神秘感はつくれる
昨日は変な時間に寝てしまい、夜きちんと眠れるか不安になったが、少し夜更かしになっただけで問題なく就寝。
朝はみんなに起こしてもらいすがすがしく起きる事ができた。
「街の人ってもう来てる?」
朝ご飯をもりもり食べながらお馴染みになった質問をボスにする。
「じゃあこっちも早めに行こうか。オブジェも運ばないといけないし」
予想通り結構前から待機しているらしい。
「フォーン」
「うん。とりあえずはクダヤの各一族と、そうじゃない人の代表者の人達にでも顔見せはしようと思ってる。それでどのくらいのエネルギーが集まるかだよね。あと領主の人」
「クー」
「今までの感じだと危険な事はないと思うんだけど……」
みんなが、たくさんの人間に顔を見せるなら自分達ももっと近くにいないと、と主張してきた。
でも、みんなの存在を知られちゃうのは何だか引っかかる。
「チカチカさん、みんなの存在ってあまり知られない方がいいですよね? キイロとロイヤルはもう姿をはっきり見られたというか、見せつけてましたけど」
…………
「えっ、見られても平気なんですか?」
チカチカ
そんなもんなのかと驚いていると、知られても人間はこちらに何もできないから安心してとボスから言われた。
……ごもっともです。みんな強者だもんね。もちろんダクスは除く。
「そっかあ。じゃあ街に行く時はどうしようかなー。街にいても怪しまれない見た目のメンバーがいれば、一緒に行こうとは考えてたんだけど……。顔バレしちゃってるとなると連れて行けないからボスだけ透明化で同行してもらおうかな」
そう私が提案すると、みんなが騒ぎ出した。
「ぴちゅ!」
「キャン!」
「キュッ!」
こじんまり組は鞄に入ってついて行くと騒いでいるし、大きい穏やか組は、布をかぶって見られないようにすると言って2階にシーツを取りに行った。
あの大きさで布を被って船に乗る……。
余計に恐怖心を掻き立てられそう。見えないからこその恐怖ってあると思う。
まあ、得体のしれない何かだと思って警戒してくれたらみんなの護衛は成功している事になるからいいか。
手早く片付けをすませ着替える。今日はより信徒感を出したいから地球式の服装で行くぞ。
メモに書いてある欲しいものリストをチェックし、注文忘れがないよう気を付ける。
すまないがマッチャはオブジェをお願い。
「チカチカさん、いってきます」
砂浜に着くと恒例のタツフグジャンピングを鑑賞し、ご飯をあげて船に乗り込む。
キイロとロイヤルは私と同じ船、不満そうだったがダクスは布を被るのでオブジェと一緒の船に、残りのみんなと乗ってもらった。
「……目元出てるよね」
マッチャがみんなに布をかぶせていったが、目の部分が見えている。
視界を確保しておきたいんだろうがあまり布の意味がないような……。
「しかもマッチャこの石はなに?」
「フォーン」
「万が一の時ねえ……」
どうも私が危ない場合にスナイパーのごとく命中させる気らしい。……船にだよね?
流血騒ぎは勘弁してねとしか言えなかった。
ボスに島の外に連れて行ってもらうといつもの2人がすでに待機していた。
近付いて行くと視線がちらちらと後ろの船に飛んでいるのがわかる。
そりゃみんなそうなるよ。怪しさしかないからね。
キイロとロイヤルは相変わらずだし。
「お待たせしました」
2人の様子に気付かないふりですまして挨拶をする。
「いえ。ヤマ・ブランケット様、本日もお会いできて光栄でございます。ではご希望の書棚ですが――」
さっそく頼んでおいた本棚を見せてもらう。
木の素材感を活かし彫刻された模様が美しい、とにかく手間がかかってるんだろうなあと思われる逸品。
審美眼はあいにく持ちあわせていないので良さが十分に分かっていないかも知れないが、とても敬われている事は伝わってくる。
イニシャルも隅にあるのは想定内。
「ありがとうございます。とても美しいですね」
そうお礼を伝えると、2人とも少し頭を下げた状態ではあったが嬉しそうにしていた。
「ありがたきお言葉です。申し訳ないのですが地図に関してはもう少しお時間を頂きたいと思うのですが……」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。特にクダヤの地図は街の者が張り切っており、昼夜を問わず作成を進めているのですが……。みな、自分の名と住んでいる土地を付け加えようと必死でして。」
そう苦笑しながら付け加えるカセルさん。
個人情報という単語がちらっと脳裏をかすめたが、この世界ではあまり意味をなさないんだろう。
神様相手だし。
「そうなんですね。みなさんしっかりお体も休めてくださいね。……街の暮らしがわかるような店・施設などの記載があれば神もみなさんの発展している様子がわかり喜ばれると思います」
「承知致しました」
……私は今、嘘をついた。
神の名前を借りて、自分のガイドマップを充実させようと嘘をついた。
チカチカさんすみません。お出かけの際はお土産買ってきますんで。
「ところで、また追加でお願いがあるのですが――」
今回は忘れずに、料理、石鹸、植物の種を頼む事ができた。
2人のそぶりから、神の使いは普段どんな生活をしているのか聞きたそうに見えたが質問してこなかった。
味や匂いの好みなどは聞かれたがよくわからないのでおまかせに。
まあ気になるよね。神の使いなのに布団やら鞄やら食事を注文してるんだから。
