ある男の回想録7:あきらめない精神
久しぶりに自宅に戻ってきて一息つく。
見慣れた自宅の自分の部屋にいると、慌ただしい城での出来事はなんだか夢の中の出来事だったかのように思えてくる。
「ふう~」
ベッドにどさりと横になり目を閉じる。
学校の様子を見に行かなきゃなあと思いながらもそのまま眠気にはあらがえず――。
「おい! アルバート起きろって!」
「……え……?」
最近もこんな感じで揺さぶられたような……。
「……カセル? 何やってるんだよ、俺の部屋で……」
文句を言いながらも体を起こす。
窓の外を見ると、もうそろそろ“黄”の時間が終わりそうな空の色をしていた。
「さっきまで船の監視担当でさ~。それより聞いてくれよ!」
何がそれより、なのかは分からないがカセルが突然押しかけてくるのはいつもの事だ。
頭をはっきりさせるために何か飲もうとカセルを促して居間に向かう。
そこには城の書庫で働いている3人を除き、家族が全員揃っていた。
「お帰り。帰ってきてたんだね」
「カセルと一緒に帰ってきたのよ」
そう言いながらお菓子をつまんでいるのは姉だった。
「……自分の家に帰らなくていいの?」
なんでここにいるんだという気持を込めて姉に尋ねる。
「ジーリはまだ仕事で帰ってこれないから。1人でいてもつまらないしこっちにお邪魔する事にしたわ。ジーリもそうした方が安心だからって」
姉の思う安心と、義兄さんが思う安心は別のものなんだろうなと考えながら席に着く。
「で、カセルは何の話なんだ?」
俺より先にちゃっかりとお菓子をもぐもぐしているカセル。
「そうそう! それがさ、神の島からまた経典が届いてさ~」
へえと相槌を打ちながら話を聞く。
「地の族長がさ、ずっと船に乗って神の島に向かおうとしてて――」
「ちょっと待て。神の島には近付けないよな?」
まず会話の始まりがすでにおかしい。
「そう! 族長の独断みたいだぜ~。一族ごとに貢物を送るって話になってただろ? で、地の一族と水の一族の貢物はほとんどが送り返されてきたんだよ。他の一族の貢物はそんな事なかったのにな! しかも船に載ってた神の経典が理解できないってんで思いつめた」
けらけらと楽しそうに話しているが、笑っている場合じゃないと思う。
「いや~おもしろかったな~。領主様がさ、女神様はお食事をご所望されているのかもしれないって念の為料理を作らせて持って来たんだけどさ、地の族長が島に向かってるって聞いて自分も島に向かうってきかなくて」
「あれは大変だったわね~」
のんびり会話に入ってきたのは祖母だった。
「せっかく落ち着かせた水の族長も行くって言い出しましたからね」
とお茶を飲みながら母も。
「結局、少し痛い目に遭うといいわと思って送り出しちゃったのよね」
さらっと恐ろしい事を言う祖母。
「水と地の一族が獲りなおした動物や魚たちに埋もれての出港はなんとも言えないものがありましたよね!」
相変わらず笑い続けているカセル。
「へ、へえ~」
それしか言えない。あの人1番偉い人のはずなんだけど……。
「でさ、島まで近付いたんだけど見事に料理の船だけ島に運ばれてさ~。あの時の領主様と族長達の顔!」
カセルならさぞかし鮮明に見えたことだろう。ものすごく笑い続けている。
「ちょっと落ち着けよ。笑いすぎだって」
「無理無理。でさ、島に消えた船が戻ってきたと思ったら俺達の船まで街に戻されてさ~。また大騒ぎ」
「その船に新たな経典があったって事か?」
このままでは話が脱線してもとに戻ってこない気がしたので軌道修正する。
「そうそう! あれどう見たって子供の落書きにしか見えねーのに、いい年した大人が解読できねーって頭抱えてるんだぜ」
それはお前の感性が子供に近いって事だよという言葉は飲み込んでおいた。
しかし今回のやり取りで、神の経典は神が所望されているものが描かれてるのではという説に信ぴょう性が増したそうだ。
「今回の経典はどんな内容なんだ?」
神様と思しき存在の描くものに興味がある。
「武器だと思うわ」
カセルの言葉を遮って姉が会話に参加してきた。
「そうね、短剣を持っているように見えたわね」
「ブーメラン、こん棒という選択肢もあるわ」
こちらの会話に参加してきたのに、勝手に自分達だけで武器談議に花を咲かせ始めた女性達。
もういい加減武器の話はやめて欲しい。
「そうなのか?」
カセルの柔軟な頭なら違う絵に見えているかもしれない。
「ん~。人が手に何かを持っているのはわかんだけどさ、棒みたいな」
「ふ~ん。それこそ食事関係でフォークとナイフじゃないのか」
「それも意見として出たんだけど料理の貢物と一緒に食器類は一緒に送ったんだよな」
なるほど。一度送ったのならもう手元にあるはずだ。
手に持つ棒状のもの――、と考えて自分になじみ深いものが思い浮かんだ。
「筆記用具とか」
自宅でも学校でもよく使うものだ。
「なるほどな~。先生ならではの答えだな」
カセルに聞くと、理の一族の何人かは同じく筆などの筆記用具を案として出しているらしい。
ただ今のところ武器説と技の一族の鍛冶道具説が有力らしい。
……祖母が自分の意見を押し通していないかが気掛かりではある。
その後経典の正解は筆記用具だったと知らされた。
そしてまた島に向かおうとした領主様、族長2人は街に強制送還されたとも聞いた。
