古典的方法
1階に戻り、食器を洗いながら街の人との交流について考える。
1番無難なのが船に乗って街に上陸。
でもこれはまだ街や人の情報が少ないから危険がある。この島から最短距離で街に向かえば確実に不審者だし、遠くに上陸して街に歩いて行くのも危険だ。
いくら安心安全装備があるとはいえあんまり危ない事はしたくない。
私は小心者だし、街に向かわないと生活できない訳でもない。
チカチカさんから知識としては教えてもらえるかもしれないけど不安が残る。
じゃあどうしよう? と考えてハッとなった。
「チカチカさん、街の人達とのちょっとした交易を考えてるんですけど……。この島のモノって流通させちゃうとマズいと思うんですが、少しなら平気ですか」
チカチカッ
あ、意外と平気なんだ。よかった。街に行くのが不安なら来てもらえばいいじゃない作戦が使えそう。
洞窟にあった宝物を対価として使うのも良いけど選択肢は多い方が良い。
よし、これで資金は確保できた。果実とか野菜とかをさらっと貨幣がわりに使ってもいいし、水晶や虹色の欠片でも宝石くらいの価値にはなるだろう。
これで必要なものは手に入れられるし情報も集められるしでさらに充実したファンタジー生活を満喫できそう。
しかし大きな問題が残っている。
どうやって街に上陸せずに交易を成功させるか、だ。
船上でやりとり? 怪しい。いきなり攻撃されるかもしれないから却下で。
……注文書を送る? ああ、でも字が書けないから無理だし一体誰に送るんだ。
食器を棚にしまいどうしようかと考えながら椅子に座る。
頬を机につけてだらだらしていると、マッチャが本を手に取ってパラパラめくっているのが目に入った。
キイロも化粧水の入った瓶をくわえ机の上に並べている。
何をしているんだと思ったがみんなの動作を見て突然閃いた。
「…………絵だっ……!」
ばんっと立ち上がり叫ぶ。
「そうだよ、絵を書けばいいんだよ! 紙は目録の余ってる部分あるし!」
そう思い立つとすごくすっきりした。ニュアンスは伝わるはずだ……!
実はみんなが何をしているか分かって閃いたのだ。
マッチャが本をめくって描かれた絵を見て、キイロが絵と同じ物を目録の順番に並べて遊んでいたのだ。
「いやあ、みんなのおかげだね。ありがと~。――あ、でもペンとか無いや……」
自分の穴だらけの案に悔しさが募り、しゅんと椅子に座り込む。
しかしまた気分は上昇する。
「色がついてれば何でもいいかな? なら草とか土でもいけそう」
そうだ。私は今サバイバル生活をしているんだという事を忘れてはいけない。
「少しのんびりしたし砂浜に戻って仕分けの続きしようか」
さっそくみんなに声を掛け、パンが入っていたバスケットと水の入った果実容器を持ち出掛ける事に。
「またいってきます」
健康水をぐびっと飲みながらチカチカさんにも声を掛けると優しく点滅してくれた。
エンに乗り再び砂浜へ。
今回は通常のスピードで進んでもらった。お腹パンパンだからオエッてなるかもしれないしね。
砂浜に着くと、確認した船の順番にもらうものと返すものに分け始める。
「マッチャ、ナナ。この箱を洞窟に持って行って中の物を置いてきてくれる? 箱は返すから持ってきてね。あとこのお酒の樽もお願い」
2人にそうお願いすると他のみんなもお手伝いを申し出てきた。
「え~っと、キイロとエンとロイヤルとダクスはいつもの小舟からこのバスケットに運べそうなものを入れてくれる? ボスはできたらこの棺を船からおろせるかなあ?」
そうお願いする。
みんなは楽しそうにお手伝いをしてくれる。優しさ。
そして、ロイヤルが口に魚をくわえて運んでいるのを見て良い案が浮かんだ。
「ねえロイヤル。この海に真っ黒い墨みたいなものを吐く生き物っているかなあ? 特に墨じゃなく違う色でもいいんだけどね」
「キュッ」
「やっぱりいるんだ、良かった。その生き物を生きたまま連れて来れる?」
「キュッ!」
そう返事するやいなやロイヤルは物凄いスピードで海に潜り、島の外に向かって泳いで行った。
