ある男の回想録9:彼女に出会った
しばらく領主様と3人きりというなんとも言えない時間を過ごしているとちらほらと族長達が戻ってきた。
その中に風の族長の姿もあったので隣国に関して聞いてみる事に。領主様には聞きにくい。
「あの、隣国の船が近くまできていましたが今はどのような状況なんでしょうか」
「霧が現れたと見るやすぐさま引き返していったよ」
悪い事を企んでいそうな顔でにやりと答える風の族長。
「まあそろそろ戻ってくると思うが」
「はあ。そうなんですね」
隣国の船が撤退したおかげで偉い人がみんな集まれる余裕があることが分かった。
「さあ、全員戻ってきたので続きを頼む」
思ったより早く全員が揃ったので報告が再開されることになった。
「はい。神の使いの願いは他にもありまして、今後このクダヤについても教えて欲しいとの事でした。アルバートが教師であることを話すと私とアルバートがその役目を任される事になりました」
すべての族長が何か言いたげに口を開こうとしたが領主様が立ち上がりそれを制した。
「お前達だけか」
「いえ。そうはおっしゃいませんでしたが、今後神の使いとのやり取りに関しては私達2人に一任するとの事でした。代表して皆の意見をまとめよと。……皆とは他国も含みます。神はすべての者に対して慈悲の心を持っており我々だけを特別扱いする事はない、と」
他国も含まれると聞き、円卓の間には動揺が走った。
「他の国のやつらは神を敬ってもいないのにか!」
「神の持ち物に目がくらんだだけの人間に……!」
「その旨を他国にも通達するようにとの事です。――ただ神は我々クダヤが島の神を長年敬い続けているのをご存じのようで、そのクダヤの民にやり取りをすべて任せると神の使いはおっしゃいました」
このカセルの言葉で場は少し落ち着いた様だった。
「はじめ私達に接触してきた方が神そのものだと思いましたが、彼女は自分を我々と似たような立場の者だと――。我々との違いは神の言葉を直接賜ることが出来るかどうかだと。しかし、彼女には強力な守役の生き物が傍に控えているようですので神に近いと言っても間違いではないと思います」
「それは私もこの目でみた生き物達か」
「はい。はっきりと確認できたのは鳥のような生き物が2匹。神の使いと意思疎通を図れる様子でした」
「どんな生き物だ」
領主様の言葉を皮切りに他の族長たちも騒ぎ出した。
「鳥のようなとは?」
そう尋ねるのは風の族長。
「1匹は上空から突如現れたので鳥と呼んでもいいのでしょうが、頭には立派な角が1本生えておりました。頭は黄色で体は青色をしておりましたが、それが透けて見えるような色なのです。あんな生き物は見た事がありません。そしてもう1匹は海から現れました。翼を持っているのですが移動している様子を見た限りでは空を飛ぶ為の翼では無いでしょう。私達と神の使いとのやり取りを海中から警戒していた様です」
「強力ってどういう事だ?」
「神の使いが立ち上がろうとした際に少しふらつかれたのでとっさに手を伸ばしてしまったんです。すると瞬時に彼らが現れ、私達は大量の水を浴びせられました。島の内部でもさっと何かの影が動いたのがかろうじて分かりましたので他にも何かが彼女を守っていたのだと考えられます。――その2匹はその後も彼女の傍を離れず私達を威嚇し続けていました。その他にも至る所から見られている感覚があり、息苦しさを覚えるほどでした。……私達の命など一瞬で奪う事ができたでしょう。な、アルバート?」
地の族長の質問に答えていたカセルが書記に集中していた俺にいきなり話を振ってきた。
「あ、いや、私は突然の事ばかりで……。神の使いをはっきりと見るのも恐れ多い気がして……。ただ、あの2匹に威嚇され恐ろしい思いはしました」
周りからの視線に耐えられずしどろもどろに返答する。
そもそもこっちは何かに見られている感覚も無かったし島の内部の影なんてちっとも知らない。
そんな命の危機を伴う場面だった事にも驚いている。
「それであなた達濡れていたのね。私はてっきりアルバートが海に落ちたのかと」
ほほほと上品に笑っている理の族長には、はあとしか返せない。
この婆さんの中では俺はそういう子供なんだろうな。間違ってはいないが……。
