ある男の回想録5:たまに、だからこそ良い事もある
視点変わります。
神の島の上空に突然現れた者達によって城の関係者が大いに慌てている頃、俺は、いや俺達は非常に肩身の狭い思いをしていた。
「これはどうかしら? 一族が薬草の調合中に配分を誤った結果出来たそうなんだけど」
「あら、新作の毒ですか?」
「お祖母様、私それを試してみたいです!」
ソファーに腰かけ優雅にお茶を楽しんでいるのは我が家の女性達。
正確に言えば、祖母に母、そしてすでに結婚して家を出ている姉、の3人の女性達だ。
カセルの話し相手から解放されたあと家族を探してこの部屋まで来たのはいいが、中で繰り広げられている物騒な話に恐れをなして部屋を離れ城壁内の広場でゆっくりしていた祖父と義理の兄と合流した。
しかし、3人でお互いを励まし合っているところを義兄さんを探しに来た姉に見つかり、ついでとばかりに3人ともこの部屋に連れ戻されたのである。
女性が部屋の中央を占拠し俺達は窓側のソファーで大人しくお茶を飲んでいる。
対面に座っている祖父と義兄さんはたまに中央から振られる話に相槌を打ちながらも居心地が悪いのだろうか、小さくなっている。
義兄さんは地の一族らしくがっしりとした体つきの随分と背の高い偉丈夫なのだが、同じく小さくなっている今の姿を見ると同情の気持ちが湧いてくる。
姉に「気持ちのこもった思い出に残る結婚の申し込みをして」と言われ、地に額をこすりつけて求婚をしている義兄を家の玄関で見た時と同じ気持ちだ。不憫すぎる。
「ジーリ、それで地の一族は貢物はどうするつもりなの?」
「今族長を筆頭に張り切って狩りをしてるよ。あの調子だと朝まで狩り続けそうだ」
なんで毒の話から貢物の話になってるんだと思うが、義兄は話しかけられれば律儀に返事をしている。
さすがに毒やら武器の話の時には困った顔をしていたが。
地の一族の能力を受け継いでいる義兄だが、荒事には向いてなくどちらかというと事務処理のような仕事を好む傾向にある。
その性質は大雑把な者が多い地の一族の中では貴重で、領主様と一族を結ぶ仕事を任される事が多い。
「地の一族は狩りの獲物を献上するのね。お義母さま、理の一族はどうなさいますの?」
母がそう尋ねた時扉をノックする音が聞こえてきた。
立ち上がり扉を開けようと近づく前に1人の女性がさっと部屋に入ってきた。
「あら、アルバート。“風”のお守りは終わったのね」
部屋に入ってきたのは理の族長だった。
「イシュリエ、お疲れさま。どうかしたの?」
「ローザ、あなたの知恵を貸して欲しいのよ。今回の貢物についてなんだけど――」
理の一族の族長――俺は心の中でイシュリエ婆さんと呼んでいる――は祖母の助言を求めにきたようだ。
そもそも“理”のローザが有名なのは当代の一族の中で1、2を争うほどの才能に恵まれているからである。
しかし祖母は族長の座を蹴って他国の、それも元貴族の俺の祖父ギルバートと結婚した。
イシュリエ婆さんは祖母の小さな頃からの親友で、将来は祖母を補佐して2人で一族を盛り立てていくことを楽しみにしていたらしい。
そんな経緯もあってか理の族長は祖父に対する当たりがきつい。たまに普通だが。
結婚して何十年も経っているのに、未だに若い頃と同じような態度を維持している族長を俺なら敵には絶対に回したくない。しつこすぎる。
祖母もにこやかに相手をねちねち追い詰めるので2人はなるべくして親友になった事がよくわかる。
今も楽しそうに意見を交わし合っている。
「絶対に赤です!」
「でも“理”の一族としての代表的な色はやはり白でしょう? 赤い目は全員には受け継がれないし」
「御髪の色は黒でしたっけ? ならどの色でも映えると思いますわ」
母と姉も加わり何を話し合っているのかと思ったら、髪をまとめる装飾品の話をしていた。
貢物の話は……?
