
不思議な事に相手が水の一族だとどんなに薄着でもなんとも思わない。特に族長。
「そうよね。女性の身支度には時間がかかるというのに……」
そう言いながらもこちらを睨みつけている理の族長。
そんなに変わらないから大丈夫ですよと言いたかったが口を慎んだ。
しかしカセルは「時間かけても変らないですって!」と怖いもの知らずな発言をして女性達に怒られている。
馬鹿め。
「技の族長、うちの族長を頼みますよ!」
「ほら、族長からも技の族長にお願いして!」
「お前ら! 御使い様の前で失礼な事はしないぞ!」
「そうだな。大丈夫だと思うが念の為近くにいるから安心してくれ」
技の族長は相変わらず人が良かった。
「風の一族だけ2名も拝謁出来るとなると少し申し訳ない気もするな」
「今後も拝謁を許される機会がくるかもしれないじゃないですか。大丈夫ですって」
「それよりカセルの仕事ぶりをしっかり監督してきてくださいね」
「そうそう。あいつはそれっぽく取り繕うのはうまいですが中身がアレなんで」
風の一族ではカセルの事が話題に上がっていた。
今、アレを発揮して怒られているのは黙っておこう。
そして一族以外の住民は――。
「よし、くじでもするか!」
「何を言っているんですか。役職、年齢、どう考えてもバルトザッカー隊長じゃないですか」
「そうですよ。我々はいち商売人ですから」
「でもお前達も街の代表者だろう? それでいいのか」
「我々は我々で色々とやる事が増えそうですので……。またの機会を楽しみにしております」
「しっかりお姿を目に焼き付けて下さい。……それ、後で教えてくださいね」
クダヤの街に住んでいるからなのか、一族じゃない者達も街の事は第一に考えている。
普通一族が優先して城勤めをしたり、重要な役職に多くついているのを見れは多少なりとも不公平感を抱くものなのだが……。
一族の者がそうじゃない者に対して差別的な態度をとる事が無いのも理由の1つかもしれない。
――用意された船を受け取りながらそれぞれのばたばたした様子を眺めていると、領主様がこちらの船に乗り込んできた。
「……えっ?」
思わず視線で領主様に問いかけてしまう。
「お前達の船が1番近付けるのだろう?」
「えっ……。それはヤマ・ブランケット様のお心次第かと……」
どう対応したらいいのか分からなかったのでカセルを呼び丸投げする事にした。
「いつも私達だけなのでどうなるかはわかりませんが、この船に乗ると守役様にとんでもない威嚇を受けますけどよろしいでしょうか」
「望むところだ」
そう言い切りどっかりと腰を下ろした領主様。
俺達にはもうどうする事も出来ない。
カセルはのんきに楽しみですね~なんて言っていた。
俺達の船に乗っている領主様を見て数名の族長が少し騒いだが、用意した船も合わせて4艘の船で神の島に向かう事が決まった。
カセルと俺が島に向けて準備が整った旨お伝えし、みな静かに待っていると船はゆっくりと立ち昇っている霧に向かって進み始めた。
「街の事を頼む」
この場に留まる者達にそれぞれそう伝え、神のもとに向かう――。
白い霧の中をゆっくりと進んで行く4艘の船。
誰も言葉を発さずじっと固唾をのんで成り行きを見守っている。
霧を抜けた途端、領主様が小刻みに震え始めた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて声を掛ける。
苦しそうな領主様に困り両隣りの族長達の船に目を向けると、水の族長も苦しそうにしていた。
「えっ!?」
何が何だか分からず混乱していると理の族長が代表して言葉を発した。
「……おそらくここ一帯は水の力がとても強く満ち溢れていると思うの。それ以外の力も感じられるけれど……。私達は息苦しく汗をかくくらいの程度ですんでいるけれど、水の力を与えられている2人はもっと辛いでしょうね」
族長達を見回すと確かにみな一様に顔色が悪かった。
バルトザッカーさんはみんなを心配そうに見ているが、元気そうではある。
「カセル……、お前は今平気なのか?」
「俺は息苦しく感じるだけだからな~。それも守役様がいる時な」
「そうか。……領主様達は力が強いからか?」
「たぶんな。俺達より何十年も多く神の力の恩恵を受け続けているしな」
皆の体調は心配だが、船は確実に島に近付いている。
――すると、風の族長が急に顔を伏せた。
ヤマ・ブランケット様のお姿が確認できたのだろう。
合わせて皆顔を伏せる。
その状態のまま船は進んで行き止まった。
「――お待たせしてしまい誠に申し訳ありません」
「いいえ、急なお願いでしたから」
そのお声に、周りの族長達の体が僅かに動いたのが視線を伏せていても分かった。
「ご所望の船と街の代表者達をお連れしました」
「ありがとうございます。顔を上げてくださ――あら? どうかなさいましたか」
俺達の後ろに座っている領主様に気づかれたのだろう。
「我らの街クダヤの領主です。神の力の影響を受けているようでして……。特に水のお力かと」
カセルがそう答えると、ヤマ・ブランケット様は驚いた様子だった。
「そうですか……」
と呟き視線を斜め上に向けられると少しの間沈黙した。
そうして、頷いたかと思うと我々に言葉を掛けられた。
「今はお体はどうですか」
そのお言葉に後ろの領主様を振り返ってみると震えは止まっていた。
水の族長も体を起こしているところだった。
「……このような取るに足らぬ身にもありがたいお言葉……!」
領主様が涙ぐみながら感謝を伝えると、残りの面々も次々に感謝の意を伝え始めた。
皆が感極まり泣きながら感謝をし続けていると、突然ヤマ・ブランケット様がまばゆい光りに包まれた。
「…………!?」
その時の俺達は目を覆うだけで精いっぱいだった。
次回視点戻ります。