あなた達と似たようなものですよと心の中で答えておいた。
「それではよろしくお願いします。では、昨日のご希望の件ですが……」
「はい」
どことなく緊張した2人。
「神は、御身を“エスクベル”と呼ぶ事をお許し下さいました。ですので、皆さんも“エスクベル様”と」
そう告げた時の2人の反応はこちらが驚く程だった。
アルバートさんはともかく、あのクールで切れ者そうなカセルさんまで声が涙ぐんでいたからだ。
感激してるな~。
「神もお喜びのことでしょう。そして、神への感謝の気持ちを私経由で伝えたいという事でしたが――」
2人が少し落ち着いたのを見計らって話を進める。
「はい」
まだ若干涙声のカセルさん。
「神のお許しが出ましたので私の姿をお見せする事は可能です。ただ、神の力が色濃く表れているというそれぞれの一族の代表者お1人、一族ではないクダヤの住民の代表者お1人、そしてクダヤの領主。それだけです。今後、同様に神のお許しが出るかどうかはお約束はできません」
そう告げた途端、2人は音が聞こえるくらいの勢いで頭を下げた。
「「感謝致します……!」」
何度も何度も感謝を伝える2人。
今回は頭をあげてくださいのセリフも効果が無かったので、構わず話を続ける事に。
「風の一族と街の代表者はあなた方お2人で担当して頂けますか」
そう言ったのは、単にその方が公平かなと軽く考えたからだったのだが――。
「恐れながら……! ヤマ・ブランケット様の意思に反して誠に申し訳ないのですが……、私達とは別の者を選ばせていただいてもよろしいでしょうか……!?」
珍しくアルバートさんがしゃべった。
口調が決死の覚悟すぎて心配になる。
「一族の代表者はそれぞれの族長になると思います。……が、私がその役割を担ってしまうと我が一族の族長だけが拝謁できなかった事になり……」
と、心底申し訳なさそうに言うカセルさん。
「私も……、一族ではありませんがクダヤの住民でありながら大した力もなく、どちらかというと落ちこぼれですので……」
更にアルバートさん。
ちょっと。切なくなってくるんですけどアルバートさん。
もしかして交易の代表者に選んだ事で変なプレッシャー与えちゃったのか?
「もちろんそちらでご自由になさって結構ですよ。内情も知らずに失礼しましたね」
にこっと2人に気を使わせないように言葉を掛ける。
「いえ、お気遣いに感謝致します」
「ありがとうございます……!」
アルバートさんのありがとうは渾身のありがとうだな。
話が少し逸れたので元に戻す。
「代わりと言ってはなんですが、代表者以外の皆さんもいつでも感謝を伝える事のできるものをこちらで用意しました」
「……ものですか……?」
「はい、神の力が宿ったものです。それを海上に浮かべておきますのでそちらに拝謁を」
「神の力……!」
「――そうですね。今、そちらで頑丈な船をご用意できますでしょうか。重さがありますので高さが無く横に広い船が適しているかもしれません。あちらの船の船首側にあるものです」
近付いて布をめくり見せても良かったが、大きさは十分伝わるだろう
「はい。今すぐご用意致します」
船首にあるもの以外の、3つの大きな塊にも視線を飛ばしながらそう答えるカセルさん。
わかるわかる怪しいよね。
「ヤマ・ブランケット様への拝謁の件ですが、代表者となりえる者達が恐らく近くまで来ておりますので……。船をご用意する際に一緒にお呼び頂く事は可能でしょうか。……急な申し出になり申し訳ありませんが……」
少し言いづらそうにお願いされた。
近くまでって。
さっきの話からすると領主とか族長だよね? みんな近くまで来てるって……。
一応偉い人達だよね。大丈夫なのかなあ。
「そちらが良ければ構いませんが……。ではお願いしますね」
ボスに彼らを街に戻してもらう。
こちらも砂浜に戻っても良かったが、これまで島の外の海をじっくり眺める時間がなかったので景色を堪能する事にした。
麦わら帽子を脱ぎ、海に手をつけて定番のパシャパシャをやってみる。
綺麗な海なんだけどこの辺りは深さがあるみたい。
「熱帯魚みたいなのは見れない?」
そう聞くと、自然の生き物は近付いてこないと答えが返ってきた。
「そういやそうだったね」
少し残念に思っていると、ロイヤルがドボンと海に飛び込んでどこかに行った。
きっと何かを獲ってくるんだろうなと確信した。
そして、遠くから渦みたいなものが近付いてきた。
乗っている船の近くまできたその渦を覗き込むと色とりどりの魚が泳いでいた。
「うわっ。……ボスほんとすごいよね。ありがと」
天然の水槽の中を泳いでいる魚をじっと見ながら楽しんでいると、白い何かがこちらにやってくるのが分かった。しかも複数。
「――なにこれ、アザラシ?」
最初は白い大根かと思ったが、つぶらな目をしたアザラシっぽい生き物だった。
「かわいいねえ!」
ニヤニヤしながらその生き物を見ているとロイヤルが船の縁に登ってきた。
「キュッ」
「えっ。……追い込み漁だよそれ……」
どうもロイヤルがこちらに追い立ててきたようだ。
ボスの力で遠くに逃げる事もできない大根アザラシを哀れに思いながらも、その可愛らしい見た目に癒された。
そして、この子達は意外と人懐っこく接してきたので驚いた。追い立てられたのに……。
もちろん、思う存分触らせてもらった。カワイイはつくれる!
次回視点変わります。