「お前達を見ていたのはティアマト様だ! 神というのもティアマト様の事だ!」
興奮しながら大声で騒ぎ立てる水の族長を技の族長がたしなめている。
「他国のやつらが変な気を起こせば我らにも制裁が下る恐れがあるな」
「そうです。他国への通達はどのように――」
何やら会議は終わったかのような雰囲気になってきたが重要な報告がまだ済んでいない。
「あの! まだ重要な報告が残っています」
その言葉に皆が一斉にカセルに注目する。
「神は我々の事を気にかけて下さっている様でした。困った事はないかと聞かれましたので、街に戻り相談すると申し上げました。明日までに返答できればと考えております」
「早く言いなさいよ!」
「一族以外の代表者も集めないとな」
「さっそく一族総出で対応しましょう」
「素晴らしい!」
「喜ばしいことだ!」
「俺は神の使いに拝謁して感謝の気持ちを伝えたい」
族長達が興奮の真っただ中にいるところ領主様がそう提案してきた。
「いや、しかし……。困った事とおっしゃっていた……んだなカセル」
珍しく領主様の提案に心が揺らいでいる様子の風の族長。
「はい。我々が健やかに暮らしていけるようにと。――そして困った事はないかと」
「……その仰り方だと別に困っている事だけにこだわらなくても良いんじゃないかしら……?」
「そうよね……」
「感謝を伝えるというのも我々が健やかに暮らしていく為には必要な事だと思えるな」
領主様の提案に他の面々もつられるように賛同しかけた時、地の族長がもっともな事を言った。
「この2人しか神の使いに会えないんじゃないですか?」
しんとなる円卓の間。
「いや……、彼らが神の使いにお伺いを立てれば――」
「でも街の人間全員ですか?」
再度静まり返る室内。
「クダヤの住民はそりゃあみんな拝謁したいってなると思いますよ!」
子供のような素直な笑顔でそう告げる地の族長。
島に向かっては街に送り返されるを繰り返していたのに自分も拝謁したいとは言わないんだな……。
「……その辺に関しては皆でこれから話し合おう」
とうとう領主様が自分の欲を押し通せなくなったのだろう、話し合うという方向に落ち着いた。
純粋さの塊のような地の族長はある意味最強だと思った。
円卓の間での報告は終了とみなされたのだろう、皆話し合いながら席を立っている時にカセルが思い出したように発言した。
「あ、そういえば神の使いの着用されていた帽子に紋様なものが描かれていました」
「「早く言いなさい!」」
今度は女性の族長2人の声が綺麗に重なった。
族長達はカセルにその紋様を描かせその紙を持ってさっと散らばって行った。全員俺より年齢は上のはずだがとても機敏な動きをする。
これで本当にこの緊張を強いられる時間から解放されたと喜んでいたのもつかの間、神の使いと守役達の姿を画家達に伝えるという仕事を与えられた。
別室に案内され待機していた面々に自分達の見たものに関して伝えている間、なぜか領主様も同じように真剣に参加している。
参加というか……、姿絵を描いている人達を近距離でじっと観察していた。
みんなとてもやりにくそうだった。
途中話し合いの為に領主様が呼び戻された後は、みんな肩の力を抜いて穏やかに談笑しながら過ごした。
偉い人というのはどうも緊張する。
出された軽食とお茶を楽しみながらカセルと共に画家の人達との話が弾む。
神の使いを目の当たりにした時の気持ちを興奮気味に語っていると部屋のドアがノックされ扉が開いた。
「…………」
せっかく穏やかな時間を過ごせると思ったのに……。
「ここにいた!」
「待ちきれなくって」
そうどやどやと入ってきたのは俺の家族とカセルの両親だった。
「父さん。仕事は大丈夫なの……?」
「みな仕事どころじゃなくてな」
「みんなどうしたの?」
「話を聞きにきたんですよ」
そう答えたのは祖母だった。
「ちゃんと許可は得てますよ」
何の……? と聞きたかったがめんどくさそうだったので深くは追及しなかった。
「私達の孫が神の使いに街の代表として選ばれたって言うじゃないの。それなら早く話を聞かないと」
何がそれならなのかとは思ったが、画家の人達も神の使いについての話なら是非ともという事だったので祖母たちを室内に案内した。
描く事に集中できるんだろうか?