窓際で男3人でひっそりと女性陣の話を聞いていると話はあちこちに飛ぶのに何故か会話は成立している不思議な状況だった。
どうも神の島の上空に姿を現したのが女性に見えた、という話から女性が好みそうな品の話をしているらしい。
「ほら、“水”のところは同じ女性とはいえそういう部分にはあまり興味が無いでしょう? 美容関係ならどの一族ともかぶらないと思うの。女性ならではの繊細さ、そういうのを前面に出していければ」
(この部屋のどこに繊細な女性がいるんだよ)
隅のソファーで小さくなっている男性陣すべての気持ちを代弁できたと思う。
特に祖父は――理の族長が来てからいっそう気配を消したが――心の奥ではそう思っているはずだ。
この中で1番長い間、繊細とは反対側にいる女性と関わってきたのは祖父だからだ。
貢物の話は次第にあの化粧水は良かっただの、この時期は肌が荒れてだの、正直どうでもいい話になってきた。
そんな時義兄が勇気を振り絞って立ち上がり、
「俺、そろそろ仕事にもど――」
とその時、扉がノックされさっと開けられた。
「あ、こんばんは! アルバートいますか」
「“風”の若造じゃないの」
「あれ? 理の族長がこんなところで何やってるんですか。え、なんですかこの面々。こええ~!」
けたけたと笑いながら女性陣にひるまず話しかけているのはカセルだった。
お前はなんていう時に入って来るんだよ。
あ、義兄さん腰を下ろした。
さすが姉の夫をしているだけあって場の流れをよく読んでいる。
「あ、いた! そんな隅で何やってんだよ!」
そっとしていて欲しかったがずかずかとカセルはこちらにやって来る。
そしてどかっと俺の隣に座り祖父と義兄に挨拶をしている。
「お前何しに来たんだよ」
ぶすっとした口調になるのは許してほしい。
「貢物の話だよ。一族内で意見がまとまんねーんだ。植物を使った何かっていうのは決まってるんだけどな。少し手助けしてもらえませんか?」
後半は祖父達に向けての言葉だった。
確かに風の一族は植物や自然のものを利用する事に長けている一族ではある。
どんなものが良いかと考えを巡らせていると、中央のソファーから横やりが入った。
「植物を利用するのは何も風の一族だけではないのよ。今回、理の一族は植物を使った秘伝のお手入れ用品を御贈りすることに決めたから違うものになさったら?」
「もう決まったんですか! 先越されちゃったな~。他に何か良い案ありますかね?」
族長のつんつんした態度にもかかわらずカセルは陽気に話しかけている。
この2人ってそういや意外と仲良いんだよな。
しかしそこで気付いてしまった。
中央と窓際にかけ橋(カセル)が出来てしまった事を……。
「ギルバート、何か良い案はあるかしら?」
「彼が女性について分かっているとは思えないわ」
「やだ、彼はとても優しくて素敵な男性なんだから分かってるわよ」
さっそく1人がこちら側に噛みついてきた。
祖母は祖父の事が大好きなのでいつもにこにこと祖父の味方になるのだが、理の族長にとっては火に油を注がれるようなものだ。今も悔しそうな顔をしている。いい年をして……。
祖父も族長の言う事に本当の悪意が無いのを知っているのでいつも広い心で流しているが。
そして、それをきっかけに義兄さんにまで話が飛び火してきた。
「ねえジーリ、私が喜びそうな物って何かしら」
「……えーと…………」
世間一般の女性と自分を一緒にするなと言いたい。
通常なら新しい武器、とでも言っておけば正解なのだがこの場合は不正解だと思う。
義兄もそれを分かっているから答えに窮しているのだろう。
その時祖父から手助けがきた。
「ローザは甘い食べ物が好きだな」
「あっ……! アレクシスも甘いお菓子が好きですぐ機嫌が良くなります。逆にお腹が空いていると機嫌が悪くなるよね」
義兄はにこにこと姉に向かって話しかけている。
対して姉は、ジーリったら! とはにかんでいる。うわ……。
結局はここの夫婦もすごく仲が良いんだよな。好んで見たいものじゃないが。
「甘いものか~。そういやあの集団って食事するのか?」
「集団って……。でもどうなんだろう。神様が食事をするなんて想像できないけど……。周りにいた生き物は食べてもおかしくないよな」
遠見の装置で見た光景を思い返しながらカセルに答える。
あの女性のように見えた存在も実際のところどうなのかは現時点では誰も分からないが……。
「ま、とりあえず族長に提案してみるかな。ありがとうございました!」
カセルは部屋全体にお礼を伝え部屋を出ようとする。
「なら私もついでに風の族長と情報交換でもしようかしら」
よし、うまくイシュリエ婆さんも連れて行ってくれるみたいだ。
2人は話しながら扉の方へ向かう。しかし、扉を手前に引くとそこには父達3人の姿が。
「あ、あれ? こんばんは、イシュリエ族長」
父はあからさまにしまった! という顔をしている。
「あら、あなた達どうしたの?」
「いや、少し様子を見て――」
「みんなと飯でも食べようと思ってさ~。いい加減きちんとした食事がしたい」
母の質問に答えようとする父を遮ってだらだらと兄が室内に入ってきた。
その後ろから現れたルイス兄さんは窓際に固まっている俺達を視界に入れて状況を把握したようだったが、時すでに遅し。
「族長とカセルはもう用はお済みですか」
そつなく振る舞う行動に切り替えたようだった。さすがだ。
そして――
「私も食事はまだだからローザと一緒にいただこうかしら」
「俺も一緒に食っていいですかね?」
「では食事の追加をもらってきます」
さっそうと、爽やかに、この場から離れる事にまんまと成功していた。
その後、女性陣の勢いに加えレオン兄さんとカセルも合わさり随分と騒がしい食事になったが、みんなでとる食事はとても美味しかった。