ふふふ、良い事を思い付いたもんだ。まさに天然のインクだよね。
あと思い付くのは羽ペンかな? どうやってペンになるのかは不明だが、確か棺の中に羽を持ってる動物がいたから少し頂く事にしよう。
ボスはすでに棺を船から移動させていたので――さらに大きくなってがぶりとくわえたのは視界に入っていた――少し手伝ってもらって蓋をスライドさせ羽のある動物を目視で探す。
棺の中はひんやりとしていて特に変な臭いもしていないので良かった。これ、砂浜用の冷蔵庫でもいいかもしれない。中身がこれじゃなければもらうんだけどな……。
目当ての動物を恐る恐る少し引っ張り出し羽を数枚抜き取る。
無事に取り終えてホッとしているとキイロがこちらに飛んできた。
「ぴちゅ!」
「えっ、いや痛いだろうしこれで大丈夫だよ――うわっ痛い痛い!」
突然くちばしで羽をむしりだしたキイロ。そして数枚羽を誇らしげに渡してくる。
「あ……、うん。ありがとう……。だ、大事にするね!」
ぼさぼさになったキイロの毛並みを整えながらお礼を言う。
数枚もペンに使わないので1枚だけ残して後は麦わら帽子にさしてみる。
「どう? すごく綺麗な麦わら帽子になったね!」
くるくると回ってキイロとボスに見せてみる。
2人も似合う似合うと好感触。
わいわいと楽しんでいるとダクスが必死に走り寄ってきてキャンキャン鳴き始めた。
「わー!! 毛をむしらなくていいから!」
何を思ったか必死な顔して胴の部分をガウガウやっているのをこちらも必死で止める。
毛を貰っても困る!
するとエンもそろりと近付いてきて自分の胴をはむはむしている。こっちも!
必死で「毛は大丈夫、足りてる」と謎の説得をしているとマッチャとナナが戻ってくるのが見えた。
……この流れはまずい。
「みっみんなの毛の生え変わりの時に少し毛を貰ってアクセサリー作りたいな~! 少し落ち着いてから作るの楽しみだな~」
無理やり明るく楽しそうに言うとみんなは「いいよ!」と答えてくれた。
良かった、問題の先送りが成功した。
でも毛の生えていないボスが少し寂しそうだったので、またウロコを下さいとお願いしておいた。
そんなごたごたが落ち着いてきた頃ロイヤルが華麗にざぱんと戻ってきた。早い。
羽に挟む形で器用に持ってきているのは膨らんだ何か。
近付いて見てみると、タツノオトシゴが膨らんだようなフグのような両手サイズの生き物が――。
「へえ~、可愛いね。これがインクを吐くんだ~」
さっそくもらいたいが容器が無い事に気付く。
「ちょっと待ってて!」
慌てて洞窟に走りこんでお宝の中からきらびやかなカップを持って来る。ずいぶんな使い方だがしょうがない。
「それじゃあどうすればインクみたいなものを出してくれるかな?」
水中だと回収できないしどうしようと考えていると、ロイヤルが羽でタツノオトシゴもどきをぐいっと挟んで押すと口から黒い液体がペッと飛び出てきた。
「そういう感じなんだ……」
なんだかチューブから押し出した感じがするけどまあいいや。
もう一度ペッとしてもらってからついでにここで絵手紙を書く事にした。
家に本を取りに戻ろうとするとエンがささっと取って来てくれることになった。2度手間でごめんね。
ついでにキイロとダクスには洞窟で水晶の欠片集め、マッチャには果実採取を少し、ナナには虹色の欠片集めをお願いした。
ロイヤルとボスはタツフグ(命名)を海に放して島のエリア内から逃げないように見張っててもらう。
このプライベートビーチに囲いを作ってそこで飼いたいな。今後もインクは使うだろうし。
よろしく~とみんなを見送っていると、ロイヤルがすっと寄って来て羽を数枚差し出してきた。
「あ……、ありがとう!」
帽子に刺してまた「綺麗だね~」と繰り返すとロイヤルは満足そうに海に入っていった。
うかつな行動はするもんじゃないなと身に染みて感じた。
そうして静かになった砂浜に横になり、のんびり空を見あげて何を描こうか考える。