画家の中には理の一族もいるのでなんとなく一族内での力関係が透けて見えて複雑な気持ちだった。
誰も祖母には強く言わないんだろうな。でもみんな知り合いのようだったので少し安心した。
「じゃあアルバート、カセル、話を聞かせてちょうだい」
皆がそれぞれ座ったところで話を始める事にした。
「すでに聞いてる皆さんには同じ話の繰り返しになってしまうんですが――」
そう前置きしてカセルが話し始める。
今回は身内ばかりなので俺も気軽に話に加わることができた。
神がクダヤの民の長年の行為をきちんと把握して下さっている事にみんな感動していた。
普段穏やかなカセルの両親も珍しく興奮していた。
そういえば遠見の担当じゃなかったせいでお姿を見る事が出来なかったと残念そうにしていたんだっけ。
使いの守役の話のところでは母と姉がやけに興奮していた。
さすがだわ! と口々に褒め称えているが、母と姉の考えがよく分からない。
神が我々の事を気にされており、困った事はないかという流れになった時やはり皆は考える事が一緒だった。
「ひと目で良いのでお姿を拝見したいわ」
「お力の一端を私共にお貸し下さっている感謝の気持ちを伝えたいですね」
そう言いながら盛り上がっている。
「なあカセル……。当たり前だけどみんな神様にすごく感謝してるんだな」
「だな」
「何か良い案はないか?」
「良い案ねえ……」
カセルと2人でみんなの希望をどうまとめようかと考えていると部屋に義兄さんが入ってきた。
「2人ともすまない。話し合いに参加している人達が2人の話を直接聞きたがっていて……」
ほんとに申し訳なさそうに言う義兄さんにはこちらこそ申し訳ないが俺は拒否したい。
「俺はほとんど報告に関わってないから……。カセル行って来いよ」
ひどいとは思ったがさりげなくカセルに丸投げする。
「なんでだよ。一緒に行けばいーだろ」
心底不思議そうなカセル。
「嫌だよ。もっとお偉いさんがたくさん集まってるんだろ?」
偉い立場でも一族でもないのに行きたくないと拒否し続けていると、祖母が話に入ってきた。
「私が付き添いとして一緒に行くのでは駄目かしら?」
助けてくれているのは分かるがこの年になって付き添いとは……。
「ばあちゃん……。俺もう大人なんだけど……」
「何言ってんの! あなたが一族がどうのと騒いでるから理の一族のお義母様が付き添ってくれるんじゃないの!」
「あ、じゃあ俺も良いかな?」
どさくさにまぎれてレオン兄さんもとんでもない事を言い出した。
「良いですね! じゃあ行きましょうか!」
そう答えてさっさと部屋を出て行こうとするカセル。何が良いんだ。
「おい……!」
慌ててカセルを引き留めようとするが、祖母と兄に押されるように連れて行かれる羽目に――。
その後、話し合いの場に現れた祖母と兄を見ても参加者は時に気にすることもなくひたすら神の使いについて質問してきた。
それを祖母が自然にまとめていたのも意味が分からない。
そして、皆も神の使いに拝謁うんぬん言い出してどうしようかと思った。
本当にどうしよう。
次回視点戻ります。




