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幸せに暮らしましたとさ  作者: シーグリーン


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ある男の回想録6:子供の頭は柔らか

 




 今日は朝早くから城壁内がざわざわと騒がしい。

 それもそうだ。これから神の島に向けて今までにない規模の貢物を送り出すのだから慌ただしくもなるだろう。


 各一族の代表者達はそれぞれ選りすぐった貢物を持ってこれから港に向かうようだ。

 城壁内に退避している俺達には昼頃を目途に自宅に戻ってもよいと知らせがあった。



「やっと自分のベッドで落ち着いて寝られるよー」



 部屋に残っている祖父にのんびりと話しかける。


 我が家の女性達は理の族長にくっついて港まで行く予定なので今現在この部屋は静かで居心地が良い。



「本当に隣国が余計な事を仕掛けてこなくて良かったな」



 祖父の言葉には重みがある。もともと隣国出身だしな。

 仕掛けてこようものならとんでもない報復が隣国を襲っただろう。


 この街は武力でも秀でているが、近年ではじわじわと相手を困らせる経済的な報復を好んで行う。

 それも相手国の権力者達に批判が集まるようなやり方をするのだ。


 隣国の多くの人々、特に商人はクダヤとうまく付き合っていく方が自分たちの利になると分かっているのだが、上のお偉方というものはそれがわかっていないのが現状でたまに馬鹿なことをしでかす。