全然懲りてなかった。
**********
「いい天気だな……」
今俺は風の一族の船に乗り、波に揺られている。
神の経典が届いたあの日から少し経ち、街は落ち着きを取り戻していた。
しかし他国――特に隣国のミナリーム――が、神の島からこちら側に接触があったのを嗅ぎつけ神を独占していると抗議してきたのだ。
予想通りだが、状況が不明な時は傍観の姿勢を決めこんでいたのに神の持ち物の存在を知るなりこちらに文句をつけてくるとは恐れ入る。
クダヤとしては別に神とのやり取りは秘密にする事でもないし、もともと神の島を信仰対象とする事自体はご自由にどうぞという姿勢なのだ。
だが神の力が色濃く表れるのはこの土地だけであり、過去のいさかいの事もあって島を放っておいたのはあちら側なのだ。それを今さら貢物をしたこともない国が独占だと騒ぎたてるのはおかしいと思う。
その事もあり一族の人間は今、他国への対応で非常に忙しい。
そんな訳で神の経典を読み解いたという誇張されすぎの実績がある俺が、神からのご意向を待つという大役を仰せつかって今のんびり船に乗っているという状況になっている。
……大役すぎる。
「お、また増えた」
のんびりとそう報告してくるのは監視役として同船しているカセル。
「どこの船だ?」
「またミナリームだな」
神の島とのやり取りを知った隣国が抗議だけではなく昨日から船で島の近くまでやってきているのだ。
クダヤからは離れた位置を陣取っているが、水の一族が主だってそれらの船を警戒している。
「他の国は様子見ってとこかな」
「そりゃあ、クダヤから信仰はご自由にどうぞって言われたからってよくわかんねーもんはこわいよな」
カセルはいつも通り楽しそうに笑っている。
「まあそうだよな。でも神の持ち物の展示には大勢つめかけてるんだろ?」
「みたいだな。ライハとスヴィも忙しいって言ってたし」
神の持ち物については揉めないように街全体の財産という事にし、誰でも観られるように展示されている。
維持費として料金を取るよう提案したのは理の一族で、小さな子供でも払えるような額だが、他国からの偉そうな客には貴族料金とかいう謎の料金体系があるらしい。
抗議されていることに対しての一族の地味な嫌がらせだろう。
ライハの家は食堂と宿を兼ねているので神の持ち物見たさにやってくる人々で繁盛しているようだった。
「変な奴らが増えなきゃいいけど」
「領主様自ら率先して対処するだろ。やつあたりとも言うけどな!」
「……それもそうだな」
張り切って対処する領主様と2人の族長の姿がありありと想像できる。
毎日ではない神の島とのやり取りの際は、決まりごとの様に船に乘って島に向かい街に送り返されるという流れを繰り返していたのだが、他国からの干渉が激しくなるにつれてそれも出来なくなっている。
特に水と地の族長は貢物に関して他の一族に遅れをとっているのが悔しいようで、今朝も島に向かう俺らを見て羨ましそうな顔をしてきた。
「送り返されるのはわかりきってるのにな」
「だな。すげー根性!」
神の島からの経典は分かる内容もあるが不明なものもある。
神の信徒としてそれを申し訳なく思っているのだろう。ただ、領主様はそれだけではなく好奇心といった側面の方が強いと思うが……。
「今日は来るかな~」
「もうそろそろ料理の経典が届くかも知れないな」
筆記用具を所望されている事が分かった後様々な顔料を献上してみたのだが、それを使って経典を描かれるようになった。
以前よりも色鮮やかになった経典は、謎解きだけでなく鑑賞するだけでもありがたい気持ちになる。
正直最初はどう見ても子供の落書きだったのだが、神にとっては我らは赤子のようなものという領主様の言葉でそれもそうかと納得したのだ。
陽が高く昇ってきた頃、カセルと会話をしながら神の船を待っていると乗っている船が急に動き出した。
神の島の方向に――。
「えっ!?」
ゆっくりと神の島の方向に向かう船。
自分たちで漕げるからと乗っているのは俺達2人だけのこの状況。
慌ててカセルを見ると、カセルは違う方向を見ていた。
「えっ…………」
霧だ。突然海上に霧が発生し、街が見えなくなっている。
神の島の方面には一切発生しておらず、まるで俺達の船と街を分断しているかのような――。
「カセル……」
「ま、様子を見るしかないな」
俺の不安を和らげるようにどかりと船に腰を落ち着けて笑顔を絶やさないカセル。
能力だけではなく、こいつのこういった所が次期族長にふさわしいといつも思う。
「そうだな」
カセルの態度に勇気づけられ、俺も船にしっかりと座りなおしてゆっくりと近付いてくる神の島を観察する事に。
お互い無言のまま流れに任せて船の行き先を見る。
島の周りをぐるりと回りこむのかと考えていると、船は急に止まった。
そして、島を囲んでいる断崖に向けて進み始めた。
「あれ、貢物が流れ着く砂浜だと思うぜ」
突然のカセルの言葉に驚く。
「……え? 俺ら貢物……?」
何をどうやったらそうなるんだと混乱がおさまらない。
「ど、どうしようか」
最悪このまま海に飛び込むかと提案しようとした時にそれは現れた。
断崖の隙間から船が現れたのだ。
それは、神が経典を送り届ける際に使われてるいつもの船だった。
――そこに人らしきものが乗っているのを除けば。
次回視点戻ります。