(そういえばあの目録にはお姿を現してみたいな事書かれてたな。私お姿を現して無いんですけど……。誰の事だろう。ボスの事かな? ティアマト様って呼ばれてるんだっけ。ごめんね、貢物は小娘がありがたく使わせていただきます。――――あれ? じゃあ化粧水とか入ってたのはなんでだ。そんなもの使うの人間くらいしかいないよね……? でも食べ物以外の物も贈られているからそんなものなのか……? ……それにしてもいい天気だな…………)
何を描こうか考えるつもりが、お腹いっぱい食べたのでうとうとしてしまう。
眠たい時に眠れるってすごく贅沢で素敵。
「ぴちゅ」
「キャンッ」
2人の声を聞いてうとうとしていた意識がハッと覚醒する。
声をした方を見ると、それぞれ口に水晶の欠片をくわえていた。
「ありがと~。うん、キイロちゃんのは大きめだね!」
これも欠片には違いないが……。ズガンとやっている光景がありありと想像できる。
欠片を受け取りまた横になる。
足と手でダクスと、その上に乗ったキイロを空中で上げ下げしながら少し遊ぶことに。
残りの仕分けは後で。
「何描こうかなー。とりあえず贈り物と箱と船をもらうお礼に何か渡したいんだけど……。それよりパンとお菓子がもっと欲しいなー。パンを食べてる絵で伝わるかな? いや、そもそも私の絵で伝わるのか――」
「ぴちゅ」
「布団が欲しいの? んーじゃあ布団で寝ている絵を描いてみるかー」
のんびり話しながら遊んでいると、エンが森の方から向かってくるのが目に入った。
「エン! ありがと~!」
キイロとダクスをおろしてエンの所に向かう。
エンが口にくわえていた本を受け取り、抱き着いて思う存分毛並みを堪能する。
満足したところで正統派宝箱をずずずと押し、棺のもとに移動させて椅子にする。
棺の上に目録を置き後ろの余白ページをちぎる。えらく豪華な装丁の本だが気にしない事にする。
カップにキイロの羽の先を浸しちぎった紙の隅に試し書きをしてみる。
「う~ん、いまいち求めていたものと違うなあ」
文字はかすれてうまく続けて書けない。
羽ペンは何かひと手間加えてあの状態になっているのかもしれない。そう考え、もう指で豪快に描く事にした。
キイロの羽を海で洗って帽子にさした後、本格的に絵を描き始める。
まずはパンとかの食べ物が欲しいので人が食事をしている絵を描いてみた。
木のつるで編んでいるカゴの中に入れておけば、そこに食べ物が入っていたので気付いてもらえるかも知れない。
次に布団だ。2枚目をちぎり人が布団に寝ている絵を描いた。
布団の部分を丸で囲み、そこに矢印を伸ばしてみた。
これで布団の部分は強調出来ていると思うんだけどな……。
いちおう『ふとんください』とは日本語で書いておいた。
文字らしきものが書かれている事により何かを伝えたいという意図が伝わって欲しい。
よし、初回の絵手紙はこれでいいだろう。
今まで反応が無かった島から反応が返ってくる事になるから不安にもなるだろうしな。少しずつ慣れてもらおう。
贈り物をするくらいだから島に対して悪い感情は持っていないとは思うんだよね。相手側からなんらかの動きがあれば嬉しいな。
しかしここまできて急に不安になってきた。
この島に意思をもった存在がいる事をこの世界の人達にはっきりと知らせる事になっても良いのか。
時間をかけて、島とは関係ない1人の女性として街を訪れるだけでいいんじゃないのか。
人って自分が判断できない未知のものを恐れて排除してしまう事もあるし――。
あれこれ考えているとマッチャとナナも戻ってきて、みんなにどうしたの? と心配された。
「いやね、この島に人間と意思疎通できる存在がいるぞってはっきり伝えちゃうのってどうなのかなあと思って」
「ぴちゅぴちゅ」
「え!? 光の柱で知ってるかもって……!? ……そういや演出で神の降臨感がどうとか<地球>さんが――」
なるほど。私がここに来た時に光の柱が登場したから街の人は何かあるとは思ってるのか。
悩んで損した。<地球>さんのやった事の影響大きすぎる。
気にせず船を送り返そう。