「神の島の光の柱について何かしら言いがかりをつけてきそうだけどね」



 文書で抗議というやつだ。その時間と労力を他に使えばもっと豊かになりそうなものだけど。


 つぐつぐこの街のお偉方がまともな人達で良かったと幸せをかみしめながら、久しぶりの静かな時間を堪能する事にした。












 城内が騒然となっているのに気付いたのは、昼頃になり家に戻ろうと滞在していた部屋を出て城内を歩いている時だった。



「何かあったのかな……?」



 情報が知りたいが“一族”ではない俺と祖父の2人だけで城内をうろつくのはあまりよくないだろう。



「そうだな。ここから近いし書庫のフィンセント達に話を聞いてみようか」



 あの人達で大丈夫かなと不安がよぎったが祖父が歩き始めたので後について行く。






「うわっ」



 到着し書庫をそっと覗いてみると、そこにはたくさんの一族の者達と領主様が――



「じいちゃんどうしよう……。大変な時に来てしまったみたいだよ……」


「そ、そうだな」



 現状、俺達は完全なる部外者だ。




「う~ん、こちらは文字のように見えますけど……。他の紋様は見た事がないですね。こういった紋様ははじめて見ます」


「そうか。ここの者達でも分からないか。……我々の知識水準では神のお言葉を理解できないという事か」


「領主様、引き続き解読を試みますので」



 何だか難しい話をしている領主様達。

 祖父に目配せをしこの場から離れようとした時、領主様がこちらを向いた。



「……ローザの夫か。久しぶりだな」


「お久しぶりです」


「ローザは今港にいるぞ。理の族長と一緒に水の族長を宥めているはずだ。他の者では手に余ってな」


「えっ。あの、そうですか……。ご迷惑をお掛けしてないと良いのですが……」



 領主様からとんでもない事を聞かされた。

 水の族長って美しい外見からは想像もできない男性顔負けの猛者だったような……。

 どんな宥め方をしているのか想像したくない。


 領主様と祖父はそのまま話を続けている。祖父は恐縮しきりだが。

 俺はどうしようかと視線をうろつかせていると、兄達が手をあげて呼んでいるのが目に入った。

 一礼し、なんとなく領主様から離れた場所を通り兄達のもとに。



「アルバート、どうしたんだよ」


「家に帰ろうとしてたら城内が騒がしいのに気付いてさ。兄さん達から話を聞けるかなと思ったんだけど……」


「はは、そりゃあ来る時間を間違えたな」



 笑っているレオン兄さんを軽く睨んでおく。

 そんな事は俺と祖父が誰よりもわかっている。



「そんな事より、今ばあちゃん港で水の族長を宥めてるらしいんだけど。絶対母さんと姉さんも関わってるよ」


「それは……、近付きたくないですね」



 ルイス兄さんは顔をしかめている。



「どうすっかなあ~。今、領主様から直々に仕事を仰せつかっちゃってさ。父さんも手が離せないんだよな」


「城がざわついている原因ってそれ?」


「そうそう。何でも神の島から船以外の物が送り返されてきたって大騒ぎしてるよ」


「そりゃあ見た事も聞いた事もない神の持ち物なんて気になるじゃないですか」



 ルイス兄さんが珍しく興奮している。

 俺も神の持ち物とやらに物凄く興味がある。



「神の持ち物って……。どんな物か聞いた?」


「すっげー綺麗な宝石と神の食べ物に、随分と昔に滅びた国の硬貨なんかもあったらしいぜ。あと神の経典」



 そう言ってレオン兄さんが机の上を指差す。



「え? どれの事?」



 大勢の人が机を取り囲んでいてよく見えないが、神の経典とやらを一目見てみたい。



「あれだよ。今ちょうど族長たちの前に置かれてるやつ」



 兄さんの言葉に従って人の隙間からそおっと覗き込む。



「あれ……?」



 そこにあったのは予想もしていなかったもの――。


 首をひねりながら兄達のもとに戻ると不思議そうにされた。



「どーしたんだよ」


「いや、思ってたのと違いすぎてたからびっくりした」


「何ですそれ」


「子供の落書きみたいで。もっと荘厳なものを期待してたから」



 そう兄達に答えると、2人は突然顔を見合わせて真剣な表情になった。

 そして腕を掴まれて机の前に連れて行かれる。



「ちょっと、なんだよ」


「いーから。お前、これが何に見える?」


「何って……。これ食事をしている人の絵に見えるけど……」



 突然、あたりが静まりかえった。

 あれ、こんな感じ最近経験したような……。



「どうしてそう思った?」



 静まり返った中から俺に尋ねてきたのは風の族長。



「え、いや……俺学校で子供たちに教えているんですけど、子供たちがよくこういう絵を描いているので……」



 たくさんの視線にさらされて変な汗をかきながら答える。



「言われてみれば――」

「そうか、紋様じゃなくて――」



 あたりがまたざわついてきた。



「なるほど。じゃあこれは何が描かれているように見える?」



 いつの間にか近付いてきていた領主様の言葉に再び静かになる。

 悲鳴はなんとか飲み込んだが、体がびくっとしたのは見逃してほしい。



「……これは人と魚、これはグラスに見えます。……こちらの紙は人が横になり何かを被せられているように見えます」



 なんとか声が裏返らないように気力を振り絞って答える。



「ふむ……。どうだろう?」



 領主様は2人の族長達に向かって問いかける。



「確かに……。この食事風景を描いたものと思しきものは私共の船に載せられておりました。そして、私達の一族はパンやお菓子などの食べ物を主にお贈りさせていただきました。それから、この魚の描かれた絵は水の一族の船に……。あの一族は魚を用意していましたから」


「じゃあ、早いところ水と地の族長にこの事を伝えた方がいいんじゃないですかね。自分達の贈り物だけ送り返されたってかなり落ち込んでましたから。特に“水”は今、手が付けられない状態ですし」



 俺がなんとなしに伝えたことが段々と壮大になっていく。

 どう見たって子供の描いた絵にしか見えないんだけどな……。先入観って恐ろしいな。



「そういえば……。すべての物が送り返されていたわけではなく、俺達の贈り物の中で燻製肉だけは受け取られたようです」

「あっ……! 私達の船では魚を干したものと一族の宝玉だけ受け取られていました!」


「……つまりは何か加工したものだけ受け取られたのか?」

「そうは言ってもいつもの貢物はすべて受け取られたんだろう? なんで水と地のは大部分が送り返されたんだ?」


「たんに多すぎるって事だったりして」



 みんなが口々に意見を出し合う中でレオン兄さんがへらりとそんな事を言う。



「「「「…………」」」」



 そんなまさかと思ったが、水と地の一族の面々は沈黙している。



「そういや水と地の貢物は魚と、狩りの獲物が大量に積まれていたな……」



 技の族長がぼそりと呟く。



「そうか。神が普段どのように生活されているかは不明だが、あの女性――女神ならそんなに多くの食べ物は必要とされないのかもしれない」


「そうですね。今回理の一族が用意した入れ物と地の一族の船が戻ってこなかったのにも理由があると思います」



 領主様の言葉に風の族長が相槌をうつ。



「やはりここは街の代表として私が直接出向き、神のご意思をお伺いするのが良いと思う」



 そうさりげなく書庫を出て行こうとする領主様。



「ちょっと待ってください領主様!」



 引き留めるのは技の族長。



 風の族長も含め一同ががやがやと領主様と揉め始めた。

 それを横目で見ながら俺はそっと祖父のもとに向かい家に帰ることにした。



 ただただ思うのは、家でゆっくりしたいという事だけだった。





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